第9話 兄弟救出

 声をかけてきたラダゴスは、なぜか一人だ。


「ムジョー、会えて嬉しいぞ。信じないだろうが本心だ。あんたを探していた……」


「脱走したのか!? 兄者はどうした」


「落ち着けよ。すべて話す。あんたの妹と弟を見つけたんだ。だが、俺の相棒のガルターが裏切ったんだ」


 兄とラダゴスたちは子供たちの解放を交渉するために奴隷商人であるガルターの拠点に入った。しかし交渉は行われず、兄たちは騙し討ちされ捕らえられてしまった。

 ガルターの部下の中に裏切りを快く思わなかったラダゴスのダチがいて、ラダゴスを逃がしてくれた。そしてラダゴスはガルターへの復讐のため俺と交渉しようと探していたという。


「クソったれだぜ、あのクズ野郎……! 俺たちのような汚い仕事でさえ、裏切りは恥ずべき行為だ。

 ガルターの居場所はわかってる。あんたさえ良ければ共に戦い、兄弟を救い出す手助けができる。報酬は裏切り者の処刑役……ってことでどうだい?」


「だが、お互い信用できるか?」


「あんたは俺を信用しちゃいかんだろうが……居場所を知っている俺が必要な筈だ。仮に俺があんたをハメたとしたら、あんたの部下が黙っちゃいないだろう。無論、俺もあんたを信用する必要はねえんだ。復讐に利用させてもらうだけだ」


「いいだろう、行くぞ」


「頼もしいぜ。だがいくつか準備がいる。襲撃は夜にやる。夜にアジト近く地点で合流しよう」


「そうしよう。だがもし罠があったりしたら容赦しない」


「ハハハッ、承知の上だ」


 胡散臭さの残る声を残し去っていったラダゴス。兄弟たちを救出するためには信用するしないに関わらず奴に乗っかるしかない。



 ガルターのアジトは、シロネアから南西方向、南帝国の都市フィカオンに近いところにあった。アジトの近くでラダゴスと合流する。


「来たな、待ちくたびれたぜ……! ガルターは卑怯で抜け目ない奴だ。気をつけろ」


「この前のことを忘れたのか? お前らのようなやつらの奇襲なぞお見通しだ、ついて来い」


「いや、あの時はどう考えてもあんたらのほうが……まぁいいや、頼んだぜ」



 雇った兵たちと10人でラダゴスの隠れ家の時と同じように襲撃を仕掛ける。拠点にいる人数が多かろうと、分散しているところを各個撃破していけばいい。

 以前テヴェア村で雇った素人戦士と違い、今回は戦いを生業とする傭兵が主力だ。ガルターの手下は弓を持つ者もいたが、散らばって数人ずつでいる敵を問題なく倒していく。俺もジャベリンの投擲で幾人か仕留めた。


 弓矢では一発で倒れることは少ないが、ジャベリンは当たったらまず一撃で戦闘不能となる。背後から不意のジャベリンを食らったやつは何が起きたかわからないまま死んだだろう。


 拠点の奥に侵入していくと、悪そうな顔をした偉ぶっているスキンヘッドの男が部下を伴って現れた。スキンヘッドは両手持ちのブロードソードを持っている。こいつがガルターのようだ。


「愚か者め……お前は捕虜の家族だろう? ラダゴスをよもや信用してるのか?」


「ラダゴスが俺たちを先導した。俺の兄弟はどこだ?」


「話しても時間の無駄だ。俺を殺すか、お前が殺されるかだ、それしかねえ。決闘で決着をつけようぜ。負けたほうが兵を退く」


 すでに兵数でこちらが有利。決闘の必要もないが……。


「いいだろう。決闘をはじめようか」


 決闘を受けて立つことにした。

 ガルターが何かするよりも早く俺は即座にジャベリンを投げつけた。ガルターはジャベリンをまともに食らいぶっ飛んで倒れた。両手剣使いなど盾無しはジャベリンに対し無力だ。


「……殺ったか?」


 しまった。ガリターが死んだかもしれない。ラダゴスに処刑させるため殺さない程度にしなければいけなかったのを忘れていた。


 ぶっ飛ばされたガルターを見た彼の残りの部下たちは投降し、捕虜を解放した。



 幸い――かどうかはわからないが、ガルターは生きていた。


「なあ、話をさせてくれ。銀貨の詰まった袋もある――」


「話すのは時間の無駄だと言ったのは誰だったかな。今、お前はラダゴスの所有物となった」


 ガルターはさらに何か喚いているが、俺はもうガルターにはかかずらわない。負傷した兵の手当てや戦利品の確保などの戦後処理を行う。

 その間にラダゴスがガルターにきっちり復讐を果たしたようだ。



「ムジョー! 来てくれると思っていたぞ。ああ、愛しの弟よ、誰もお前を止められやしない!」


 ニアセンが何やら調子のいいことを言っている。虜囚の身がこたえていたのだろう。解放されてハイになっているようだ。


「無事でよかった。他の皆は大丈夫か?」


「ああ、みんな無事だ。アイシーンとファロクは怖がっているが大丈夫……。早くここから出よう。私がすぐにアイシーンとファロクをフィカオンに連れて行く。あそこなら安全だ。のちにそこで会って話そう」


「わかった」



 兄弟たちを見送るとラダゴスが近づいてきた。


「さぁて、あんたの家族は取り戻したし、こっちの義務は果たした。俺もここで消えるとしよう。

 俺を野放しにしてもあんたが気に病む必要はないぞ。奴隷商売には戻らねえからな。そもそもこんだけ前の仕事場で暴れりゃ戻れねぇよ。食い繋ぐために別の道を探そうと思う。……傭兵なんかいいかもな。

 とにかくだ! また会えた時はよろしくな」


 そのまま流れで別れようとしているが、ラダゴスめ、直接ではなくともこいつの部下が俺の親を殺した。罰を受けないと思っていたのか?

 

 ラダゴスがガルターに対して行ったように、俺がラダゴスに復讐を果たすこともできる。


 だがやはり、処刑に対しては忌避感を覚えるのだ、この世界の俺も日本人の俺も。それに兄弟を救い出す手助けをしたことで許してもいいと思った。


「また会えたら……な」


 俺はラダゴスを放免した。

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