第3話 チュートリアル
「ムジョー、どうする? 訓練していくか?」
兄ニアセンが尋ねてくる。これはゲームではチュートリアルをするかどうかの質問だ。
断ればチュートリアルをスキップすることもできるが、この体に慣れるためにも訓練は必要だろう。
「そうだな。少し訓練することにする」
訓練場の戦士たちが稽古をつけてくれるようだ。
若手の指導員を相手に木剣を両手持ちして立ち向かう。相手は盾を持っており、そこに打ち込んで来いと言う。そうして剣筋を確認したあとは実戦形式で訓練することになった。
実戦形式とはいっても若手指導員は盾で守りを固めるスタイルで、こちらがどんどん打ち込んでいくことになった。たまに相手も剣で反撃してくるが、しっかりガードすることができた。
次に、スキンヘッドのベテラン指導員とも訓練を行った。今度は足さばきを多用した連撃を試してみたところバシバシ決まった。この体、まだスキルとか未熟だろうになかなか強いようだ。
騎乗訓練や弓などの訓練もしてもいいとこのことだったが、その辺はやっていくうちにできるようになるだろう。どうせ馬にはこれから先ずっと乗り続けることになる。
「実は食料が尽きている……ここから北に村がある。まずはそこに食料を買いに行こう」
え? 食料なかったの? しっかりしてくれよ、兄者!
まあ取る物も取り敢えず宿屋から逃げたから仕方ないか。
現金はニアセンがそれなりに持っていたようだが。
「村で作物などを融通してもらうときは、通常相場より少し高い。自分たちの分を予定外に放出すわけだからな。豊作のときなどは安くても売りたがることもある。お前も覚えておくといい」
なるほど。とにかく飯がないならさっさと行くしかない。馬を駆って村へ向かう。
村への道中、難民がいた。彼らも賊から逃げているようだった。
地元の人間も野盗に悩まされているらしい。
「村に行けば賊に対する協力が得られるかもしれんな」
テヴェアという名の村に到着し、村長を訪ねる。
「俺の妹と弟がこの辺りの野盗にさらわれた。ここらを通っていったはずだが知らないか?」
「あんたのところもあいつらにやられたのか……気の毒に。奴らはこの地域で略奪や殺人を繰り返している。ここの北の方にねぐらがあるのだと思う。奴らを追うというのなら手助けするし、こちらも頼みたいことがある」
どこの村にも少し金を出せば雇うことができる男たちがいる。次男とか三男以降の後を継ぐ予定のない者だったり、素行が悪いはみ出し者とかだ。
村長の手回しもあり、彼らを兵として雇い入れることができた。なんと、彼らは騎兵として訓練されていた。賊への対抗策だったようだな。
食料も問題なく譲ってもらうことができた。
「村長、準備ができた」
「それは何よりだ。それで先ほどの件だが、この辺をまわるタクテオスという医者がいる。この辺りの村の者は皆、彼を慕っている。その彼をここ数日見ていない。まず間違いなく賊に捕まったのだと思う。生きていれば彼のことも助けてやってくれまいか」
「わかった。できる限りのことはしよう」
村を離れ賊の痕跡を追うと、十数名の徒党を組んだ賊たちを発見した。こちらは8人だが全員騎兵である。こちらが仕掛けると、賊もやる気満々で戦闘に入った。
こちらは騎兵の突進力と槍のリーチを活かして戦う。賊は剣を持っている者もいるが、大半は手斧や金槌などリーチの短い武器だ。石を投げてくる奴もいる。
兄や仲間の騎兵とともに突撃する。
両親を殺された恨み、妹弟救出の使命感、初めての実戦、これらのことで感情が高ぶるが、賊を攻撃することにためらいは生じず、殺しに対する忌避感も感じられなかった。
代わる代わる騎兵の突撃によって賊は、一人、また一人と数を減らしていく。
そんな中、俺も槍や斧投げで攻撃し、幾人か仕留めていたが、賊の投石が当たってしまい落馬してしまった。衝撃で動けなくなる。
そのときには大勢は決し、残りわずかとなった賊は騎兵に囲まれてどうしようもなくなり、すぐにニアセンたちが仕留めてしまった。
兄者は父の跡を継ぐ予定だっただけあってかなり武芸達者なのだ。
「大丈夫か? ムジョー」
「ああ」
この体はどうやらかなり頑丈らしい。すぐに動けるようになった。
生き残った賊を尋問し、賊のアジトの場所が分かった。そこに妹たちもいるかもしれない。
近くに賊に捕まって連れまわされていた者たちがいた。みんな喉が渇き、疲れきっていた。俺たちは彼らに水と食料を与えた。
その中にタクテオスと名乗る者がいた。
村長が言っていた医者だな。
「ありがとう……助かった。ちょっとした旅をしようと隊商とともにいたんですが、奴らに包囲されて数的に劣勢だったので降伏したんです。身代金目当てで生かしてもらえると思って」
この世界、この時代でも殺人は忌み嫌われることである。戦いの中での殺し殺されは正当なものとして扱われるが、いったん降った者を殺すことは酷く不当なこととされる。
経済的にも、ただ殺して身ぐるみを剥ぐよりも身代金を支払ってもらったほうが得であることも多い。身代金が払えないような捕虜でも鉱山労働者として斡旋することでいくらかになったりする。
「だが奴らは鞭で思いっきり打つし、水を与えてくれなかった。あなた方が来てくれなかったらどうなってたことか……、ぜひお礼をさせてください」
「なあ、医者先生。賊に捕まった子供二人を探しているんだけど何か知らないか?」
俺はタクテオスに妹弟の行方を尋ねた。
「残念ながら子供は見ていません。しかし、ラダゴスと呼ばれていた男が隊商の高価な品物を持ち去りました。私の持っていた『箱』も。ラダゴスがこの辺りの略奪集団を複数支配下に置いているようです。さらわれた子供のことを彼が知らないはずがない」
ラダゴスという名の男が賊の親玉のようだ。そいつをぶっ倒せばいいということか。略奪品も貯めこんでいるかもしれない。
「お礼に差し出せるものが手元にないので代わりにお教えします。ラダゴスを倒すことができたなら、私の『宝箱』も取り戻せるかもしれません。その中には、一見価値のなさそうだが、しかるべき相手に売れば大変な価値があるとされる『装飾品のようなもの』が入っています」
ラダゴスを倒せば、その『お宝』かもしれないものが手に入るってことか、なるほど。
「それについて調査するつもりでしたが、私は今後、井戸から20歩も離れる気はありません。それを入手したら君が調べてみるといいでしょう」
脱水症状とか散々な目に合ったので、もう調査の旅に出るのは絶対嫌だということらしい。
「それは『ネレッツェスの愚行』に関する遺物だそうです。当然ネレッツェスというのは以前戦死した皇帝のことでしょう。あなた方ならそれの真の価値を知ることができかもしれない」
こっちも家財を失った身である。高く売れる物が手に入るのはありがたい。
ではラダゴスを倒しに行こう。
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