第6話

私は半殺しにされる覚悟で、次の日の夜、神戸の店を訪ねた。

ラッキーなことに神戸は出勤で案の定、私をじろりとにらんだ。


「何、脅しにきたの・・・?」

「いや、脅してるの明らかにそっちでしょ。そんな目してるでしょ!!」

「要件は?」

「来てほしいところがあるの。」

「どこよ、今仕事中で・・・。」

「近いからすぐ終わるって!!」

私は神戸の手を引っ張って錦市場の入り口に連れて行った。

「ここで、なにを?」

「走るぞ!!神戸!!」

「は?」

私は神戸の手を引きながら走り始めた。


「陸上のエース神戸麻央の実力はそんなもの?鈍足で有名な私に負けるの??」

私は神戸に向かって実にふざけた顔をして茶化した。すると元来負けず嫌い(と思われる)な神戸はむっとして、「いい気にならないでよ!!」と乗ってきた。

「美人はどんな顔でも綺麗だねー!でも足のほうは鈍ったんじゃない?」

「うるさい!あんたよりは早い!!」


暗く生臭く狭い。そんな通りを全力疾走する。

時折、開いている居酒屋の客が目を丸くして私たちを見ていたが、それがどうしたといった感じで走り続ける。


生暖かい風。そんな風を切りながら走る。

神戸は泣いていたのかもしれない。うつむきながら走っていたから。ただの憶測だけれども。


「やっぱり私のほうが早い。」

錦市場の端まで走りきると、神戸が笑いながら言った。ただしかなり息は上がっている。まぁ私もだけど。おばさんになったものだ。

「で、なんなのよ。こんなことさせといて。」

「気持ちいいでしょ。」

「不愉快。」

「まぁ、そう言わない。言わない。・・・錦の向こうが見えた?」

「錦の向こう・・・?そんなもの見えないよ。何も。」

「私は見えたよ。」


そう言うと私はよしと意気込んで、神戸をおもむろにぎゅっと抱きしめた。

「はぁ!?ちょっと!頭おかしくなったの??離してよ!!」

「私も錦の向こうには何もなかった。でも今なら、神戸がいる。神戸といると楽しいんだよ。神戸のご飯が好きなのよ。ついでに神戸も好きになりそうなの!!」

「正気?」

「いたって正気!!私だって、ここには何もないと思っていたよ、楽しくもなんともないとこだって。でも、それは出会ってなかったからなの。本当に会いたい人に。神戸となら幸せになれそうだし、幸せにもできる。」

「ひどい自信。」

神戸は下を向きながら笑う。

「もう一度聞く!!神戸は錦の向こうに何が見えた?」

「・・・・・。」

「ほら、早く。」

神戸はじっと私を見つめた。やばいな。至近距離で見ると予想以上にドキッとする。

私っていつの間に神戸にのめりこんでたんだろう。

「錦の向こうは・・・。」

「向こうは?」

「・・・高倉通でしょ。」

神戸は珍しくいたずらっぽく笑うとそう答えた。あなたねぇ・・・そう言おうとすると、口をふさがれた。何で塞がれたかって、神戸の唇で。


「かかかか神戸。」

「熊谷が言うように、ここにも虹がかかるかもしれない。あなたがいてくれるなら。」

「かんべーーーーーーー!!!」

私が叫ぶと、うるさいーーー!!とどこからか声が聞こえた。どこかの家からだろうか。

神戸はそんな私を見てまたため息をついた。だが、そのあと、手をそっとつないでくれたのだった。


錦の向こう。

神戸がいて、この薄暗い通りにも光が差し込む。

今度は高倉通を二人で歩いてみるのもいいのかもしれない。

もしかしたら虹も出るかもね。

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錦の向こうに 夏目綾 @bestia_0305

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