第5話「この子もしかして……俺に気があるんじゃないか?」


 ◇ ◇ ◇


 ライダーギルドで旧交を温めた後、予定通りに過ごす事にした。

 つまりナンパである。

「フ、レンッダッちゃぁ~~んっ!」

 俺は診療所から出てきたフレンダちゃんに、手を振って叫ぶ。

 村で肌が白雪の様に綺麗なのは彼女だけだ。一目で分かる。

 まぁ診療所が良く見える民家の軒先で、家主と世間話をしながら待ってたんだが。

 なので俺の隣には、家のガキんちょとその婆さんが座っている。

「あの。えっ、と。ライダー……さん」

「リージアって呼べよ! 野郎にゃ呼ばせねぇけど、可愛い娘なら大歓迎だぜ」

「……は、はい。ライダー……さん」

「おいおい、拒否られちまった」

 俺の肩の力が、ガクっと抜けた。

 でもフレンダちゃんは見れば見る程、儚げで可愛いので許せる。

「一緒に飯でも、食いに行こうぜ!」

「えっ。パンは……」

「おうっ! 美味かったぜぇ。でもあれじゃぁ足らねぇわ」

「でも……」

「夕飯の準備までで良いからさっ! ねっ? 奢り奢りっ」

「……はい」

「いぇーいっ!」

 ナンパに成功したぞ!

 俺はガッツポーズをすると、ピョンピョンと跳ねる。

「ぁ、そうそう」

 軒先を借りていた婆さんに叫ぶ。

 腰が曲がってる上、瞼が垂れ下がって目が開いてるのか分からない婆さんだ。

「ばばぁっ! 行ってくるぜぇー!」

「またおいでねぇ」

「肩揉ませてぇだけだろっ!! 一時間も揉ませやがって!!」

 関節が痛む手を振る。

 手綱よりも硬い肩なんて、二度と揉むか。

 俺は目を白黒させるフレンダちゃんに声をかけて、近くの喫茶店に入る。

 壁に書かれていた商品名のほとんどには、バツ印が描かれていた。

 メニューの大半は、出せないらしい。

 俺は砂糖ドバドバ入れたミルクティーを、彼女は珈琲を頼んだ。

 俺は頬杖をついて満面の笑みで話しかけた。

 ナンパにも着いてきたし、この子もしかして……俺に気があるんじゃないか?

「ねぇねぇ、フレンダちゃん。フレンダちゃん」

「……はい?」

「フレンダちゃんって、都市部で何をしてたの?」

「……誰から聞き、ました?」

「おっさんからっ!」

「そう、ですか」

 彼女が俯いた。前髪で綺麗な瞳が隠れてしまう。

「仕事って感じじゃないね」

「……」

「絵を描いてるのに、関係あんの?」

 ミルクティーをチビチビ飲みながら聞いてみると、フレンダちゃんは小さく頷く。

 彼女は華奢だがタコのある指先で、珈琲カップを握り締める。

「……」

「酒場の絵と君から貰った手紙の匂いが一緒だったからさ。合ってた?」

「ただ都市部の、美術学府に入ろうと、した。だけ……です」

「へぇ、芸術で行くなんて凄ぇじゃん」

「でも結局は、通えませんから」

 おいおいおい、地雷だわコレ。話題変えねぇと。

 だが彼女の口元が震え、カップを強く握っている事に気づいてしまった。

 ……しゃーないな。続けよう。

「野盗の件?」

「それも。でも元々っ才能とか無くてっ。受験で都市部に行った時に気づけたから」

「でも受験して、受かったんだろ?」

「それは、でも……」

 フレンダちゃんは、如何に学府へ入るのが難しいのか語り始めた。

 堰を切ったかの様に。ドモりながらだが、精一杯。

 十分は言い続けたか? 紅茶が冷めた頃、言葉の激流は過ぎ去った。

「……」

「す、すみません……」

「珈琲冷めんぞ?」

 少なくとも俺のミルクティーは冷めてる。

 飲むと甘ったる過ぎて、ベッと舌を出した。

「やるのか?」

「……え?」

「野盗が居なくなれば、行くのか?」

 フレンダちゃんはもごもごと口を動かす。

 俺は紅茶をもう一口飲んで、ベッと舌を出した。

 糖尿病になりそうだな。

「家に、お金がありませんから。学府に、入っても……」

「ふぅ~ん。続けられねぇのか」

 根無し草にはない悩みだ。

 ライダーは、自己責任の自己救済が基本である。

 家族以外の誰かが助けてくれるなんて、考えた事もない。

「……貴方は、どうなんですか?」

「何がだい?」

「大陸の中央に行く……んですよね? 何で行くんですか?」

「俺の家族の健康検査。後は仕事の達成報告さ」

「達成報告……?」

 おいおい肌の色から、家に引き籠もってるのは分かるが……箱入り娘か?

 滾るじゃねーか。

 俺はそういう娘が結構好きだぜ。お嬢様っぽさある。

「俺はライダーなんだぜ? 宅急便の配達報告もあるさ」

 その時、思い出した。

 先程行ったライダーギルドの依頼書も、肉の調達依頼しかなかった。

 この村、相当切羽詰まってたんだな。

「ライダーギルドには怪獣の駆除だとか捕獲だの。雑用もあるけどな」

「それ、雑用なんですか?」

「あぁいうのは、長距離の移動が出来ない爺さんや怪我人に譲るもんさ」

「……」

「何か意外そうな顔してんじゃねーか。どうした?」

「余り……そういう事を気にする方には見えなかったので」

 ふぅーん!! 言うじゃねーか!!

 俺の表情がいやらしくなってる自覚がある。

 フレンダちゃんも、何を言ったのか気づいた様だ。

「す、すみません……」

「間違っちゃいねーよ。野郎なんか気にしねぇし……でもライダーは別さ」

 特に怪獣を大事にするライダーはな。

「それは……」

「好きなモノが同じ奴だけは、敬意を抱かねぇとな」

「……」

「あぁ、時と場合によるぜ? 俺を殺しに来た奴と気に食わねぇ奴は殺すし」

 あらら、俯いちゃったよ。

 俺がフレンダちゃんの言葉を待っていると、彼女はおずおずと言いだした。

「ライダーギルドで、放浪……して。辞めようと思ったり、しませんか?」

「あん?」

「……辛いって。もういいかな、って」

 フレンダちゃんの声は、尻すぼみになり遂には消えた。

 うぅ~ん。そうだなぁ……まぁ。

「ねぇけど?」

「……ぇえ?」

「楽しい事をやって生きるんだ、幸せだろ? むしろ嫌な事を頑張るなんて、それこそ嫌だね」

「……」

 相変わらずマズイ紅茶だが、ちょっとだけ舌が慣れてきた。

 グビグビ飲んで、苦い言葉を中和して続ける。

「フレンダちゃんには、そういうのねーの?」

 珈琲カップの水面に波紋が広がる。

 どんどん陰湿な雰囲気を滲ませる彼女が、ボソっと呟いた。

 感情がこもりづらいフレンダちゃんの、初めて聞く負の声音。

 彼女の愚痴だ。

「自由な、貴方が……羨ましい」

「……フヘヘッ」

 俺が笑うと同時に、喫茶店の時計が鳴る。

 響く金属音。もう夕暮れ間近だ。

「お父さん帰って来るまでに、夕飯の下拵え、しないと。失礼……します」

「おうっ、楽しみにしてるな」

「後……さっきのお話」

「……?」

「もしアイツらを……してくれるならっ、何だって……しますよ」

 席から立ったフレンダちゃんが、珈琲代を置いて席を立つ。

 俺は口の中がドロドロに甘くて、舌をベっと出した。

 そのまま左手の薬指に嵌めたクォーツの指輪を見て呟く。

「ナナマキさん。女の子に嫌われちゃったよ」

 さっきまでフレンダちゃんが居た場所を見る。

 彼女の席には、一口も付けていない珈琲カップだけ。

 そこに置かれた銅貨が夕日を反射して、俺を責める様に輝いていた。

「はぁ。奢るって言ったのに」

 俺は窓から砂漠を眺めるが、あの宿屋の絵画とはやっぱり違う。

 何の価値も、美しさも感じない。

 ナンパは失敗に終わっちまったし、帰ろう。

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