第6話「可愛く無い野郎は死ねってか!?  その通りだな」


 ◇ ◇ ◇


 俺は夕飯の為に、他の客が来るよりも早く酒場に降りた。

「おい、アンタ。まだ出来てねぇぞ」

「待ってるから、果実酒一瓶くれ」

 初めて見た時から気に入っていた、絵画前の席に陣取る。

 ショットグラスを傾けていると、不意に視線を感じた。

 苦い顔の狩人のおっさんだ。

 フレンダちゃんに粉かけて、ナンパ失敗した事がバレたのか。

「フヘヘヘ……」

 テヘペロと可愛く舌を見せてやる。

 おっさんは俺に向かって、汚いハンドサインで喉をカッ切る仕草をして来た。

 可愛くない野郎は死ねってか。その通りだな。

「ったくよぉ……おっ?」

 俺が飯を待っていると、外が随分と騒がしい。

 昨日とは違う、逃げ出す村人達の鋭い悲鳴。

 嘲笑う声ではない大勢の怒声。

「おい、上に行ってな」

「いんや。手遅れっしょ。アイツら直接来るぜ」

「……何しやがった、若造」

 胡散臭げなおっさんに、もう一度テヘペロと舌を出す。

 同時に両開きの扉が、蹴飛ばされた。

 扉は室内に、砕け散りながら転がる。

 砕けた扉の外。夕暮れの紅い日射しが、薄暗い酒場を濡らした。

 黒と赤。

 薄汚いムサい野盗の男達。

 怪我人のおっさんと酒を傾ける俺。

 旅をしてると、こんな地獄みたいな光景に出くわすのか。

 フレンダちゃんごめん。格好付けたけど、ちょっと旅が嫌になったわ。

「おい、コイツか?」

 先頭を歩く奴。むさいおっさんが野盗団の首領か。

 頭に糞巻みたいなのを乗せたヘアファッションの、五十代。

 推定首領が、背中に隠れていた男を酒場の床に突き飛ばす。

 転がったのは、団子っ鼻じゃねーか!

 俺が鼻の形を治してやったのに、元に戻してやがる。

「あ、兄貴! コイツだよ! コイツが俺の鼻をっ」

「ただの若造じゃねぇか。何年荒くれ者してるんだ。馬鹿野郎」

 手下共に示しが付かねェじゃねーか。

 糞巻髪の首領が、団子っ鼻の腹を蹴り上げる。

 ピチッ! 団子っ鼻の傷跡から、汚い血が飛び散って酒場を汚した。

 周りの盗賊共は止める素振りも見せず、大人しい。

 成程……糞巻頭は恐怖で盗賊団を統率しているのか。

 俺は詰まらないショーを見飽きつつ、ゆっくり立ち上がった。

「若造、一度だけ言ってやる。荷物と怪獣を渡して俺の傘下に下れ」

「何だ? お前が俺のパパにでもなるってか?」

 笑う俺を見て、周囲の山賊共の眉がピクピク動く。

 嘲りというよりも、恐怖に近い顔色だ。

 一色触発の空気。俺の好きな空気に邪魔者が入る。

「ま、待ってくれっ!」

 俺と野盗達の間に、狩人のおっさんが飛び出してきた。

 怪我をした片足を引きずって、酒場の床に転ぶ。

「コイツが何をしたかは知らねェが、もう少しで金は集まるっ!」

 おっさんは倒れた姿勢から、土下座して懇願する。

 足の添え木が、転んだ拍子に折れ曲り痛々しかた。

「頼むっ! 何もせず……出ていってくれっ!」

「へぇ、気骨のある親父じゃねぇか」

 首領は腰の曲刀を抜き、鞘を部下に押しつける。

 土下座するおっさんの横をすり抜け、曲刀でカウンターの酒瓶を倒す。

 ガラス片が砕けて転がり、俺の足元にも散らばった。

 入口の夕暮れの紅が、ガラスに乱反射して絵画を照らす。

 ……より一層、絵を綺麗に映える。

「おい」

 何かが振り下ろされ……俺の隣、酒を飲んでいた机を打つ。

 果実酒の瓶が割られ、アルコールが宙を舞った。

 俺の動体視力が、飛び散る酒の一滴、一滴まで捕らえて映す。

 アルコールは絵画にかかり、インクがじんわり滲む。

「おめぇ、何処を見てる」

 後ろでジャガイモ共が、何かを言っている。

 団子っ鼻が、盗賊の手下共が囃した。

 俺は滲んだ絵画から目を離し、周囲を見渡す。

 机にめり込む曲刀。割られた酒瓶。

 嘲笑う野盗共。

 髭を撫でながら、俺の回答を待つ首領。

 泣く直前の顔で、懇願するおっさん。

 数名が俺達を素通りして、二階の階段を上り始めた。

「あの娘を一年位、俺達に貸せよ。今の無礼はそれで許してやる……それだけじゃねぇ。娘にゃ礼儀ってもんを教えてやるよ。手下共がな」

「ま、待ってくれ! アイツこそ関係無ぇ!」

 ぎゃーぎゃーと騒いで熱くなるおっさん共に、俺は嫌気が指した。

 この村に来てから、周りにはおっさんと老人しか近寄って来ねぇ。

「おい、変態ヘアファッション」

「あ……ぁぁ”んっ!?」

 俺の意見を聞けよ。

 ガチリッ。俺は奴の曲刀に噛みついた。

 良い鉄使ってねぇな。それだけが感想だ。

 だから惜しげなく……曲刀をへし折り砕くっ!

「『俺達』の命を盗ろうとしたな?」

 左手の薬指。嵌められたクォーツの指輪が激しく振動する!

「おいっ、動くんじゃねぇ! 殺すぞっ!?」

「お頭ぁ、居ましたぜっおっさんのむす――」

 階段上から顔を出す、野盗が三名。

 その手に捕まる、フレンダちゃん。

「おっ、お父さぁんっ!」

 入口を囲んでいる野盗の一党。

 俺の隣に居る野盗の首領。

 床に倒れるおっさん。

 既に照準は済んでいる。

「殺すぞなんて、敵に頼むなよ。俺ならこう言うぜ」

 左手の指輪に口づけを交わす、始めよう。

「テメェら全員、家畜の餌だ!」

 指輪から、突風が吹き荒れた。

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