第4話「お願いです……誰も殺さないで下さいっ」
◇ ◇ ◇
次の日。俺がベットから起きたのは、太陽が頭上に上る直前だった。
正確には薄暗い部屋で、愛読書を読んでいたからだが……。
暗記している本を読み直し、ナナマキさんの魔石指輪を嵌めて身支度を調える。
外では村人達が、ジャイアントリザードを解体していた。
今は昼飯を食ってる所らしく、楽しげな声が聞こえる。
それに比べて、俺は朝飯を食い損ねてひもじい。ひもじいのは嫌いだ。
更には暖炉の燻された煙で線香臭くなってる。着替えたい。
「これじゃ女の子に、モテねぇじゃねぇか」
フレンダちゃんに、着替えを貰おう。
俺が扉を開けると……何かが邪魔をしている。
足元を見ると、植物の蔓で編んだ籠があった。
手紙と揚げパンが入っており、次の事が書かれていた。
「起こしたけれど、疲れてる様なので部屋には入りませんでした」
「パンは味が二つあるので、朝と昼に食べて下さい」。
「何かあれば、診療所に来て欲しい」
丁寧かつ、丸っこい文字だ。
手紙からは良い匂いとインクの匂いもする。
……大事に懐にしまっておこう。
「着替えは無理かぁ」
フレンダちゃんは宿に居ないらしい。がっくしだ。
ナンパでもして、ラブラブデートの予定だったが仕方ない。
昨夜、野郎共から聞いた噂の確認に外に出よう。
この村に、ライダーギルドが誘致されたらしい。
俺は揚げパンを食べながら、宿屋から出る。
揚げパンは肉と豆のペーストを具に、パリパリした食感が美味かった。
◇ ◇ ◇
チリン、チリン。扉に吊された鈴が鳴って、客である俺の来訪を告げる。
ライダーギルド支店は、世界を束ねる組織とは思えない程狭かった。
宿屋の半分、二階がないから四分の一か。
室内を見渡すと、最低限の施設も揃っていない。
カウンターのショーケース内には、村周辺の地形地図。
依頼掲示板には、数枚の依頼書が風に揺れている。
テーブルに目を向ければ、飲んだくれのジャガイモ共が雁首揃えている始末だ。
景気良くは、見えない。
俺が室内を見渡していると、見知った顔を見つけた。
「どうもっ、私がライダーギルドのマスター!! シーラと申しまぁすっ!!」
ソイツ……シーラは俺の前に立ちはだかると、元気よく敬礼をしてきた。
今年で二十三歳になる可愛い娘ちゃんだ。
腰まで伸びた綺麗な橙色の長髪だが、前髪は相変わらず乱雑だな。
だが馬鹿犬そっくりな笑顔に、良く似合っている。
と思ったら人懐っこい笑顔は、俺と目が合う内に萎んでいった。
「リ……リー…リリ、リージアさんっ!」
「俺はリ=リ=リリ=リージアなんて、名前じゃねぇぜ」
俺達は昔馴染みだ。腐れ縁と言っても良い。
具体的には、ライダーギルド職員とギルドメンバーとして同期だった。
「ひゃい……ち、ちょうしはドウデスカ?」
「問題ねぇよ。お前はどうだ? ハッピィ?」
「え、えぇ。もうっ! ぼちぼちですぅ」
「そうか。良かったぜ。心配してたんだ、俺が居なくて寂しかったろ?」
「生きてたんですねぇ…………えぇ、嬉しいです。また会えてぇ」
シーラは顔も反応も子犬みたいで可愛い。俺のお気に入りだ。
何なら体型も、メリハリがあるしな。
だが俺は知っている。
コイツは胸がちっちゃい。Bカップである。
発育不良で腰のくびれが妙に良いから、胸が大きく見えるだけだ。
ケツと胸が小さいのは許せる。だが二の腕と腿が細いのはいただけない。
「で、で……その」
俺が採点していると、シーラが襟を掴んでくる。
引き寄せられた俺の耳元で、小さな唇がボソボソと呟いた。
「お願いです……誰も殺さないで下さいっ」
俺はチラりとシーラの胸元を見下す。
ギルドマスターを示す、ピカピカのバッジが輝いている。昇進したのか。
普段なら襟を掴んだ事を、後悔させてやるが……。
胸元から覗いてるパイチラで、機嫌は悪くない。許してやろう。
「ここに在籍してるライダーは何人だ? 仕事を受けてる奴も含めてだ」
シーラの顔色から、血の気がなくなる。
その時だ。俺の欲しかった情報が、向こうからやってくる。
昨夜、一階から聞こえた声だ。
「新人が来たみたいだぜ。干される村だってのに可愛そうにな!」
「よ、止しときましょうよ。若ぁ、アレはマズいです……ぅて」
声の主はテーブルを囲む三人組の男達だった。
テーブルには、大ジョッキにビール。
ツマミには怪獣の巨大な指先の肉か。随分入り浸ってるな。
俺が近づくと、飲んでいた二人は慌ててジョッキを置いて目を伏せる。
ソイツらの顔には、見覚えがある。
前に見たよりも薄汚い格好になってる上、肌も焼けていた。
「よぉ、『潰れ鼻』。『小指』」
「お、俺。煙草買って来るっ」
「俺もっ、トイレ」
折角。俺が呼んでやったのに、走って行きやがった。
俺は残された一人が、震える手でジョッキを置いたのを見下す。
団子っ鼻が、特徴的な男だ。
黒い肌に金髪。海から釣り出された魚の様に見開かれた眼。
肌には垢が浮き出て、服には血や酒の汚れが染みついている。
ここらの出身だろうが、村の奴じゃないな。
「な、何だよ。俺ぁ、兄貴から見張る様に言われただけで……気に」
俺は団子っ鼻が、言い訳するのを聞きながら観察する。
野盗の指には、手綱タコがない。俺はその団子鼻をつまんだ。
「しないで……何してるんだ?」
ポキリ。
鼻を一周させてへし折ると、小気味良い音が鳴った。
野盗の鼻が水風船を割った様に、鼻血を噴き出す。
血が俺の手首から先と、野盗自身を染めあげる。
「ぁっ、あっあ”っ!」
悲鳴をあげる野盗の鼻を、つまんで黙らせる。
野郎の汚い悲鳴なんざ、聞きたくない。
振り返ると、走り去った筈の野郎共が戻っている。
震えながら、ショーの観客の様に黙りこくっていた。
「喜べ、コイツの鼻の形を治してやった。礼代わりに質問に答えろ」
「……ぇ」
同じ目に合わせてやった、元々野盗にして元ライダー。現野盗の二人組を睨む。
二人は頬を引き攣らせ、煙草をポトリと落とす。
まだ黙っているのか。
「今度は鼻の穴だぜ」
団子鼻の鼻先に指をひっかけて、力を込める。
ビリビリと引き千切れる音がした。
鈍い悲鳴があがり、団子っ鼻が椅子から転げ落ちる。
首を締めて支えてやろう。
「質問に答えてくれるか?」
二人組は玉の様な汗をかきながら、親切にも質問に答えてくれた。
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