第2話 私は真っ黒なテントウムシ

私は高校卒業後、就職した。

とある小さなスーパーだ。そこでレジの仕事をしていた。


根暗で声が小さかった為、よくお客さんから「いくら?」だの、「は!?」だの、聞き返されていた。それがクレームとなり、店長に怒られてばかりいた。私の人生、怒られるか、虐められるか、そんなのばっかり。と、思いながら、店長の前で下を向いてお叱りの言葉を聞いていた。

ある日、『バッグヤードの方で、届いた商品の数を確認してくれる?』と店長に言われた。表に出すとクレームがあって面倒だと思ったのだろうか。私は小さな声で「はい。」言い、バックヤードへ向かった。その日からひたすら商品の数を数える事が私の仕事になった。


社員の私がする仕事なのだろうか。そう疑問を抱きながらも、仕事を続けていた。

一年ぐらいたって、私は店長に辞表を渡した。


「いつから?」と聞かれる。

「お任せします。」と私が言うと

「明日からで良いよ。制服だけ、クリーニング出して返してよ。」と言って店長が去って行った。


え、それだけ?


拍子抜けと言うか、むなしいと言うか、なんとも言えない複雑な気持ちで家へ帰った。


私に接客業は向いていないと思い、私は事務職の仕事を選んだ。

面接を受けたら、すぐに受かった。

後で聞いたら「一番最初に面接に来てくれたから。」それだけの理由だった。


でも仕事は楽しかった。資料を作る事にやりがいを感じていた。

だがそこでも、電話対応で沢山叱られた。前職でまったく電話に出たことが無かった私に、いきなりビジネス電話はハードルが高かった。たとえ電話に出ても、「すみません。名前が聞き取れなくって、お電話なんですが・・。」と言い、他の事務の女性に代わって貰う事がしょっちゅうだった。

呆れた顔でその人は出てくれていたが、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、「会社名と担当者名」だけでも聞いて!それも無理だったら、せめて「会社名!」と怒鳴るように言われた。小さな声で「はい。すみません・・。」と言い、私は仕事が終わってからすぐに書店へ向かい、『電話対応の仕方』と書かれてある本を買って帰った。そして、必死で呼んで勉強した。


就職して1年が経った頃、繁忙期も終わり、みんなでお疲れ会をしようとなった。

周りの女性陣と仲良くなれるチャンスかもしれないと思い、私は回覧に参加と書いて印鑑をついた。


お疲れ様会は、ある飲み屋の個室で行われた。みんなで乾杯をし、話しに花が咲く。私は自分の話しはしなかったものの、先輩方の話しを相づちをうちながら聞いていた。


すると、酔っぱらった社長が「中川~、お前は最悪だな。」と突然私の方へ向かってそう言い放った。一瞬その場が固まった。「お前は電話もろくに取れなくて、取れたかと思ったら会社名も聞き取れない。お客さんの名前も間違える。仕事でもミスはする。ほんと使えねぇ奴を、俺はとっちまったよなあ。しかも車の色、お前黒だろ?車の掃除もろくにしない奴は選んだらいけない色なんだよっ!」と言い放った。まるで私の全てを否定されたようだった。


なんでそこまで言われなくちゃいけないの?

電話が下手な事ぐらい気付いてる。だから本まで買って勉強してるって言うのに・・。


それまで我慢していた涙が出てきた。私はその場にいる事が耐えられず、スクッと立ち上がってすぐに靴を履き、外へ駆け足で出ていった。


すぐに社長の奥さんが追いかけてきた。


「酔っぱらいのたわごとよ。気にする事ないわ。」と言って私にハンカチを渡した。

私はそれを受け取らず、「すみません。失礼します。」と言って車に乗り込み、自宅へ帰った。


ちゃんと信号を見て運転してたかすら覚えてないぐらいショックだった。

泣いて帰ったら親が心配すると思い、涙を綺麗に拭いて、鍵を開けて中へ入った。


「あら、おかえり。早かったわね。」と母が言った。

「あ、うん。一次会で終わったから。」と言った瞬間、私は涙が出て来た。


「どうしたの!?」と母に言われて、話そうかどうしようか悩んだ挙句、今日あった出来事を話した。母はあっけにとられた顔で聞いていた。


「今日、金曜日でしょう。土日で退職届をかいて、月曜日にそれを出して、そのままもう帰ってきなさい。そんなクズのような社長の所で働いていても、性根が腐るわよ。」と少し母は怒ったような口調でそう言った。


次の日、私はパソコンで『退職届の書き方』と検索し、

その通り、買ってきた用紙に書いた。理由は「パワハラ」と書き、月曜日、退職届とクリーニングにも出していない制服を袋に入れて、いつもの時間に会社へ向かった。


社長はいつも少し遅れて出社してくる。その間に私はもくもくと自分のデスクを片付けた。いらない物は全部シュレッダーで捨て、家から持ってきたものは紙袋へ入れて行った。

周りは何も言わず、ただそれを見ていた。


片づけが終わってしばらくすると、社長が出社してきた。私は何も言わず、退職届と制服を渡し、すぐに車へ戻り、自宅へと帰った。


それから連絡は一度も無かった。後日、ポストに「給料明細と雇用保険の書類」が届いた。

中に謝罪の一筆でも書いてあるんじゃないかと思って中をよく確認したが何も入って無かった。私ってなんだったんだろうと虚しさを感じた。


次に務めた会社は電気工事会社の補助事務だった。

そこで私は50代ぐらいの女性の事務員の女性と仕事をする事になった。


一緒に働く相手が女性と言う事にホッとしていた、だが、その人は私を踏み台にし、自分は出来るアピールするような人だった。


私が仕事でミスをすると、「私の教え方が悪かったわね。ごめんなさいね。」と、みんなの前では言うが、裏では散々他の男性社員に私の愚痴を言っていた。

それを知ったのは、入って2年程過ぎた頃だった。

たまたまトイレへ向かおうと席を立った時、給湯室で話している声が聞こえた。


「あの子、本当に物覚えが悪くって。何度同じ事言っても覚えないの!ネジの1本や2本、外れてるんじゃないかしら。親の顔が見てみたもんだわ。一体私が何回しりぬぐいさせられたと思ってんのかしら。早く辞めてくれないかしらね。電話もろくに取れないし、出たと思ったらへったくそだし。一緒にお弁当食べても特に話も盛り上がらないし、つまんないのよね。」と言っていた。


私は、陰で一通り彼女の愚痴を聞いた後、トイレへ向かった。トイレの中で、少し涙が滲んだ。自分はその女性とうまくやれていると思っていたのに、実際は違っていた。自分の事を散々クズのように言われているとは思いもしなかった。自分が今まで勘違いしていた事に腹が立ち、同時に虚しさが情けなさを感じた。


そして翌日、退職願を主任に渡した「次の後任が決まるまで待ってくれ。」と言われたが、すかさずあの女性社員が、「引継ぎに関しては大丈夫です。私がきちんと指導致しますから。」と言い、私は翌日には退職となった。


退職する日、主任に呼ばれた。「中川さんはもっと、自分の意見を言うべきだよ。何を考えているのか、さっぱり分からない。」と言われた。私は「はい。」と言い、まとめた荷物を持って、「お世話になりました。」と言い、会社を出た。


自分の意見を言う・・。


そういや私、仕事で自分の意見を言った事が無かったかも。

でも20そこらの小娘が、年上の人達に物申すなんて、とても私には出来ないと思った。


私はとぼとぼ歩きながら車に乗り込んだ。


次に転職したのは、コールセンターだった。

散々電話が下手だの言われ続けていたせいもあり、少しでも勉強になればと思い、そこへ入った。そこで一通り電話の出かたや、取次ぎの仕方、相手の声が聞こえない時の問いかけの仕方など教わった。


半年が経ち、そこそこ電話への自信もついた頃、サブリーダーと呼ばれる少し上の先輩からキツイ一言を言われた。「中川さん、あなた電話対応がなかなか上達しないわね。もう半年経つわよねぇ。それに、お客様とのトラブルも多いし。上からも言われてるのよ。ちゃんと指導するようにって。何かあったら私が責任取らないといけなるのよ。その辺、あなたは分かってないだろうけど。クライアントからもクレームになるといけないから、忠告しておくわ。」と言われた。


その女性の電話対応は確かにうまかった。だからサブリーダーにまで上り詰めたのだろう。私なんか足元にも及ばない。心の中で溜息をついた。私はやっぱりどんなに練習したって、電話はへたっぴ。そもそも向いていないのかも知れないと悟った瞬間でもあった。


仕事に面白さを見いだせなくなった私は、1週間後に退職願をだし、仕事を辞めた。


実家に住んでいた私は、両親から仕事の事をすごく心配されていた。

「また辞めたの!?」と言われることが徐々に増えて来た。


その後も、製造業や飲食店など、色んな所で働いたが、いずれも、そう長くは続かなかった。その理由の多くは、人間関係だった。


私はどうやら、人とうまくコミュニケーションをとる事が苦手らしい。

もう26歳だったが、今頃気付いた。


もっと早く気付いておけばなぁ。

なんて後悔しても後の祭りであった。腹をくくって、次の仕事探しを始めた。


次に務めた会社は大手企業の事務だった。電話もほとんどなく、資料作成が主で、私は快適に働いていた。だが、そこの会社は男性社員が多く、女性は数名の女性のみだった。


私が働く事になった部署は男性2人と、私1人。それからほとんど店舗まわりで外出している名ばかり部長の4人だった。


その内の1人と男性社員は、女性好きらしく、何か仕事の質問をすると、肩がくっつく程近づいてパソコンを覗き込み、説明をしてくる。仕事の合間に世間話しと交えて、奥さんとの夜の営みの話しをしてくる。聞きたくも無い事をペラペラ喋る、気持ち悪い男だった。


もう1人と男性は無口で、入社した当初は話す事もほとんど無かったが、ある日から突然、私に対して、完璧なる無視をし始めた。驚くほどの完璧さだったが、仕事も与えて貰えない。話しかけても他の人とは明らかに違う、低い声のトーン。私が何をしたっていうのだろう。だが、その男性が県外へ出張で帰って来ると、全社員の分とは別に、私個人にお土産をなぜか買ってくる。謎だった。嫌われている訳では無いのだろうか。なんなんだ、この人は。


ある休みの日に、私個人の携帯に知らない番号で電話があった。

「もしもし」と出ると、相手は無言。気持ちが悪かった。もう一度「もしもし」と問いかけるが、無言。私は気持ち悪くなり、電話を切った。その電話番号をメモし、自分の部屋の引き出しに入れておいた。


月曜日、いつも通り出社した。仕事をしていると、視線を感じる。

なんだ?と思い横を振り向くが、いつもと変わらず、皆仕事をしている。

そんな日が1週間程続いた時、たまたま、その無視をする男性の電話番号を知る事となる。


あれ?なんか見覚えがあるような・・・。


そう思い、周りにバレないようにメモを取った。そして自宅へ帰り、無言電話のあった番号と照らし合わせると、一致したのだ。私はゾッとした。


こーわーいー!!!!


私は次の日、すぐに管理部の部長の所へ行き、その事を相談した。

自分の携帯の着信履歴を見せ、休みの日に無言であの人から電話があった事。それからもう1人の男性社員からはセクハラを度々受けてる事。全て話した。


部長は、ひたすら謝っていた。

私の前に勤めていた女性も同じ目にあったのだと、その時初めて聞かされた。

そして彼女の時はもっと無視がひどく、荷物を時も、バンっと音を立てて置いたり、引き出しを閉める時も凄い勢いで閉めたりと、私の時より激しかったらしい。1年後、彼女は泣きながらここをやめたんだと聞かされた。


おぉ・・・・。こわっ!

まだ私はマシだったのね。


と思いながら、それからも3年程は務めた。私にしては長かったと思う。

他の社員の方からはとても良くしてもらっていた。おかげで自己最高記録となる、3年間、働けたのだと思う。だが、私が帰る時など後ろに人がいる気配を感じたり、ことあるごとに二人っきりになろうとするその男性社員に、気持ち悪さはもちろんの事。最後には恐怖すら感じ、自分から退職を申し出た。部長には何度も謝られた。ここまでいくと、もう未練は一切無かった。後日、家の近くで社長にも合った。お互い車に乗っていたので、話す事は無かったのだが、社長も私の事を気にかけてくれたのだろう。家の近くまで、様子を見に来てくれたのかもしれないと思った。私は通り過ぎる時、少し微笑んだ顔で軽く会釈をした。すると、社長も笑って会釈してくださった。


散々な目にはあったが、あの2人の男性社員以外はみな、良い人が多かった。

そして、こんな私だったが、とても可愛がってくれてるのは良く分かっていた。

そこだけが名残り惜しかったが、もう後戻りは出来ないのだ。


私は次の仕事を再び探し出した。


次の仕事は工事の見積もり作成の仕事を選んだ。

求人には「簡単!丁寧に教えます。」と書かれてあった。


よし、これだ。と思い、そこに応募した。


しかし、入ってみたらとんでもないブラック企業だった。


仕事の内容が難しく、私はなかなか覚えられなかった。

すると、2週間も経たないうちに、同じ部署の女性に、会社の裏へと呼び出され、「何回言ったらわかんの!?1回教えた事、2回も聞いてこないでくれる!?」と、毎日のように散々罵声を浴びせられた。


私は、ここじゃ働けないと思い、朝早く出社し、社長に辞める意思表示をした。

「あなたがしている仕事は、事務職じゃなくって、技術職みたいなもんだから。覚えるのに時間かかるよ。まぁ3カ月は頑張ってみてよ。」と言われた。


だったら、求人に「事務職」なんて書くな!と思ったが、「はい。」と返事をし、自分の席へ座った。それからも、分からない事だらけだったが、聞くことが怖く、なかなか聞けないでいた。その度に呼び出され、怒られる日々。もう心は限界だった。


翌日、社長に退職届を出した。以前、辞める意思を伝えていたせいか、すんなり、受け取った。荷物をまとめてその日のうちに退職した。働いた期間は3週間。

自己最短記録。いや、何の自慢にもならんわ。と思いながら自宅へ帰った。


家へ帰ると、「え!辞めたの?」と再び母に言われる。

「うん。」私はテレビを見ながら答えた。


「前に勤めていた所は3年ぐらい続いたけど、あれは奇跡だったわね。」と言われた。

「そうだね。奇跡だよ、き・せ・き!私には仕事運が無いんだよ。そういう星の元で生まれちゃったんだよ。」とテレビを見ながら言った。


「そうは言ってもね、これからどう生きていくのよ。転職をひたすら繰り返していくつもり?」と呆れたように母に言われた。


「うーん・・・。でも、転職の回数は多いけどさ、途切れなく、ずっと働いてはいるから、何とかなるんじゃない。」と言うと「ったく、ばかね、あんた。」と言われた。


そうだろうか。


「百合はもう専門学校出てからずっと同じ美容室で働いているっていうのに。姉妹でもこうも違うのね。」と母が言った。


私には2歳年上の姉がいる。美容専門学校を出てからはずっと同じ美容室で働いている。仕事の愚痴も聞いた事が無い。きっと姉は仕事運が良いのだ。


「あのねぇ、親としては心配なのよ。同じ所で腰据えて働いてくれたらなって、どこの親だって思うわよ。あんたも結婚して子供でも出来たら、私の気持ちが分かるわよ。」と言っておでこをピンっと叩いた。


「いたっ!」

転職の何が悪いっていうのよ。と思いながら、テレビを見てソファーに横たわった。


しばらく経って、父が帰って来た。


「おかえりなさい」と言い、母が出迎える。「またあの子、仕事辞めてきたのよ。あなたからもなんか言ってちょうだいよ。」と父に話してる声が聞こえた。


あぁ、説教が始まるのか。そう思っていたら


「楓、ちょっとこっち来てごらん。」と父に呼ばれた。


あぁ・・説教なの?いやだよぉ~!


「何?」と言ってとぼとぼ歩き玄関へ向かう。


「ほら、玄関の中にテントウムシ。真っ黒なんだよ。珍しくないか?」と言ってきた。

「ほんとだ。珍しい・・・。」


「このテントウムシはテントウムシの世界じゃ変わり者なんだろうな。もしかしたら虐められてここに1人でいるのかもしれない。」父は真面目な顔でテントウムシを見つめながら話す。


「うん。そうだね。」と私が答える。


「楓がこのテントウムシだったとする。みんなが「真っ黒い変な奴がいる!」って虐めてきたら、どうする?」

「どうするって・・・。黒の何が悪い!って言って、怒る・・かな。」

「そう。腹立つから怒るよな。次は?」

「次は~、こんな所ずっといたって、辛い思いするだけだと思って家出する。」

「それで?」

「次の居場所を探すかな。」


父さんはため息をついた。「そこだよ、楓。」


「父さんだったら、それでもそこに居続けて、認めて貰える努力をするなあ。」

「例えば?」

「一番先に起きて、餌をとってきて仲間に分けてあげる。部屋の掃除を率先してする、とか。」

「なるほど。」

「でもな、中にはそれでも認めてくれない奴だっているんだよ。そういう奴は気にしなくていいんだ。つまり、自分で居心地のいい場所を作って行く『努力』をする。それがそこに住み続けていける秘訣だと思うんだ。」

「じゃぁ、嫌な奴に嫌な事されたら?」

「正論で言い返せばいいじゃないか。そうなる為には、自分は真面目に働いて、誰に何言われても、言い返せないぐらいになっておく必要はあるけどな。」


なるほど。


「自分で出来そうな仕事を探して、次就職したら、そこら辺考えて仕事してみろ。何か変わるかもしれないぞ?」と父さんは言い、ポンっと肩を叩いてリビングへ行った。


私は「うーん・・。」と考え込みながら、真っ黒なテントウムシを見つめた。

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