本当の魔女⑥


「立ちなさいフュテュール、貴女には見届けなければならない責務があります」


 どきっとして顔を背けた。一瞬だが見えてしまったその瞳は優しくないものだった。怖い、いつの間にかマティの表情はあの時のように、ぞっとする程に冷たいものになっている。


 震える足を抑えながらよろよろとフュテュールは立ち上がる。なぜだろうと思う。先程までは忘れていた痛みが今になって激しく襲ってくる。


 数十分が永遠のように長く感じた。痛む足を引きずりながらゴルダの丘に到着する。嫌な臭いが鼻をつく。そこには群集が蠢いている。既に黒山の人だかりができていた。その奥には木冊に囲まれた刑場。そして柱が見える。人間が縛られている。柱の下に目をやると藁が積まれていた。


 フュテュールは目を閉じて軽く首を震る。槍刑ではない、これは火刑。最も残酷であり、重い罪の架された者に対する刑罰。火炙りだ。


 好奇と怨嗟。そして恐怖と愉悦。辺りには様々な感情がとぐろを巻いてうごめいている。このような公開処刑を自ら好んで見物に訪れる者の多くは歪んだ性癖の持ち主。残酷、懇願、そういった負の感情に恍惚を覚えてしまった者達だ。



「どきなさい。会士、アル・マティの通る道を開けなさい」


 押し合い、へし合う黒山の人だかりにマティはフュテュールを支えながら向かっていく。それは小さな声だった。群がる見物人達の雑踏とざわめきで辺りは騒々しい。マティの小さな声など誰の耳にも届かないはずだった。


 フュテュールの唇から「えっ」と小さな声が漏れていた。振り向いた者、マティの存在に気付いた者が次々と道を開けていく。後退りしている。群集が割れていく。とんでもない威圧感――


 マティは法衣を纏っているわけではない。手渡された洋服に着替えたフュテュールの服装とマティの服装はほとんど一緒、大差はない。群集達の中には、マティ達よりも高価そうな服を纏う者も多々見受けられる。決定的に違うのは存在感だ。


 熱気が凄い。足を引きずりながら歩くフュテュール。そして肩を貸しながら歩くマティ。群集の中でも彼女達二人は一際目立つ。



「も、申し訳ありません」


 謝ったのはフュテュールではない。マティの前にいて道を塞いでしまっていた見ず知らずの中年男性だ。顔には目立つ傷があり額には受刑者だった証の刺青が入っている。マティと視線が合うなり、面識はなさそうだったが顔色を変えて詫びていた。そして、そそくさとその場から離れていく。彼は何もしていない。



「ヘデロ、豚野郎……」


 囁くように小さな声が、なぜか鮮明に聞こえてきた。聞こえていたのはフュテュールだけ。うつむきながら寄り掛かるように歩くフュテュールはその声に誘われるように顔を見上げた。マティの表情を覗き込む。



 ――っ、


 そして絶句する。即座に視線を落とす。音が鳴りそうなくらいに激しく足が震えている。怖い、怖いと心の中で何度も呟いていた。


 辺りの群集達も同様。誰もマティと瞳を合わせようとしない。離れていく。人間ひしめく黒山の人だかりにぽかりと凹の字のようなスペースが出来る。最前列、ここがマティとフュテュールの専用席。

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