本当の魔女⑤

 

  ―フィリアの町並み―



 先の見えない上り坂が続く。道幅はそれほど広くない。馬車ならば二台も横一列に並べば道を埋め尽くしてしまうだろう。


 歩道の両側には赤茶けた煉瓦作りの花壇が並ぶ。これも坂道と共に先が見えない程に長く続いている。その高さはフュテュールの膝もと程度。そして赤、青、黄色と様々な色の花が丁寧に植えられ道を彩っている。


 誇らしげに咲き乱れる小さな花々。その花壇の奥には同様に、歩道を挟むように民家が立ち並んでいる。

花壇はフィリアの町民共有の物とされている。しかし、その花壇の手入れする役割は分担されている。それぞれの民家の前の花壇は、その家の所有者の担当という暗黙のルールのようなものがある。


 その為なのか、競い合っているのだろう。植えられているのはどれも似たような花々なのに、それぞれの花壇は個性に溢れている。


 嫌な予感がする。息苦しい。胸の鼓動が大きくなる。道行く人々が、よたよたと歩くマティとフュテュールを次々に追い抜いて行く。過ぎ行く人々に目をやれば、ある者は沈痛な面持ち。またある者は好奇に満ちた表情。


 目の前の民家の玄関扉が勢いよく開き、中から小さな子供が飛び出してきた。そして喚き散らしながら道行く人々と同じ方向に走り出していた。


 母親なのだろうか?

 さらに勢いよく玄関扉が開く、壊れそうなくらいだ。その民家の中から慌てふためいた様子で飛び出してきた中年の女性が、怒鳴り散らしながら大股で走り猛追していた。


 子供は凄まじい剣幕で迫ってくる母親に驚いて立ち止まっている。しかしその首根っこを鷲掴みにして押さえつけると、有無を言わさずに横頬を引っ張っだいていた。見ている方も顔をしかめるほどの強烈な音の張り手だ。泣き叫ぶ子供を一喝するとそのまま自宅にと引きずり戻していた。



「マティ様、こ、これは……」


「助けられなかった。そう、ゴルダの丘で処刑が始まります。まだ若い子、フュテュール、私や貴女より若い……」


 その瞬間、肩を支えてくれているマティの腕から微かな震えが伝わってきた。薄々とは感づいていた。しかし戸惑いを隠せない。茫然とするフュテュールの足が状況を察知して震えだす。ゴルダの丘は有名な処刑場。フィリアの町の出身ではない彼女にもそれはわかる。



「嫌です。私、見たくない……」


 全身の力が抜けていくのを感じる。足の震えが身体の隅々にまで伝染したかのように、その場にへなへなと座り込んでしまう。


 もう分かった。異端審問が開かれたのだろう。告発された者が観念した。抗うのが無駄と判断して全面的に自身が魔女であると認めたのだろう。


 数日前、看病されている時にマティが私と貴女は同い年なのねと笑いながら言っていた。フュテュールは十九歳である。だとすると処刑されるという者も十代ということになる。マティが前日に看病に来れなかった理由。それはこれだった――

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