本当の魔女②

 ―この感覚。


 夢幻に包まれている。

 意識はある。しかし体中が軽い。正座をしている時の足の痺れのような症状が体全体を包んでいる。しかしふわふわと、まるで雲の上にでも寝そべっているかのような心地。


 両足の痛みが麻痺している。先程までは苦痛のあまりに何度も何度もうなされていた。肉が焼けるような痛みと共に高熱も出ていた。しかし今は痛みを感じない。そこに足があるのを感じさせない。不思議な感覚に溶け込んでいる。


 視界がぼやけている。ここが部屋の中なのは分かる。しかし誰の家なのか思い出せない。背の低い戸棚の上に、松ぼっくりと乾燥した小枝をあしらった、かわいらしい小物入れのような物が置いてある。布団に寝かされていた。染みひとつない真っ白いシーツがかけてある。


 霞む目を見開いて辺りを見渡せば、煉瓦作りの橙色の内壁が視界に飛び込んでくる。部屋の中はそれほど広くない。そしてこれはローズマリーの香りなのだろうか、どこか懐かしい匂いに室内は包まれている。



「痛みはどう? 少しは楽になったかな?」


 夢うつつのフュテュール。声に反応してその主を探そうと見上げるが、目は虚ろ。しかし口元は微かに綻んでいる。その表情は激痛に疲れはて、憔悴しているというような顔ではなく艶然としたもの。まるで快感に身を委ねているようにすら見える。



「耳鳴り、キーンって音が止まりません。嫌な感じなのに気持ちいい。マティ様、これは……」


 そう問いかけようとした言葉を途中で呑み込む。はっと我にかえるように表情がこわばり、全身の血の気が引いていく。


 布団の上に横たわるフュテュールの真横にしゃがみ込むマティ。そして口元に小さな茶碗を差し出していた。その中には強烈な香りを発する何かが入っている。


 父親が存命していた時とて決して裕福だったわけではない。村娘として、ほとんどの者がそうだったように、貧しい家育ちのフュテュールは文字の読み程度の教育しか受けていない。誰もが無償で教育を受けれるような時代ではない。たいした知識はなかった。しかし、それが何かは誰にでもわかる。



「薬用ハーブを数種類調合した物です。幻覚症状を引き起こし、痛覚を麻痺させる毒草だけどね。扱いを誤らなければ毒は転じて人間を救います」


 あっけらかんとした表情だった。これは幻、幻覚幻聴なのかとフュテュールは自身の目と耳を疑っている。開かれた口は閉じることを忘れ、うつろだった瞳は丸くなっていた。


 ハーブ魔女。

 その知識がある者をこの時代では魔女と呼ぶのだから、フュテュールが絶句するのも無理はない。



「うぅ、緑色の魔法薬。マティ様、これは?」


「これ? これは代を重ねて人々が語り継いできた英知の結集よ。それを魔法と称して忌み嫌う権力者、愚かな時代に生まれてきちゃったね」


 痛みを緩和させるのに伴う強烈な陶酔症状が再び襲ってくる。夢心地の中に恐怖の色が見え隠れしているフュテュールだったが、マティが差し出したそれを拒もうとはしない。受け入れていた。同時に中毒症状も併せ持つその液体は、神秘的な力で人間を惹き寄せるのだ。


 マティは微かに笑っている。多くを説明しようとはしない。説明しても無駄。理解してもらうには、それなりの時間が必要。今は鉄創から併発してしまったフュテュールの高熱を抑えるのが先決。

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