本当の魔女

本当の魔女①

 

「マティ、噂は聞いてます。しかし、もう少し立場と言うものをわきまえなさい。リファルにあまり迷惑をかけたら駄目ですよ」


 フィリアの町の中央。高台に建設された、町並みを睥睨する十二の円錐柱に支えられる巨大な聖堂。化粧積みの光沢美しい石灰岩の内壁と、水瓶を持つ美しい裸体の貴婦人の石彫刻が正面入口の頭上から出迎えている。その入り口から続くだだっ広い回廊の中で、マティとその男は並びながら歩いている。


 カーディナル(助祭枢機卿)であるその男の前には、さすがのマティも頭が上がらない。申し訳なさそうにうつむきつつも微かな笑みを浮かべている。


 エリス枢機卿。コングラーチェ(教皇選出権)を持つ程の有力者であり実質的なこの町の統治者。人々からは法家の番人とまでに呼ばれる程に清廉潔白な男である。その為に中央から疎まれ、この町に実質的な左遷をされた男だった。マティにとっては敬愛して止まない人物でもある。



「それで、貴女の助けた村娘の容態はどうなのですか? 貴女の推挙があれば下官としてリファル会に籍を置く事も可能ですよ」


 エリス枢機卿の問いに対して軽く首を横に振る。マティが救い出した村娘、フュテュールをリファル会に在籍させる事は歓迎している。フュテュールにとってもそれが一番いいだろう。それでも……



「彼女は芯の強い人間です。私の悲願を成就させる為には、どうしても彼女は必要になるでしょう。そのためにも……」


 言葉を濁らせながらも、悲壮な決意を滲ませた瞳を向けてマティは言う。その表情をちらりと横目で覗き見ていたエリス枢機卿は、喉元まででかかっていた言葉をごくりと飲み込んでいた。本心を聞き出したとしたら何としてでも止めないとならないことになるだろう。良からぬことに決まっている。


 礼拝堂への扉に続く聖堂の壮大な回廊。辺りに人の気配はない。冷たい雰囲気を醸し出す石畳の床面をこつこつとリズム良く踏み歩くマティとエリスの足音だけが響いている。両脇には絶える事なく灯り続ける燭台の炎が揺らめき、二人の影を壁面に肥大化させ、踊らせていた。



「私でも太刀打ち出来ずに一蹴に伏されてしまうのです。マティ、貴女は死にますよ。力のない正義など今の世では負け犬の寄り所です」


 物悲し気なエリス枢機卿の声が大回廊に染みていく。何を言っても無駄、その覚悟は揺らがないだろう。エリスにはマティは死ぬことなどこれっぽっちも恐れてはいないように見えている。それだけにエリス枢機卿は、それ以上は何も言えない。


 神に祈るだけでは救えないものがある。現世の苦しみは来世の安らぎに繋がると人々に説いてきた聖職者達。それだとしても現世の苦しみは無情過ぎる。それを痛感しているだけに――

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