異端審問⑩
鮮やかな空。水に映したように真っ青な空を駆け抜けて行く白い雲。見上げればそれは痛い程に眩しく刺さり、暗闇に慣れた瞳を刺激する。
「これ、聖職者のローブ。私にはこのような高貴な物は……」
「裸でしょ、私は構わないけど貴女、そんな格好を街中で晒すつもりなの? まぁ、町の男達は喜ぶだろうけど……」
二度と訪れたくはない地獄の釜の底。詰問所と呼び名される拷問所の建物の扉を開けて、見上げる空は抜けるように碧い。鷹のような大型の鳥が弧を描いて気持ち良さそうに旋回している。
マティが裸である彼女に羽織らせたローブ。それに対して萎縮している。これは聖職者のみが羽織る事を許された法衣だから。
ローブ、現代ではその言葉は法衣やドレスとして解釈されるが、この時代のそれは戦利品や略奪品という意味。それがもともとの語源。戦利品なのだ。彼女が羽織っているそれは、審問官の男が着用していた、裁判官達が好んで着用する神聖とされる法衣。それを彼女は裸だからと言って、マティが審問官から奪い取っていたのだ。彼女が萎縮するのは当たり前。
「うん。意外にそれらしく見えるんじゃない? 気にすることないでしょ、例え聖職者の法衣でもあの肉塊が羽織った時点で、ただの布切れに成り下がったんだから」
穏やかな口調に好感が持てる。マティの肩に寄りかかっている彼女が、そっと覗き込むようにその表情を見上げるとマティは微かに微笑んでいた。
上空から照りつける太陽がその表情の後ろから目映いばかりに差し込んでくる。この国ではあまり見ることのない、マティ独特のはしばみ色の髪が肩辺りで風に揺られて金色に輝いて見える。あかつきの星のような琥珀色の瞳に吸い込まれそうになる。あまりにも美しく見えた。どくんとはね上がる鼓動の音を抑えるように、彼女は胸に当てていた手のひらに力を込めている。
「可哀相だけど貴女はもう死人なの。貴女が現世で生き延びられるには、それ以外の方法がなかった。それでも名前がないのは不便だよね?」
その言葉に彼女は小さく頷く。幼い頃より畑仕事に従事して太陽にさらされた浅黒く焼けた肌とは対照的に、彼女の髪色は若さに満ちて美しかった。その淡い栗色の長い髪が風に煽られ、ふわっと舞っている。
やり取りは聞いていたのである程度は理解している。クローディア。それが彼女の元来の名前。しかし、その存在は魔女と認められ、異端審問の後に処刑された事になる。今の彼女は名のない死人。
フュテュール。
この国の言葉ではない。異国の言葉であり、それは未来を意味するらしい。それがマティが彼女に授けた名前だった。
「嫌かな、気にいらない?」
マティのフュテュールに対する精一杯の気遣いが伺える。今の彼女には、怪我の治療だけでなく心の整理と休息が必要だろう。精神的に安定してない今は極力、混乱をもたらすような事は避けたい。それでも、名前が無いのは何かと不便。
両手のひらを前に出して首と共に振っている。降り注ぐ陽の光りと暖かな優しさに包まれたフュテュールは精一杯の笑顔を向けていた。
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