異端審問②

 この審問官の男には、何がなんでも彼女を魔女に仕立て上げて、処刑しなければならない理由があった。


 他人には決して言えない間柄であるが、この審問官の男には愛人がいた。それ自体は珍しい話しではない。しかし相手が同性であるならば話は別。知られれば、この国では罪になる。背徳は重罪だ。その愛人に約束していた。今度の誕生日には欲しがっていた首飾りを買ってあげようと。


 それには金が必要だった。この審問官の男、以前は金に不自由していなかった。なぜならば頻繁に魔女裁判があったからだ。


 信じられない話であるが、彼ら審問官は裁判で魔女を有罪にして、処刑する度に国から報酬金が貰えるのである。だから彼らは必死になって魔女と言う疑惑をかけられた者を殺す。生活の為だ。証拠など必要ない。難癖付けて必ず処刑する。


 買ってあげよう。そう愛人に見栄を切るも金の工面に困っていた審問官の男。そこに、久しぶりに舞い込んできたのだ。異端審問会の呼び出し。


 告発された者は、娘を二人持つ未亡人の母親らしい。その一報が届いた瞬間、男は「よしっ」と小さく叫び、握り拳を軽く突き上げていた。込み上げてくる笑いを隠せないでいた。これ以上ない程に都合の良い獲物。ならば三人分の報酬が得られる。適当な罪をなすりつけて娘二人も魔女に仕立て上げればいい。


 そのような経緯を経てこの法廷に立つ審問官の男。何がなんでも彼女を処刑しなければならない理由はそれ。自分自身の見栄を守る為にも、死んでもらわないとならない。



「刻印を探せィ。必ず体のどこかにあるはずだ」


 審問官の言葉を聞いた瞬間、彼女は真っ青になり座り込む。もう終わりだ。こうなったらもう助からない。その瞬間、傍聴席から軽く舌打ちする音が響いた。しかし小さなどよめきに包まれて、その音は誰の耳にも届いていなかった。あまりにも理不尽極まりない審問。見守る傍聴者の中の一人が、悔しそうにその成り行きを見守っていた。


 これ以上ない程の屈辱。そして、あまりの恥辱の為に彼女は口を開きそうになる。私は魔女です、認めます。そのように言ってしまえば後は死刑にされるだけ。楽になれる。それでも彼女は認めない。理不尽に処刑された母親や姉の無念も背負って認めない。


 傍聴席で見つめる人々。その視線が多方面から突き刺さる。猥雑な笑みを浮かべる若い男もいる。悔しい。公衆の面前で裸にされる。近づいて来た二人の執行官に衣服を剥ぎ取られていた。


 魔女の刻印。悪魔と契約を交わした魔法使いは、体のどこかにその契約の証となる刻印を持つ。この時代にはそのように信じられていた。しかしその刻印。それはあまりにも理不尽で都合勝手。ホクロやアザ、果てには、幼い頃に負った傷痕までもがその対象になる。


 それらのものが何もない程の、綺麗な肌を持つ人間などこの世にはいない。もしも、いたとしたら頭髪を剃られる。見えないので意外ではあるが、頭と言う箇所はホクロやアザの多い場所。


 しかしそこまでは必要なかった。四つん這いになるように命じられ体の隅々まで検査された彼女からは八つのそれらしきものが確認される。それなのに執行官は、その数を六と審問官の男に報告する。六と言う数字は何かにつけて縁起の悪い数字。これにより確定する。有罪――



「全ての証拠は出揃った。これでもおまえが認めないと言うならば後は強制的に口を割らせるしかない。もう一つの刻印を探す事になる」


 脅しとも取れる審問官の言葉。もう一つの刻印と聞いた彼女の意識は既に遠退いている。自力では立ち上がる事すら出来ない。


 矛盾のありすぎる裁判。審問の場に立てば彼女でなくとも疑惑のかけられた者は泣く。殺される事がわかっているから……


 しかし審問官はその顔を見ない。背を向けて話す。その顔を見てしまったら、ラ・ファなのか本物の涙なのかを傍聴者に証明しないとならない、ややこしい事になる。魔女と瞳を合わせると心を操られる。そのように言っているのに彼女の服を脱がせる二人の執行官は目隠しをしているわけではない。なのにその報告は鵜呑みにするのだ。

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