第25話 わがまま1

 クラクションがけたたましく住宅街に反響した。ぶんたが車の影と重なる。鈍くへこむ音が鳴り響いた。ぶんたの体は宙を舞った。あの重たいからだが嘘みたいに簡単に吹き飛ばされて、一瞬で視界から消える。


 それは本当に一瞬のことだった。


 視線を合わせたと思っていたぶんたが、次の瞬間、視線の先から消えてしまった。

それが車に引かれた事だと把握するにはあまりに短い一瞬のことだった。

 いまの音は何だったんだろう。いまの影は何だったのだろう。

 答え合わせを拒むように、顔がこわばる。首が固まる。恐る恐る目を進めた先、ぶんたの姿を見た私は、ようやく私を取り戻した。

「ぶんた!!」

 どんな声よりも力強く、凄惨な声が頭の中に響く。電柱の脇で、ぶんたがぐったりと横たわっていた。細かく痛みに揺れている姿を理解した時、私の体は反射的に動き出していた。風を切ってぐんぐんと近づく。滑り込むようにぶんたに駆け寄った。

 ぶんたは呻いていた。鳴き声とは程遠い。まるで空気の漏れる風船のように、風の抜ける音しか聞こえない。体は激しく打ち付けられていて、白い毛並みの一部が赤く染まり始めていた。

 慌てて抱きかかえようとすると、ぶんたが激しく鳴き声を上げる。激しい喚き声が私の体をびくつかせ、躊躇させた。

 頭が考えることを辞めていた。目の前に苦しむぶんたをどうすればいいのか、答えが出てこない。

 痛みから逃れるように、ぶんたの体がピクリと細かく動き続ける。

 ぶんた。嘘だよね。こんな事。せっかくまた会えたのに、こんなことって。

 責める言葉、疑う言葉、認めない言葉。ぐるぐると頭の中を無駄な言葉がいくつも流れていく。


 ぶんた。ぶんた。


 掌から零れ落ちていく冷静さが、ぶんたの名前を呼ぶ声に変っていく。


 私があの時、声をかけなければぶんたは車にも気付いて、すっと渡っていたのに。

 私があの時、大きな声を出さなければ、ぶんたも驚かずに済んだのに。

 私がぶんたをこんな目に合わせた。


 ぶんたに謝らないといけないのに。

 ぶんたと話さないといけないのに。

 そんな私がぶんたをこんな目に合わせてしまった。

 あふれる涙で視界がぼやけていた。

 

 ごめん。ごめんね。

 ぽたぽたとあふれる後悔が、私の頬を、ぶんたの頬を濡らしていく。

 それでも止まらない涙が嗚咽に変わったとき、静かにぶんたが話した。


「明美。泣くな」

 息も絶え絶えで、空気の漏れる音がする、かすれた声だった。

「お前は笑っている方が似合っている」

 必死に伝えようと体を起こそうとする、ぶんた。

 震えながらも顔を上げて、力強く私を見た。

「だから笑っていてくれ」

 そういうと、ぶんたは力なく顔を落とした。


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