第24話 家出3

 事のいきさつをお婆さんは何も言わずただしっかりと聞いてくれた。弘人にプロポーズされた事、舞い上がってぶんたに報告したこと、この街を出ていくと言ったらぶんたが怒りだしたこと。

 全て包み隠さず。今言える私の言葉で、しっかりと話した。終始、自分の体が震えて、口元もおぼつかない。不格好な話だった。それでも、お婆さんはただ黙って相槌をしてくれた。

 全てを話し終わると、お婆さんは一度も開かなかった口を開けて、ゆっくりと言ってくれた。

「ぶんたちゃんはきっと、お姉さんの幸せな姿にヤキモチを焼いてしまったのね。自分の好きなお姉さんがどこか遠くの所へ行ってしまうようなそんな気持ちになったんじゃないかしら」

「私はぶんたを置いていくなんて少しも考えていません。ずっと一緒に居たいんです。彼と一緒に暮らし始めてもずっと変わらずただただそばにいるし、いてほしいんです」

「なら、ちゃんと話し合わないと」

 意固地になっている私の言葉に、お婆さんのぴしゃりと叱りつけるような一言が刺さる。

「ちゃんと話し合わないと。ぶんたちゃんにその思いが伝わるように、ちゃんと。お姉さんがきちんと話さなきゃ、ぶんたちゃんはいつまでもヤキモチを焼いたまま、この先をずっと暮らしていくことになるのよ」


 しっかりと、ゆっくりと。諭すように。

 お婆さんの目はまっすぐと私を見ていた。


 話し合う。そうか。話し合うか。思えばそんな当たり前の事すらしないで、私はぶんたを連れ戻そうと躍起になっていた。怖さとか、恐れとか。この街に残りたい、明美なんていらない。そうぶんたに言われる気がして。そんな一言を聞きたくなくて、私は必死に連れ戻そうとしていた。

 でも、そうだよね。そんなことをしても、ぶんたが納得しない。そこにぶんたの幸せはない。本当にみんなで幸せになりたいんだったら、みんなが幸せと思える場所を見つけないといけない。私もぶんたも弘人も。3人で幸せになれる場所を見つけないと。見つけるためにはちゃんと話し合わないと。

 そんな簡単なことすら、私は焦りで忘れていた。

 暗闇に一つ光が差し込んだ感じがしていく。震えていた体も、あたたかな光に包まれて落ち着きを取り戻していた。

「まずは仲直りしましょう。お姉さんはぶんたちゃんに何も相談せずに決めたことを、ぶんたちゃんはお姉さんをひっかいたことを。それさえしてしまえば、きっと満足いく答えを見つけられるわよ。だって」

 お婆さんがニコリと笑う。

「こんなにぶんたちゃんを思っているお姉さんの気持ち。ぶんたちゃんに届かないはずないわ」

 背中を押してくれる優しい笑顔だった。


 あ、と短い声をお婆さんが出す。遠くを眺めて何かに気付いていた。

「ほら。噂をすれば、ぶんたちゃんのお出ましよ」

 公園の入り口の向こう側。道路を渡っている、ぶんたの姿が見えた。

 ゆっくりとこちらに歩いてきているが、その足取りは重い。項垂れて、垂れ下がったしっぽ。人間のように落ち込んでいることが見て取れた。

 今なら話を聞いてもらえるかもしれない。

「ぶんた」

 叫んだ。一刻も早くぶんたと話したくて、一刻も早くぶんたの気持ちを聞きたくて。

 ピクリと立ち止まるぶんた。さっと顔を上げたぶんたと視線が合う。ぶんた、話そう。話して、みんなが幸せになれる方法を探そう。

 優しく問いかけるように微笑んだ次の瞬間、大きな音が公園の静寂を切り裂いた。

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