第14話 デート2

 車一台が通れる位の路地をぶんたと一緒に歩いていた。ブロック塀に囲まれた道は少し窮屈に感じるけども、真っすぐ一直線に連なる道が奥行を感じさせて窮屈さを少し和らげていた。空はすっかり青い。まだまだ寒いというのに、真夏の澄み切った空のようだった。まるで吸い込まれるようなそんな感覚に陥る。頭がふわふわするのはきっと寝すぎただけじゃないだろう。

 目の前にはぶんたのおしりがある。道の端を控えめにぶんたが歩いて、私がその後ろをついていく。ゆらゆらと揺れるおしりがまた可愛い。時折、ちらちらとこちらを見てきたりもする所もエスコートしてくれているような気分になるのでたまらない。


 それにしても、懐かしい。いつぶりだろう、この道を通るのは。たぶん小学生の頃かな。子供の頃に何度かお父さんが連れて行ってくれたっけ。なんで川になんか行ったんだろう。いまいちよく覚えていない。でも、昔はもっと窮屈に感じていた気がする。道はもっと狭かった気がするし、空はもっと遠かった気がする。ザラザラとしたブロック塀の感触は手に残っているし地面だって近かった。楽しかったという記憶ではないけど、手をつないでいてくれたお父さんがやけに笑顔だったのだけはいまだに覚えている。

 あの頃から不摂生で外出なんてめったにしないお父さんだったけど、何故か喜々として私の手を握っていたっけ。


「明美、こっちだ」

 物思いにふけっていると、ぶんたが立ち止まる。

 ここだけ他の家と違って生垣になっていた。ちょっとしたいい門構えのお家なので、お金持ちの家なのかもしれない。ぶんたの目の前にはぶんたがギリギリ抜けられる位の大きさの隙間がある。まさか、ここを通れということなのだろうか。

「そこは私は通れないよ」

「いいじゃないか、たまには頑張ってみろよ」

「さすがに無理だよ」

 そもそも他人の家を突っ切っていくことも問題だ。たちまち警察のお世話になってしまう。

「勿体ないな。この家は静かなおばさんしかいないから昼寝にも最適だし、上手くするとここでも飯もらえるぞ」

 目をキラキラとさせながらメリットを力説してくるぶんた。さも私が間違っているかのように言ってくるけど、それはぶんただから許されることなはずだ。あと、ここでもご飯もらっているのね。本当に太るわけだ。あきれてため息が出てしまう。

「普通の道で行こうよ。せっかくのデートなんだし、私も一緒に通れる所でお願い」

 しょうがないなとまたぶんたが歩き出す。

 飯もらいに行くんだから早い方がいいのにな。ぶつくさ文句が聞こえてくるけど、まぁ無視だ。


 右へ曲がったり、左へ曲がったり。ぶんたはのらりくらりと歩いていく。事あるごとに他人の家に入り込んでショートカットしようとすることを静止しつつ、しばらく歩いていると住宅街を抜けた。

 申し訳程度の田畑のすぐそばに家の高さを超える大きさの堤防が築かれている。堤防を覆う芝生は枯れていて茶色い壁のようにも見えた。さっと抜けた風に運ばれて枯草の乾いた匂いが鼻をくすぐる。乾燥していて少しイガイガするけども嫌な感じではない。むしろすがすがしさを感じさせる。午後の日差しも浴びてうっとりした。

「よう、チビじゃないか」

 ぶんたが突然、柄にもなく声を上げる。しっぽをゆらゆらと揺らし、小走りで駆け寄っていった。見れば道のわきから真っ白な子猫がヨタヨタと出てきていた。生ませて半年くらいだろうか。まだまだ小さくて、両手で抱えられそうな大きさだ。ぶんたと並ぶと余計に小ささが際立って、子猫10匹分くらいいないとぶんたには勝てそうにない。

 鼻を合わせたり、おしりの匂いを嗅いだり、よく分からない猫同士の挨拶をする。毛並みもつやつやしているし、毛も真っ白だ。たぶん、どこかの飼い猫なのだろう。チビと呼ばれた白い子猫は、にゃーだとか、にゃーだとか。とにかくにゃーと鳴いた。か細い控えめな声だ。


 ぶんたは、随分と楽しそうにしっぽを揺らしていた。そうか、そうか。大変そうだな。少し大きくなったかだとか、兄ちゃんたちと仲良くしているかだとか、時折笑いさえする。目を細めて、チビの話をうんうんと頷きながら聞く姿はまるでおじいちゃんのようだ。

 ぶんたがこんな表情をするのは珍しい。飯くれだとか面倒くさいだとか、欲求に忠実なぶんたからは想像がつかないくらい感情が豊かだ。いつもの気だるさを感じさせるような話し方じゃない生き生きとしたぶんたがそこにはいた。


 ふとチビがこちらを凝視していたことに気付く。きっと何だこの人間はとか思ってるのだろう。とりあえず挨拶くらいはしておこうかな。

「こんにちは」

 指をちょっと伸ばして、鼻先まで持っていくとチビは匂いを嗅いでくれた。そしてまたか細い声でにゃーと鳴く。

「うーん。この子も話せないか」

 また一つ空振り。猫と話せるというのはある意味夢のような能力だ。例えご飯しか催促されないとしても、それでご飯をあげて満たされた表情を見れるなら私は満足だ。だからぶんた以外ともしゃべりたい。でも、実際色んな猫に会ってみても、ぶんたのように喋れる子には会えない。猫は猫で、にゃーはにゃーだ。

「猫なんだから当たり前だろう」

 ぶんたから白い目で見られる。まさか猫に当たり前を説かれる日が来るとは。


 チビがぶんたに向かって鳴く。

「ん、あ、こいつか。こいつは俺のケチな飼い主だ」

「ぶんた、そこはもう少し聞こえがいいように紹介してよ」

「そう思うならご飯の量を増やしてくれ」

「チビちゃん、別に私はケチじゃないからね。お家に来たらご飯あげるから、ぜひ今度おいで」

 あ、ずるい。そういうぶんたの声は無視だ。

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