第12話 お風呂2
ストーブの前で体をなめ回すぶんた。勢いよく上下に首をふりながらお腹周りを舐めている。あぁめんどくさい。そうぶつくさと文句を言いながら、身だしなみを整えている。
上下にあまりにも激しく首を振るものだから、首をつらないのかなと少し心配になる。前にそんなことを思ってドライヤーを当てようとしたことがあったっけ。その時は全力で逃げ回られた経緯があるので、それ以来ぶんたの前でドライヤーを出すのは私の中での禁忌になっている。だから今はこうして首の後ろとかぶんたが舐めまわせない部分を拭いている。
ストーブの温風に当たっていることもあり、少しずつ体が乾いてきた。ふわふわが手の中にちょっとずつ出来ていく。手を触れれば柔らかさを取り戻した毛がさらりとしていて気持ちが良い。この感触はやっぱり人間じゃ出せないよなぁと、どこか羨ましいようなそんな感覚になっていた。
「明美、なんで、笑って、いるんだ」
お腹を舐めながらぶんたが聞いてくる。知らない間にほころんでいたらしい。
「ぶんた、綺麗になったなって思って」
「俺は元から綺麗だぞ」
失礼な。ちょっと腹を立ててそっぽ向くぶんた。どこでそういう仕草を覚えたんだろうか。
「それを言ったら明美だっていつもいろんな臭いがするから汚いぞ」
「汚くないよ、いつもお風呂に入ってるし」
ドキリとして思わず言い返してしまう。そんなに臭い時なんてなかったはずだ。
でもぶんたは、いいや、違う。分かってない。そういって続ける。
「明美はいつも色んな匂いをさせている。風呂に入ったかと思うとほろ苦いような匂いだし、化粧をすれば甘ったるい匂いになる。特に直後はだいぶ匂いがきついぞ」
それは酷いものだとやたらめったら文句をいう。明美、お前は俺の事を何だと思っている。飯は少ないし、猫缶だってめったにくれない。なんだか趣旨の違うことまで怒り始めて収拾がつかなくなっている。
匂いか。シャンプーや化粧品の香料の話の事を言っているのだろうか。グレープフルーツだったりシアバターの匂いだったり。好きだから使っているし、つけすぎなければ匂いはきつくないもののつもりでいた。
けれど、ぶんたは匂いをきついと感じている。猫は鼻が鋭いとは良く聞くけど、想像もしなかったな。ちょっと申し訳ないことをしていた感じになる。猫に配慮したシャンプーとか化粧品とか。そんなのあればそっちにしようかな。見たことないけど。
「明美は何もしない方がいいぞ。休みの日の午後とかの匂いが一番いい。落ち着いた明美の匂いがする」
何もしない方が良い。その一言で、もやっとしていた心が晴れる。
全く、ぶんたは。怒ったかと思うと嬉しい事を言ってくれる。これだからぶんたと一緒に過ごすのはやめられない。
「ありがとうね」
小さな頭を優しくなでた。
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