第2話 いつもの帰り道とおやつ

 基が部活を終えたので、二人はいつものように家路についた。

 「おまえさ、いつまで俺の部活が終わるのを待ってるつもりだよ。そんなだから持田先生に追いかけ回されてるんじゃないのか」

 「え~?別に待ってるつもりはないけど……。宿題をやりに図書室に行こうとすると、職員室が近いし、体育館に行く途中だからもっちりん遭遇率高いと思って教室の方がいいかな、って。宿題も出来ちゃうから教科書も置きっぱ出来るしぃ」

 「おまえの考えそうなことだけどな。葵も何か部活に入ればいいのに」

 学校と家は小学校に比べて多少距離が遠くなったが、徒歩で二十分もかからない。近いと言えば近い。二人は殆ど毎日登下校を共にしている。

 小学校の頃からずっと続けていたので、それが当たり前になったいた。

 中学生になり、基が部活動を始めて二ヶ月あまりになる。その間、葵は何かにつけて用事を見つけ、帰宅時間を延ばし基を待って一緒に帰っていた。

 但し、本人には待っているという自覚がなかった。

 「うーん……部活ねえ……運動部は絶対嫌だし、文化部もなあ……これといってやりたいもの、ないしなあ……早く帰っておやつ食べながらテレビ見たいかなあ」

 「小学生かよ、それか、年寄り……いや、年寄りの方が活動的だと思う」

 「だって、ついこの間まで小学生だったんだよ、僕ら!そんな急には変われないよ?先輩とかって口にするのもなんか恥ずかしいし」

 スクールゾーンを越えて、国道から県道に入り、住宅地と商店がぽつらぽつらと見えて来た。その奥へ進めば彼らの家に近付く。奥まった高台の突き当たりの三軒が祖父母と彼らの家である。

 「なんで恥ずかしいんだよ。先輩は先輩だろうが」

 「え~?僕はなんかちょっとねえ」

 「変なヤツ」

 「基と違って、僕はデリケートなの!」

 「ハッ、女じゃあるまいし」

 葵はドキッとした。ドキッとしたことに気付かれまいと、横目で従兄弟の顔を盗み見る。

 (……バレてない、よね……?)

 「違うもん!感受性が豊かだって言われたもん!通知表にだって書かれてたんだからね!」

 言いながら、葵は心臓を押さえたい衝動に駆られた。その気持ちも見透かされてしまうのでは、と不安になると、余計に心臓の音が気になった。

 「感受性ねぇ……」

 まじまじと葵を眺めて、基は阿呆らしいと思いつつ、それが従兄弟の個性なのだろう、母親に似ているのだろうと理解をしている。自分たちの母親にそっくりなのだ。何かにつけて小うるさいところまで似ている。

 基は同い年の従兄弟をそんな風に捉えていた。あながち間違いではない。

 当たらずとも遠からじ。二人はそれぞれの秘密を抱えていた。

 彼らはお互いに秘密にしていることがある。絶対に相手には知られたくない。生まれたときから至近距離で生きて来た二人が、初めて胸の内に秘めた花の刺のような秘密であった。

 (なんだよ。ついこの間12歳になったばかりのクセに。僕の方が早くお兄さんになるのに!どうして基の方が大人っぽい口をきくんだよ!生意気な)

 基の誕生日は二月十四日の、バレンタインデーである。葵は四月生まれなので、既に十三歳になっている。それなのに、基の方がいつも偉そうなのだ。

 (バレンタインデーか……)

 葵には、苦い思い出のバレンタインデーがある。それは小学五年生の時だった。あの日から今日まで、悩みに悩み続けている。こんなに悩んでいる小学生は世界中を探しても、自分以外に存在しないのでは?と思ったくらい、悩んだ。ギネスブックに登録するにはどうやって証明すればいいのだろう?と、真剣に考えたりもした。

 一方、基は基で、一番近くにいる葵には絶対に知られたくない秘密を抱えて、家族には勿論のこと、親しい友人にも話せずに、中学生ながら神経を尖らせて日々を過ごしていた。

 (全く能天気な顔しやがって)

 基は葵が自分と同じように悩んでいることも知らずに、軽くイラついて八つ当たりなどをしていた。

 お互いが急に静かになっても、同時にそれぞれの頭の中では考えがぐるぐると巡っている為、不思議と少々いつもと違っていても気付かない。近すぎて、遠い存在になっていることなど、彼らには分からなかった。

 黙りこくったまま、家の前までやって来た。

 「あ、基、今日ウチに来る?」

 基の兄のはじめは、家庭教師をつけている。基はその日は必ず葵の家へ避難がてら遊びに来るのだ。避難とは、基も勉強を強いられると考えてのことだろう。葵の兄、茂生しげおも塾通いをしている。兄たちは高校受験を控えて、本腰を入れ始めたそうだ。

 「おう、行くよ。朝に仕込んでおいたヤツ、持って行くから少し遅くなるけど」

 「ホント?じゃあ今日はおやつは二重に食べられるね!」

 基は苦虫をかみつぶしたような顔をした。コイツは本当に、救いようのない能天気なヤツだと。



 「あら。基、今日は遅かったのね。晩御飯こっちで食べてく?それならことちゃんにメールしておくけど」

 基の母、琴子ことこは葵の母、松乃まつのの妹だ。メールなどしなくても、窓から大声で叫べばもしかしたら聞こえるのでは?と、前々から思っているが、口には出さない。葵の母親だ。実際行動に移して近所迷惑になることが軽く想像出来る。

 (琴ちゃーん!聞こえる~?ねえ~!とか言いそうだよな)

 「有難う。今日は夕方部活で軽く食べたから、家で食べる。あ、これ食べてみて」

 基は小柄な保冷バッグに入れて来たホイルで覆われた小さなカップを見せた。保冷バッグなどは必要性がないと思われるが、形だけ。

 「え、何、これ?基が作ったの?」

 ミニカップの中には、小さくカットされたバナナらしきもの、プチトマトをカットしたと思われるものが二種類入っている。何かに混ぜてある。

 「あー、おやつだ!かえで、おやつが来たよ!」

 葵が玄関まで出て来た。続いて妹も兄の後ろを追って来た。

 「基お兄ちゃんだ~。おやつ?」

 「食後のデザートだよ。楓ちゃん」

 「ねえ、これ、アイス?あ、基、ほら、上がって。今ねえ、夕食の支度してるから、味見してくれる?」

 松乃は間違いなく葵の母親だ。人に質問をしているくせに、口を挟ませない。

 「お邪魔しまーす」

 「ねえ、これってアイス?」

 葵が保冷バッグから取り出して、キッチンのテーブルの上に小さなカップを並べながら、「冷凍庫にしまった方がいいのかな?今食べちゃダメだよねえ?」などといつもの独り言をブツブツ呟いている。

 「アイス~?ええ?だって、この赤いのはトマトじゃないの~?」

 葵にぴったりとくっついて、楓がカップを覗きこむ。

 「そうだよ。赤いのがプチトマトで、こっちはバナナ。で、チーズ風味のバニラアイスと混ぜてあるんだよ」

 基がおかずの味見を終えて、楓の傍へ立つと、目線を合わせるようにしゃがんで、楓の口へプチトマトの欠片をひょいと運んだ。

 楓は素直にほおばると、顔負けの口ぶりとばかりに感想を述べる。

「あれぇ?甘いけどしょっぱいよう?あっ、クリームチーズみたい!おいしい~!基お兄ちゃん、おいしいよう!アイスじゃないの?」

 「えっ、楓、美味しい?」

 葵がすぐさま食いつく。

 「うん、お兄ちゃんも食べてみようよ。お母さんにはナイショにしてあげるから」

 ナイショも何も、至近距離でこちらを伺っている。

 葵はどれどれ?と、ミニカップから一欠片つまむと、自分も味見と称してほおばった。

 「ん?あ、ホントだ!アイスなのにしょっぱい!あ、トマトが甘い~!あれ、この味って……?」

 「この前、葵んちで季節限定のチーズ風味のバニラアイスをおやつに出してくれたろ、アレだ」

 「えっ、あのアイス?えっ?別物じゃん!」

 基はその他のカップを冷凍庫へと運びながら、松乃へとひとつ選んで手渡した。残りは、勝手知ったるなんとやらで、冷凍庫に並べて収めた。

 「あら、私も頂いちゃっていいの?」

 「少量ずつだけど、人数分以上あるから大丈夫。味見して」

 「あらあ、嬉しいわ!有難う。頂きま~す!」

 血は争えない。松乃息子が同じ反応を示した。 

 「ねえ……、あのさ?」

 「うんうん、そうよねぇ……」

 松乃と葵が主語述語抜きで会話をしている。

 「基お兄ちゃん、楓ね、あっちのやつも食べてみたい」

 素直すぎる末っ子が代弁者となった。

 「いいよ。一つ出すよ」

 「あら、悪いわね基」

 「いっただっきまーす!」

 三人同時に同じ顔をして同じリアクションを見せる。基は思わずポーカーフェイスと言われる仏頂面を崩してしまう。

 (親子だな……)

 「あら、バナナが凄い甘いわね」

 「アイスがしょっぱいよ?」

 「チーズ風味だからかな?これはバナナと合うよね!基、凄いねぇ」 

 「お父さんと茂お兄ちゃんの分もあるの?」 

 楓が先に食べてしまったので、心配をしていた。

 「大丈夫だよ、楓ちゃん。もう一つずつ、みんなの分があるから」

 この三名は味見をしたいだろうと、予め多めに持参していたのである。  

 「よかったぁ。楓もまた食べられるの?」

 「そうだって。良かったね、楓」  

 「うん。じゃあ、お父さんと茂お兄ちゃんが帰って来たら、一緒に食べられるねぇ」  

 「お父さんが早く帰って来なかったら、先に食べちゃいましょうね」

 「うん!お腹空いちゃうもんね」

 「あ、基、帰る時に声かけてちょうだいね。カツカレーのカツがまだあるの。持っていって欲しいの」

 「カツカレー?」

 「食べてく?」

 「カツは揚げたの?」

 「えっ?違うわよ、買ったやつよ?私が揚げる訳ないじゃない。そんな面倒くさい」

 「あ、そんな意味じゃなくって……ウチの親も出来合いを買って来るから……教えて貰おうと思ったんだ」

 「カツカレーを作るの?」

 「違う。カツサンドが作りたくて。自分でやってみたいんだ」

 「カツサンドを?そんなの、出来合いのヒレカツを買って来て、味付けすればいいんじゃないの?」

 基と松乃の料理話に花が咲いてしまったので、葵と楓はリビングへと移動した。楓の好きなテレビ番組が始まる時間になっていた。

 (これは今日は僕とは話にならないかもね。お母さんと話が弾んじゃってるし……。カツサンドかぁ……基が作ったら、凝りそうだなあ)

 実はカツサンドは、基が好きな子の大好物であった。

 最近になってその情報が入って来た為、基は自分で作ってみたいと考える様になったのであった。


 葵はそんなこともつゆ知らず、基の料理のレパートリーが増えたならば、また作って来てくれるよね、とますます期待に膨らむ食べ盛りの13歳だった。

 



 

 

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