第5話 夜会の前に
彼女は悩んでいた。
今夜の夜会で着て行く服はどれにしようかと。
悩むほどの数ではないフォーマルな服だが、いざ行くとなると悩んでしまう。
そんな時、ふと皺のある細長い指に目が届く。
静かに目を瞑ると、過ぎ去りし日々が思い出されてくる。
その国の小さな村で一軒しかなかった診療所で村人達のために一生懸命に働いていた夫。
素直で優しい心を持った長女、同じように優しい心を持ってはいるがやんちゃで暴れ者の次女。
そして、ある日、突然現れて、一緒に住むことになった孤児の男の子。
彼女は、また目を開いて自分の手を見る。
今は小さくなってしまった手、あの時、夫が亡くなってからがむしゃらに働いた小さな手、それでも娘達や息子と仲良く暮らせた日々、全ては喜びに満ちた日々であったと思い返される。
今は未だ続いている戦争さえなければと。
でも、もうすぐ終わるんだわ、そう思うと彼女は頭を振り、一着のワンピースを選んだ。
そして、
「そうね、今夜は私のお話を聞いてもらいたいわ、過去の事ではなく、今を、今を生きている娘達と息子の話を聞いてほしいわ」
そう一人で言うとワンピースに着替えて、引き出しにしまっておいた三通の手紙を読み直し、数日前の夜にあった息子からの電話の内容を思い出し、厚いコートに身を包みながら夜会へと部屋を出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます