第5話 夜会の前に



 彼女は悩んでいた。


 今夜の夜会で着て行く服はどれにしようかと。


 悩むほどの数ではないフォーマルな服だが、いざ行くとなると悩んでしまう。


 そんな時、ふと皺のある細長い指に目が届く。


 静かに目を瞑ると、過ぎ去りし日々が思い出されてくる。


 その国の小さな村で一軒しかなかった診療所で村人達のために一生懸命に働いていた夫。


 素直で優しい心を持った長女、同じように優しい心を持ってはいるがやんちゃで暴れ者の次女。


 そして、ある日、突然現れて、一緒に住むことになった孤児の男の子。


 彼女は、また目を開いて自分の手を見る。


 今は小さくなってしまった手、あの時、夫が亡くなってからがむしゃらに働いた小さな手、それでも娘達や息子と仲良く暮らせた日々、全ては喜びに満ちた日々であったと思い返される。


 今は未だ続いている戦争さえなければと。


 でも、もうすぐ終わるんだわ、そう思うと彼女は頭を振り、一着のワンピースを選んだ。


 そして、


「そうね、今夜は私のお話を聞いてもらいたいわ、過去の事ではなく、今を、今を生きている娘達と息子の話を聞いてほしいわ」


 そう一人で言うとワンピースに着替えて、引き出しにしまっておいた三通の手紙を読み直し、数日前の夜にあった息子からの電話の内容を思い出し、厚いコートに身を包みながら夜会へと部屋を出ていった。

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