8. イーリの権力パワー

それからあっという間に25~29階層の探索は終了した。

27層28層29層も26層同様にレイが索敵し、イーリが殲滅するといった形で進んだ。

一度だけ『山熊リラード』の群れに囲まれた時はレイも戦いに参加したがそれ以降はレイが補助と索敵、罠解除以外をすることはなく、出会った魔物は全てイーリが倒した。


イーリの目的である26階層~29階層の探索が終了したことで、都市国家連合に向かうために上層へ向け階層を駆け上がった。

そして現在10階層。

2人からすれば出てくる魔物のレベルも下がり、冒険者が多くいる地帯のため多少気を抜ける場所でもある。二人は前衛後衛の並びを解き、横に並んで歩きながら先ほどの探索を振り返っていた。


「レイの索敵魔法、補助魔法それに罠感知から解除まで普通の魔術師と比べて桁違いの練度だな。これなら前衛にさえ恵まれれば高難度迷宮も簡単に攻略できそうだな。

本当にこれほどの人材、どうしてこれまで有名じゃなかったのか不思議すぎる。」


イーリはレイをベタ褒めしつつ、レイの歪さを言及する。

その態度はレイを不審がっているというよりも不思議がっていた。


「そうか?楽だったのはイーリがほとんどの魔物を倒してくれたからだと思うんだけど。

逆に補助魔法の効果が切れても普通に戦ってたことに驚かされたぞ?

最初は全く気が付かなかった。」


レイとしても想像以上にイーリの実力が高く驚いていた。

それに初めて連携して戦闘をしたため嬉しくてテンションが上がっていた。


「そんな時間大してなかっただろ?

後半は切れそうなタイミングですぐ上書きしてくれるし。

どうしてそんな魔法の効果時間を把握しているのか怖いくらいだ。

補助魔法がかけられていない今の方が体重くて違和感感じてしまう。」


どうしてくれるんだというジトっとした様子で顔を覗き込まれる。


「悪い、悪い。これからは反動も気をつけるから。」

レイはクスリと笑いながら謝る。


まるで今後も一緒に冒険をするかのような含意のあるレイの謝罪を聞き、嬉しかったのかイーリのジト目は元に戻る。


「そうだぞーこれからは気をつかってくれよな。

これから・・・・。ふふ」


自分がパーティに加わろうとすることで笑顔になってくれることが嬉しかったため特に何も突っ込まなかった。


イーリとレイは最初は一悶着ありそうな状況になったもののそれからは互いにずっといい距離感で接することができていた。

レイは話していて気が合うと思っていたが、一緒に戦ったことでより波長が合うと思った。

それはイーリも同様だった。二人には短い時間とはいえ高難度迷宮を探索したことで強い連帯感のようなものが生まれ始めていた。



3層まで戻って来た。ここまでくるとCランクでも対処できる魔物が多くなり、難易度は30階層などと比べると格段に落ちる。そのためかなり話す余裕があった。

レイは出口まで残りわずかなところで思い切ってこの迷宮について聞いてみることにした。


「なぁイーリ、この迷宮50層はまだ誰もクリアしてないないんだよな?」


「一応記録としては50階層の攻略者は出てないな。」


「記録として?」


「ああ。高難度の迷宮をクリアするとメリットもあるがその分デメリットも大きいんだ。」


「デメリットなんてあるのか?」

聞いておきながら、レイは納得していた。

イクタノーラは実力があることで面倒ごとに巻き込まれた。

それならばきっと最高何度の迷宮攻略者など面倒ごとに押しつぶされてしまうだろう。

しかし同時に、名乗りを上げるだけの利点もあるように思えた。

そのレイの表情(と言っても黒狐の仮面をしておりわからないが)を感じたのか、イーリは詳しく説明をしてくれる。


「人数の多いパーティならそこまで問題になりにくいんだが、パーティの中に特に強い冒険者がいると各国から結構しつこく勧誘があったりするんだ。国に仕えないかって。

それと人種に限った問題になるけど、人種は他種族から見下されがちだから、仮に最高難度の迷宮を最初に人種が攻略者として名をあげたら面白く思わない種族連中もいる。

人種だけじゃなくても対立関係のある種族間ではそうした英雄が生まれると不審死することがよくあるらしいな。

目立つ分、的にされるんだろうが・・・。

まぁだから報告をしないでクリアしている人は意外といると思うぞ。

なにせ、出典不明の素材やアイテムがオークションなんかで結構出回るからな。」


「なんだか世知辛いな。」


「本当にな。個人、種族間だとこんな感じだが、国同士の国境を跨いで存在する迷宮はもっと面倒だぞ。ここ、ミャスト迷宮が実際にそうだが、都市国家連合とクラーヴ王国の国境線をこえて展開されているからな。獲得権益とかでかなり揉めたらしい。

いっそのこと人種と他種族なら人種のマージンが少なくなることで、すぐ話は片付くんだが同種間だとより面倒になるな。」


「うわぁ・・・。本当に生きにくい世界なんだな。」

仮面の下で渋面を浮かべるレイに対してイーリは今更だろという反応。


「どうした?改まったりなんかして。

きっとレイはもう成人しているだろ?

それだけ長くこの世界で生きていたらわかっていることだろ?」


きっとなんの気になしに言った言葉だろうが俺からしてみればギクっとなってしまう。

「あまり他者と関わってこなかったからな。改めて聞くとな。」


「だからレイの名前を聞いたことなかったのかな?

まぁどの種族も必死なんだよ。生きていくために。」


ここまで無知なレイに対し、なんの疑問も抱いていないイーリのレイに対する信頼度が異様に高いことが気掛かりだが、今はそこを突いたところでどうしようもないといっそのこと割り切って質問することにした。


「なぁ、国家間での迷宮管理が面倒ってことは。

まさか迷宮の出入りって何か身分証みたいなものは必要か?」


「もちろん、何当たり前のことを言っているんだ?

入るときも冒険者カード見せただろ?

有能な冒険者が他国に流れるのを嫌うクラーヴ国とかだとその辺のチェックは厳重だぞ。」


「俺は大丈夫なのか?一応クラーヴ王国の迷宮門から入っているんだけど。」

冒険者カードのない不安とそもそも自分がどこの迷宮門から入ったのかが分からないレイの声が尻すぼみに小さくなっていく。


「大丈夫。都市国家連合の迷宮門では私の仲間としてごり押すから。

クラーヴ王国の方も調査するけど、迷宮内で仲間が見つかればレイもそう判断されるだろうから問題はないと思う・・・。」

レイに釣られてかイーリの声も小さくなる。


「・・・・そうか。

それなら都市国家連合着いたら冒険者カード作るか。」


「それは新規でか?再発行か?

確かに身分証としてあればかなり便利だ。

でも再発行はあまりお勧めしない。全ギルドで情報管理されていてどこにいるかすぐわかるんだ。そこからクラーヴ王国に見つかるって、最悪無理矢理連れ戻されることだってあるぞ。作り直すのもランクが最初からになってしまうから迷うと思うけど、レイならすぐ元のランクに戻れるとは思う。

もし作り直すなら冒険者捨てておいたほうがいいぞ。後々見つかると面倒だし、迷宮内で発見されたら死亡扱いされるからな。」


「そっか・・・。色々ありがと。考えてみるよ。」


そんなことを話していると都市国家連合の迷宮門が見えてきた。

1階層もボス層と同じで何も入り組んだ道などはない。

ただ恐ろしく広く、空間の終わりが見えない。

当然ラーヴ王国の迷宮門などは見えやしない。

そしてここは魔物が発生しないのか、出店なんかも開かれている。


聞いた話によると2階に降りる階段も複数存在し、階を降りるごとに空間は狭まっていくらしい。逆四角錐のようなイメージだろうか。こうした地形を利用し巨大な犯罪組織は迷宮内で密輸などを行なっているとかなんとかと聞いたが関わってもろくな目に合わなそうなため聞かなかったことにする。


門に近づくと門番らしき男が声をかけてくる。

「あれ、イーリさんじゃないですか。迷宮に潜っていたんですね。」


「今日の当番はベスなんだな。お疲れ様。」


「おお!名前覚えてくれてたんすね!ありがとうございます!

ところでそっちの黒狐の方はイーリさんのパーティメンバーですか?」

イーリに名前を覚えてもらっていたことが相当嬉しかったのか、片手に携えた槍の石突をドシドシと地面に突いて興奮していた。


「そうだぞ。これ私の冒険者カードな。確認してくれ。」


「了解しました。あの、そちらの方のは?」


「あー・・・階層ボスから撤退する時になくしちゃったんだ。だから今回はスルーさせて!」

案の定冒険者カードのことを聞かれた2人は互いにどうしようかと顔を見合わせる。

レイはどうしようもないため首を傾ける。

するとイーリは白狐の仮面の眼前で両の手を合わせてベスの善意に訴えかけ始める。


「それなら入門履歴確認するので、名前を教えてください。」


「それは、ほら。秘密。」

冒険者カードの方に気を取られすぎて、そんな入門の履歴などあることをすっかり失念していたらしいイーリは黙秘する。


「なんでですか?!」

その言葉に驚いたベスは思わず鋭いツッコミを入れる。


「実はな・・・・」

仕方ないと、イーリは首を横に振り、ベスに事情を説明した。


「え・・・でもそれバレたら先輩に怒られるんすけど、、、」


「お願い!これで頼む!」

そう言ってイーリはベスに近づいて何かを握らせる。

ベスはしばらく悩んだ末、渋々といった感じで了承してくれ門を通してくれた。


思えばレイは40階層で意識を覚醒させてから一度も陽の光を浴びていない。

そのため時間感覚も狂いまくっていて、どれくらい自分が迷宮の中にいたのか分からないけれど、色々あったなと感慨に耽っていた。ここを出れば太陽が我が身を照らし、活気あふれる別世界の街が見れる。

そう思いながら門を通った。

門を出るとそこには大きな街が広がって・・なかった。

しかしまぁ、太陽が出ていただけまだよしと思えた。


イーリに話を聞くとミャスト迷宮は都市国家連合とクラーヴ王国を跨いで存在する迷宮だが、都市国家連合の入口付近には街がないそうだ。だからこれから馬車で近くの大きな街に向かうという。

何も分からないレイはイーリが乗り込んだ馬車に黙って乗る。

馬車内は幾人か人がいて、各々好きなことをしている。

眠っている者、何かの書物に目を通している者、他者、知人と会話をする者、あたりを警戒している者などなど。


馬車の荷車内に腰掛け、落ち着いたところでレイは先ほどの門番とのやりとりが気になったのでイーリに尋ねてみる。

「さっきの門番はいいのか、あんな適当で?」


「大丈夫、大丈夫。門番もそこまでしっかりやらなきゃいけないわけじゃないし、いくらか渡せば問題ないはずだ。それに誰にでも同じ対応をするわけじゃないから。」

イーリは心配なと手をヒラヒラと振る。


「んーそういうもんなのか。でも他の人にバレたら面倒なんじゃないか?」


「そっちも大丈夫かな。私、この都市内なら結構有名で影響力あるし。

多少のことなら誤魔化せるよ。」


「結構なパワープレイ・・・」


「まぁな。いつも仕事中のテンションでいたら街の人たちとうまくコミュニケーション取れないからさ。迷宮から戻ってきた時はいつものテンション3割増くらいで頑張ってるんだ・・・・・・」


元気な様子から一変。尻すぼみに声が小さくなり、顔を俯かせてしまう。

権力を使って無理矢理事実を捻じ曲げる悪代官のようなイーリを想像していたレイだったが、イーリの話を聞いてその想像がすぐさま消える。

レイはイーリの日頃の努力がなんだか切なくて触れないことにした。


「それなら安心だな。イーリって結構小柄だから門番になめられないかが心配だったよ。」

そう俺が笑って答えるとイーリも笑って反応する。


「確かに拠点を変えると大体はじめは変なのに絡まれるな。

仕方ないっちゃ仕方ないけど、みんながレイみたいに普通に接してくれたらいいんだけどな。まぁとりあえず街に着いたらレイの冒険者カードだよな。冒険者カードは再発行?それとも新しく作り直すか?」


「再発行は面倒事が多そうだから作り直すことにするよ。」

レイが作り直すというと明らかに安堵するイーリ。

やはり再発行はパワープレイで押し切るイーリですら面倒事だと思うことがあったのだろう。


「それと何処かおすすめの宿があったら教えてくれないか?」


「私たちの拠点に来ればいいじゃないか?」


「そこまで頼りきりにはなれないよ。というかやけに優遇してくれるな。」


「そう言われると確かにな。なんでだろう。最初は気落ちして、そのまま本来の実力を発揮できずに死んでしまったらもったいないと思って声をかけただけなのに。思った以上にレイのこと気に入ったのかもしれないな。」


「それは・・・・えっと、嬉しい。ありがとう。」

レイは仮面の内で顔を真っ赤にしながらもどうにか礼をいう。

イーリも後から恥ずかしさが来たのか、早口で話題を逸らす。


「/////。

あ、そろそろ、着くぞ。

都市国家連合で二番目に栄えている都市、冒険者の街ウキトスだ!」

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