6. クロ × ト × シロ


上層に戻るのは時間がかかり面倒ではあったものの難しいことは何もなかった。

40階層にいたため1層にある出口までは時間はかかる。

40階層は大きな部屋が一つあるだけで、階段が入り口と出口に二つ存在した。

おそらく39階層と41階層に繋がるものだと思う。レイは階段を上がり39階層に足を踏み入れる。

39層は40層とは大きく異なっていた。

空間自体は40階層のように石で作られたものだったが、その石作りの空間が迷路のようになっていた。

レイは古代エジプトのピラミッド内部のようだと印象を抱いた。

道は思った以上に複雑で上に上がる階段を探すのに非常に時間を食った。

その後の階層も迷路のようになっており、辟易させられたが出現する魔物は階が上がるごとに弱くなっていった。

そのため多少集中が途切れて魔物に先制攻撃されたとしても『境界』が機能し無傷だった。

結局30階層以外は全て迷路の作りになっており帰還に非常に時間がかかってしまった。


迷路が面倒なこと以外にも、予想外だったことがある。

それは最難関のミャスト迷宮にソロで潜っていることがかなり目立ってしまうということだ。

上層に上がっていくにつれ、集団の冒険者と出会うことも増えてきた。

迷路みたいな構造上、角を曲がったらばったりという状況もあった。

相手は魔物だと思い剣や杖を構えるため、言葉を交わす機会もままあった。

言葉が通じたことに安堵したレイを他所に冒険者たちはレイに奇異な視線を向けていた。

パーティ10人規模のものも多く、少ないとこでも4人はいた。

そんな面々から視線を浴び、ソロの異常性に手遅れながら気づく。


そしてその問題は25層に到着したことではっきり明言された。

25層は30階層や40階層と同じで一つの大きな空間になっていた。

またボス戦のようなものがあるのかと身構えたが、多くの冒険者パーティが野営をしているのを目にしたことで警戒を解く。25階層にいる冒険者は他階層で見かけた冒険者たちと比べるとかなり気を緩めていた。

どうやらここは安全地帯のような場所らしい。

下層から上がってきたソロプレイヤーであるレイは多くの視線を集め、とても居心地悪く感じていた。

変な狐の仮面、もしくはソロの狐人が下層から上がってきた。

レイのことをそう捉えた他のパーティは興味津々な様子だった。

それに好奇の視線以上に同情や憐れみの視線も感じられる。

なぜかと疑問を抱いていると後ろから声をかけられた。


「お前も大変だったな。だが命あっての感情だ。あまり気を落とすな。」


突然話しかけられたこと、それに話の内容にも戸惑い首を傾げる。

相手はそんなレイの困惑を他所に話を続ける。


「仲間のことは残念だったが、命あるだけまだマシだ。

仲間のことを忘れろとは言わないが、引きずったままだと格下の魔物にもやられかねないからな。」


何を言っているのだろうと思った。

しかし仲間と聞いてレイの心はダイイングフィールドのNPC配下たちを求めた。

その一方で体は、溢れんばかりの殺意を漂わせていた。


わけが分からなかった。


自分の心と体の差に愕然としていると再び声をかけられる。


「気落ちしているように見えたから声をかけてしまった。

そこまでの敵意を剥き出しにできるなら大丈夫のようだな、要らぬ世話をして申し訳ない。

ただ今はその敵意を抑えてもらえると助かる。周りの奴らも気が休まらないだろうからな。」


そう言われた俺は冷静になりあたりを見渡す。

先ほどまでゆったりしていた空気は無くなっていた。

冒険者たちは殺意に警戒し武器を構えこちらを注視している。

それに殺意に押され体がすくんでしまった者がちらほら見られる。

声をかけてくれた相手も間近で殺意を受けたため驚いていそうだった。

ひとまず自分の体のことは置いておいて、声をかけてくれた冒険者に謝罪を行う。


「こちらこそ申し訳ない、気をかけてもらったのに。」


「いや、私も言い方が悪かった。ここを抜けたらもう上にも下にも最後まで安全地帯はないからな。どこからか分からないが一人になってから休まず、魔物と戦いながらここに来たのだろ。戦意が高まっている相手にかける言葉じゃなかった。」


相手と面と向かって対峙したことで相手の見た目に驚く。

見た目が変なのだ。見た目が。

彼?彼女?まず性別がどちらかが分からない。

身長はおそらく150cm台で他の冒険者と比べると小さめ。

髪は黒髪のミディアムヘア。

見た目は女性っぽいが、わからない。

なぜならその冒険者の顔が見ることが出来ないからだ。

冒険者の顔にはレイと同じで狐の仮面がつけられていた。

その仮面の効果なのか声がくぐもっており性別の判断がつけられない。


仮面をつけていること以上に、まさか正体バレを危惧しつけた狐の面が被るなんて思わなかった。

相手も先ほどから真摯に謝罪してくれているが、こちらの面が気になっているようで、チラチラと顔を上げて見てくる。レイは笑ってしまいそうになりながらも話しかける。


「わざわざ声をかけてくれて嬉しい、ありがとう。だから気にしないでくれ、、、、ええっと、白狐さん?」


そう俺が受け答えると相手は緊張がほぐれたのか右手で口を隠すような仕草をして笑う。


「フフ。ありがとう、黒狐くん。」


最もその口も狐の面で見えないのだが。


ひとまず空気が和んだとみて、一応名乗っておく。


「俺はレイ。苗字はない。よろしく。」


「私はイーリ・デースト・ルイアベン。

長い名前だが貴族ではない。イーリとでも呼んでくれ、レイ。よろしく。」


「よろしく、イーリ。

見たところ一人だけど、イーリは一人でこのSランク迷宮に潜っているのか?」


「Sランク迷宮・・・あぁ今は一人なんだ。」


この迷宮に何か思い入れでもあるのか、一瞬言葉に詰まるイーリ。


「今は?」


それよりも別の言葉に引っかかりを覚え、尋ねる。


「私は普段『ハーモニー』という冒険者パーティのリーダーをしているんだ。

パーティメンバーはそんなに多くないが、みんな自分勝手な奴らでなかなか纏まって迷宮攻略ができなくてな。今日も私一人でこの先の30階層のボス部屋までのルート確認しにきたんだ。」


「全任せされるなんて大変だな、リーダーって。」


普通ならパーティとしてリーダーに丸投げするのはどうなのだと思うものだがレイにはその辺の感覚が抜けていた。それは彼がずっと一人で活動してきたことに原因がある。


「私の仲間は自由で適当なのが多いからな。

レイはその、どの階層から戻って来たんだ?」


まだこちらに気を遣っているのか聞きにくそうなイーリ。

その様子になんだか逆に申し訳なくなってしまう。

そのせいかポロッと本当のことを言ってしまう。

下層にソロでいることが不自然だったと学んだにも関わらず。


「40階層だ。」


「40階層!?そこから一人で戻ってきたのか?!」


ここSランクのミャスト迷宮は50階層ある未攻略迷宮。

そんな迷宮の40階層から一人で大した怪我もなく戻ってくることは、レイが相当の実力者だということをその身で喧伝していることになる。

イーリも予想外の答えに驚いたのか少し声が大きくなってしまい、その結果周囲で聞き耳を立てていた冒険者たちもざわざわつき始める。


そんな周囲の様子に気がついたのかイーリは慌てて面の口に手を当て申し訳なさそうに謝る。


「すまない。驚いて大きな声が出てしまった。」


「別に気にしないよ。まぁあまり吹聴しては欲しくないけど。」


レイとしては特に困る問題ではないがこのことが知られて、ソロだからと他国から勧誘されるのは困る。

というのもイクタノーラが死んだ原因である臨時の即席パーティ。これはイクタノーラが望んでパーティに加わった訳ではなかった。パーティに加わったのには理由があった。

これも元を辿るとイクタノーラが死ぬ原因となったためか、強い怨念として頭に流れ込んできた。

詳細は分からないが、この世界には各種族から優秀なものを集め一時期だけパーティを組み行動する習慣?慣例?があるらしい。イクタノーラが参加する前の人種代表はクラーヴ王国貴族の『センシオ・ディーノ』という男になる予定だった。しかしクラーヴ王国国王『ヴァルゼル・ロード・クラーヴ』がセンシオという国の戦力を万が一にも失うわけにはいかないとごねた。その時たまたまクラーヴ王国内にある迷宮をソロ攻略しに、クラーヴ王国に滞在していたイクタノーラが国王命令を用いられ無理やり参加させられたのだ。

そのため復讐したいと思っている9人ほどではないにしろイクタノーラには思うところがあるようだった。

記憶からは個人よりも国を嫌っているように感じられた。

そのため実力者として各勢力に知られるのは利点がある以上に面倒事に巻き込まれてしまいそうで気が進まない。


「ああ、もちろんそんなことはしない。

ただ今までレイほどの実力者の名をまったく耳にしなかったから驚いてしまった。

もしかしてクラーヴ王国の迷宮門から来たのか?」


レイは困惑した。

イーリの推測が何を根拠にしたものかも分からないし、それ以上にクラーヴ王国の名前を聞き心臓の鼓動が跳ね上がる。イクタノーラがクラーヴ王国からミャスト迷宮に来たことは確かだが、レイが40階層で目が覚めるまでの詳しい記憶はない。もしかしたら勇者の仲間集めのように、殺したい9人と感謝している1人と出会うためにあちこち移動したのかもしれない。そうなればクラーヴ王国にいた記憶があったとしても、ミャスト迷宮がクラーヴ王国の周辺にある確証には分からない。


それに迷宮門という言葉も聞いたことがなかった。

ただイーリの話から推測するにクラーヴ王国からもここに来れる可能性がある。

またその言い方だと門はあちこちに点在しており迷宮内は色々な国から人が来ている可能性もあり、イーリはクラーヴ王国とは別の国から来たようにも聞こえた。


記憶が流れ込んで来るには何か条件があるようで、その辺りの情報を取捨選択が出来ないのが厄介だ。

その事柄に対し激しい感情を持ってないと記憶として流れ込んでこない。

本当に使い勝手が悪い。

そのせいで重要になるこの世界の地理情報や世界の常識について大した情報を得られてない。


結局どうしようもないレイは流れ込んできた記憶をもとにとりあえず適当に話を合わせることにした。


「ああ、そうなんだ。

最近はクラーヴ王国のBランク迷宮をメインの活動場所にしてたから。

今回は実力試しでここに来たんだ。」

やや声が上ずっていた気がするが、イーリはその点については気にせず俯きながら何かを考えている。


「そうだったのか・・・。

クラーヴ王国のBランク迷宮・・・メハノオット迷宮か。

確かにここなら似た系統の魔物が出現するし、腕試しにはもってこいか。」


「自分達の力量以上のとこまで行っちゃったらしいんだけどな。」

レイではなくイクタノーラ視点で言葉を返す。


「・・・・・。

レイはクラーヴ王国に戻るのか?」

そんなレイの言葉を自虐と捉えたのか、イーリは何も答えない。

その代わりに別の問いを投げかけてくる。


「少し悩んでいるな。

別にクラーヴ王国で生まれ育ったわけでもないし、クラーヴ王国でないとできないことはないから。」

イーリの話ぶりからして迷宮を出ることのできる扉?は複数あり、そのうちの一つがクラーヴ王国に繋がっていそうだ。そしてやはりイーリがクラーヴ王国から来ていないことを仄めかしていた以上、当然迷宮に繋がる国はいくつかあるはず。ただそれがどこに繋がっているのか、そしてその国の名前が分かったところでレイにはその国の良否の判断ができない。

そのため迷っている風で押し切る。


「そうか。なら私と一緒に都市国家連合に来ないか?」


有耶無耶にして、乗り切ろうと思ったら予想の斜め上の提案をされ、驚いてしまう。


確かにイーリは出会って間もない間柄だが、心の優しい人だと感じた。

レイの対人関係スキルの低さは折り紙つきだが、それでもイーリはいい人だと断言できる。

こちらが失礼な態度を取ってもたいして気にした様子もなく普通に接してくれる。

こちらに配慮し、何があったのかを深くは聞いてこない。

絶妙な距離を保っていてくれた。


それになぜか今出会ったばかりなのに初めて会った感じがしない。

もっと古い仲だったようにすら感じられるほど話がスムーズに進む。

レイが気落ちしているとみて、他の魔物に遅れをとらないようにと即座に檄を飛ばしてくれた。

見ず知らずの人間に対してできることだとは思えない。

だからこそ悩む。イーリは善良で、イクタノーラの記憶が正ければこのSランク迷宮にソロで潜れるほどの実力者。

近くにいれば、この世界のレベルを見極めやすい上にこの世界のことについて、聞けば特に気にすることなくイーリは教えてくれると思う。


しかし、イクタノーラの復讐をするつもりだ。

こんな心優しいイーリをレイと一緒にいることで万が一にも復讐に関わらせてしまったらと思うと答えられない。


「急な提案で悪い。でもレイも、その、、、まだ、、、切り替えられないと思うが、この仕事を続けるつもりなら、仲間はいた方がいいと思うんだ。私ならきっと多少は力になれると思う。無理にパーティに入れなんて言わない。ひとまず私たちのパーティを見てみないか?」


悩んで答えあぐねているレイに対し気遣わしげに告げるイーリ。

出会って間もない自分にそこまでしてくれることに嬉しく思い、話を聞いてしまう。


「イーリは都市国家連合で活動しているのか?」


「今はな。私たちは目的があって、仲間になってくれそうで実力のある冒険者を探しているんだ。その前はオセアニア評議国で活動していたな。特定の場所にずっといるんじゃなくて結構転々としている感じだな。」


「目的?」


「ああ。でも目的は仲間にしか話せない決まりで今、レイに教えることができない。

すまない。」

申し訳なさそうに、しかし毅然としたイーリ態度にその決まり事がかなり大切な事なのだとわかる。


「こちらこそ色々と踏み込んでしまって申し訳ない。

むしろ出会ってばかりの俺を誘ってくれて素直に嬉しく思う。

イーリの誘いに乗らせてもらってもいいか。」


そう俺が返事をするとイーリはとても嬉しそうな反応を見せる。


「そうか!

嬉しいぞ!ありがとう、レイ。」


自分にそこまでの価値があるのかと不安になる反面、その様子に嬉しくなる自分もいる。

必要とされたことに喜びを感じ、復讐という問題を先送りにするレイ。


「こちらこそ。

ただ一緒に都市国家連合に行っても、パーティに参加するかどうかは保留にしてくれないか?」


「もちろんだ。私たちの様子を見てから決めてくれればいい。

まぁ私の仲間はクセのあるやつが多いから気に入ってもらえるかは正直微妙だけどな・・・」

そう言って苦笑するイーリ。


話が一まとまりしたことで話は先に進む。

「これからどうする?」


「レイは戦いっぱなしだろし、だいぶ疲れているだろう?

今から都市国家連合につながる転移門まで戻りたいけど、行けるか?」


「ん?30階層までの下見はいいのか?」


「ああ。私一人だと時間がかかるし、今度なんとしてでも仲間を引っ張ってくるよ。」


「もしよかったら俺が手伝おうか?

せっかくここまで来たんだから残り5層、終わらせたくないか?」

40層から25層に戻ってくるのに、体力、魔力ともに何も問題なかったが、如何せん迷路が面倒で仕方なかった。

それを体感したレイだからこそせっかくここまできたイーリの努力を無駄にしたくないと思った。


「え?でも、、レイは大丈夫なのか。余裕・・・あるのか?」

イーリはレイを心配して尋ねる。


「体力や魔力なら問題ないよ。それに互いに実力も確認しておきたくないか?」


そうレイが言うとイーリは仮面越しでもわかるくらい呆けた様子になる。


「そういった意味で言ったんじゃないんだけどな。

立ち直りが早いのは冒険者として大事な資質だからいいと思う。

レイが問題ないならむしろありがたいな。」

仮面のうちから笑いを噛み殺したような音が漏れる。


そうしてレイはイーリと迷宮25~29階層の探索を始めた。

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