5.行動開始
しばらく叫び続け、声が枯れる。
枯れたことで強制的に叫び声は止む。
しかし心は病んだままであり、胸の痛み、声鳴き苦痛は鳴り止まない。
どうにかしなければと自分に白魔法『白癒』を使用する。
一回では足りない。続けて
『白癒』
まだ足りない。
『白癒』
自然と技名が口から出ていた
「『白癒』『白癒』『白癒』『白癒』『白癒』『白癒』」
無詠唱で使える魔法を心を落ち着けるため、無意識のうちに詠唱の文言を唱えていた。
『我神に祈らん 主よ我が魔力を以て 我が安げ無き身の憂い払い給へ 白癒』
その後も何度か、深呼吸し、詠唱し、『白癒』を発動させる。
そうしてやっとのことで心の平静を取り戻すことができた。
今の痛みの原因は分かっても結局なぜNPC配下の名前一覧が黒くなり、彼らがいないと理解できたのかはわからない。
分からないが、ひとまず自分の直感を信じここを別の世界だと仮定し考えていくことにした。
いつも通りの世界ではあり得ない魔物。
ダイイングフィールドの中だとするなら痛みを感じるなどあり得ないバグ。
それにNPC配下のいないこの世界をダイイングフィールドだとは決して認めない。
今自分は、自分のゲームキャラで別の世界にいる。そう考えるのが一番妥当だと結論つける。そうでなければNPC配下たちとのつながりが切れる理由がわからない。
そうでなければならないのだ。
正直冷静で合理的な判断を下せていないと心のどこかでは理解しているがレイは先に進む。
今度考えることは、元の世界に帰る方法。
しかしそんなことをいきなり思いつくはずがない。
仮に分かったとしても自分はただの社畜もどき。鈴屋泰斗に戻りたいのだろうかとも考えてしまう。
でもNPC配下たちがいるあの空間なら、一人ぼっちのここよりもいいはずだと考えを訂正する。
この世界のことは流れ込んできた記憶でしか判断できない。
バラバラに流れ込んできた記憶を整理する限り、決して生きやすい世界ではないと思う。
そもそもこの記憶が正しいのかどうかすら分からない。
そんなあやふやで一人のこの世界にいるくらいならNPC配下たちの元に戻りたい。
それに戻れるのなら今の記憶が正しいか間違っているのかなんてどうでもいい。
ただ元の世界に、NPC配下たちのもとに戻るにはこの世界について知らなければならない。
そのために断片的な記憶を頼りに今後の方針を立てる。
イクタノーラの記憶を参考にする限り、どうやらここはミャスト迷宮という場所らしい。
迷宮について詳しい記憶がないため、他の迷宮があるのか、その迷宮はどんなものなのかについては自分で調べるしかないが、ここは地上から地下に向かって進む造りになっているようだ。臨時パーティとここ、ミャスト迷宮に潜る様子が流れ込んで来る。
そして記憶によるとここはミャスト迷宮の40階層あたり。
イクタノーラたちのパーティは魔物と戦闘になり敗北。イクタノーラは死亡?
魔物からの攻撃ではなく背後から突然攻撃を受けたようだった。
イクタノーラの記憶が元のため誰から攻撃を受けたのかはわからない。
しかし攻撃が致命傷となり、イクタノーラは動けなくなった。彼を犠牲にして残りのメンバーは逃げ出したようだった。彼は魔物に食い殺されたみたいだが、憎しみは彼を殺した魔物ではなく同パーティの9人に向けられていた。
攻撃したものはもちろん、彼が負傷したことを知りながら回復してくれなかった連中も同罪だと思っているようだ。
よほど憎かったのか9名の名前と姿がはっきりと頭に流れ込んできた。
ただ1人だけ、憎しみを抱いておらず、親愛の情を持つ相手もいた。
イクタノーラの記憶を基に考えるならば、この世界で人種は多種族から差別をよく受けていそうだった。人種は他種族よりも繁殖力が高いだけで、能力的に見ると各種族に負けている。魔力量ではエルフに劣り、身体能力では獣人に劣る。そういった罵声をイクタノーラが実際に受けたのか頭に憎めしい思いとして流れてくる。
人種は種として確立され、国を持ってはいるものの各種族から侮蔑、迫害の対象として見られているようだった。
そのような世界で多種族混成のパーティ。個人の感情はともかく、人種であるイクタノーラが囮、生贄にされるのは分からない話ではない。しかしそのパーティ内で『ドラコ』という人物だけはイクタノーラと普通に接していた。イクタノーラの感情からもドラコに対する思いは復讐心でなく感謝。
この記憶を信じるのならドラコには嘘か本当か微妙だが生存報告を、他9人には復讐をしたい。そう思った俺はひとまずこの迷宮から抜け出そうと上層を目指すことにした。
自分の格好をよく見ると、2度の発狂で血涙、糞尿などあらゆる体液を体から垂れ流していたようでひどく汚れている。
アイテムボックスから新しい装備を取り出し、着替える。
その際に聖属性魔法『クリア』で体をきれいにすることも忘れない。
服を脱ぎ、魔法をかけたところで体のレイとは異なる点を発見した。
病的な白い肌は、体のあちらこちらに魔法陣のようなものが描かれていた。
あまりに異様な魔術陣の模様に「は?」と間抜けな声をあげてしまう始末。
刺青のように掘られている魔法陣は歪んでおり、何かの術が発動するようには思えない。
俺はさらなる不安を残しながらも考えてもどうしようもないことだと割り切り着替えを済ませた。
髪色が変化しているとはいえ、イクタノーラと顔が瓜二つであるため復讐対象にバレないように『黒狐の仮面』というアイテムも装備する。
復讐対象者やその他障害になりそうな奴らの実力を確かめるまでは慎重に行動するが、その後はどうしてやろうかという汚い復讐心でレイの頭はいっぱいだ。
俺はそのまま上層につながる扉に向けて歩を進めた。
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