4.感じられない達成感と、あり得ないほどの喪失感
一体どうすればいいのか。
寝落ちしたのにログアウトできていないこと。
痛みを感じるはずのないゲーム内で想像を絶する痛みに見舞われたこと。
それに体に入り込んできた謎の記憶たち。
頭を抱えて悩む。その時、自分の体に変化が起きていることに気が付く。
この体はダイイングフィールドで使用していたアバター、レイであったはず。
異常な細身、病的なまでに白い肌。乱雑に胸あたりまで伸ばした髪に何も変化はない。
しかし、髪が黒から一変、透き通るほどの白に変わってしまっていた。
よく漫画やアニメで精神的なショックから痩せほそり、白髪になるキャラクターを見てあり得ないと思っていた。しかし自分の身なのかは怪しいが、その変化が実際に自分に起きた。
驚きの連続で黒髪から白髪になったことにどう反応すればいいのか分からない。
それ以上にどうしてレイのアバターを操作し、訳のわからない場所で訳の分からない痛みに苦しみ、誰だかわからない奴らの気持ちに同情して同調しているのか、正直謎が多すぎた。
自分がアバターの姿のままだからダイイングフィールド内にいると思っていた。
痛覚が遮断されるように設定されているため、ダイイングフィールド内では痛みは感じない。
それなのに想像を絶する痛みを受けた。
本当にここはゲームの中なのか。
流れ込んできた記憶だってリアルだった。
ゲームの中の出来事ならあそこまで、苦しまないし絶望もしないはずだ。
現実だと実感せざるを得ない状況。
頭では現実世界なのだと考えるものの見た目が鈴屋泰斗ではなく、ゲームのアバターであるレイだから現実感も薄れてしまう。この姿を操っている自分は仮想空間の中だけ。その思い込みがあるだけに今自分がいる空間はゲームの中なのだと思えて仕方がない。
ここが現実世界なのか、ゲームの中なのか、確かめるためにいくつか実験を行う。
「まずはログアウトできるかどうかだよな・・・?」
ここがゲームの中ならとダメもとでメニュー画面を開く動作を行う。
これでメニューを開けるのならゲームの中。
開けないなら現実世界。
それがはっきりわかる。
現実世界だった場合どうして体がこんなことになっているのかという説明ができないため、泰斗はゲームの中であって欲しいと思っていた。
メニュー画面を開くため、右手を眼前に持ってきて、何もない宙の中、左から右にスライドさせる。
結果は、あっさりメニュー画面が現れた。
「あ・・・?」
あまりの呆気なさに変な声が漏れるが、とりあえずログアウトボタンを探す。
しかし「ログアウト」の表示は見当たらない。
今度は運営に問い合わせをしようとするが「問い合わせ」の表示も見当たらない。
それどころか、メニュー画面はよく知るダイイングフィールドの物と似ているが全く違う作りをしていた。
「なんだこれ?
サーバー停止近いからってこんなバグあんの?
最後までしっかりしてくれよ、運営。」
悪態をつきながらあの痛みも記憶も感情も全て杜撰な運営のせいだと感情が現実受け入れることを拒む。
頭を抱えながら悩んでいると背中に何か衝撃が加わる。
どうしたものかと振り返ってみるとそこには巨大な魔物がいた。
見た目はオオカミと言えばオオカミだ。
しかし如何せん諸々のサイズが普通ではない。
全長10mはありそうで、長く鋭い牙が上下左右に4本生えており、口を閉じると牙が上下で交差する。
その巨躯でレイに体当たりをし、その鋭い牙でレイを噛み殺そうとする。
少し背の高いレイでは簡単に吹き飛ばされてしまい、
異常に細いレイの体など簡単に貫かれてしまう、そんな光景が浮かんだ。
しかしレイには一定レベルの魔法攻撃以外を無効にする固有スキル『境界』を有していた。
それにより吹き飛ばされることも鋭い牙で体を貫かれることもなかった。
どうしてこの場に急に魔物が現れたのか、この体で戦うことが出来るのかと
思考を巡らせている最中も、魔物はしきりに攻撃を仕掛けてくる。
魔物の攻撃は『境界』が発動し、何も問題はない。
レイの固有スキルが効果を発動したことで余計混乱する。
さっきまでは現実逃避したくて考えないようにしていたが、流れ込んできた記憶には全く知らない国名や種族が存在した。
この魔物だってダイイングフィールドでは見たことがない。
だからここはゲームの世界ではないと薄々感じていた。しかしメニュー画面は開けるわ、固有スキルは発動するわ、でここが現実世界なのか、ダイイングフィールドの中なのか再び分からなくなった。
ガンッ!!! ガンッ!!! ガンッ!!!ギンッ!!!
攻撃は通じないが『境界』と魔物の攻撃がぶつかり合う音が止まない。
とりあえず考えることは後にし、オオカミ型の魔物を処理することに決めた。
ここが現実でもゲームの中でもレイの能力がどこまで使えるのかは確かめなければならない問題だった。
こちらが戦闘体制に入るのと、オオカミ型の魔物が体当たりを諦めたのは同時だった。
攻撃が通じないと理解し諦めるのかと思った瞬間、オオカミ型魔物の背後に二本の黒い槍が形成された。
暗属性に類する魔法だと判断した俺はその場を飛び退くことで回避する。
次の瞬間、二本の黒い槍は俺が先ほどまで立っていた場所に着弾し、地面を抉る。
一定レベルの魔法攻撃以外を無効にする『境界』から相手のレベルを判断し、魔法攻撃を一度食らって見るのもありだったかと考えるが現実かゲームどちらなのか分からない以上避けて正解だったと思う。それにここに来てから既に、想像を絶する痛みに見舞われているため、正直言ってしまうと攻撃を受ける勇気もなかった。
物理攻撃が効かないと理解するや否や攻撃方法を変えてくるオオカミ型魔物。
その行動に感嘆する。
こちらが攻撃していない以上、HPの割合で行動を変えるようにプログラムされている存在だとは思えない。
相手に通用しそうな攻撃方法を模索する。
それはこのオオカミ型魔物に知性があることを証明している。
俺が攻撃を避けたことで、オオカミ型魔物の警戒はさらに上がる。
先ほどのように無策な力押しで突っ込んでくるわけでもなく、ジリジリと俺との距離を詰めてくる。そんなゆっくり近づいてくるオオカミ型魔物に対し、俺は後方に飛び退り、相手との距離を離したところでアイテムボックスから『救道者の真弓』を取り出し、構える。こちらの攻撃動作に合わせてオオカミ型魔物も先ほどの黒槍を出現させる。俺はそれに合わせて同様に白魔法『聖弓矢(ホーリーアロー)』を発動し黒槍を迎撃する。爆風で砂埃が舞う中、相手が次の行動を起こす前に弓矢を放つ。
放たれた弓矢は狙い通りにオオカミ型魔物の脳天を貫いた。
戦闘は思いのほかあっさりと決着がついた。
魔法も使用できたし、威力もいつも通り。
なんならゲームにいる感覚で、まだ使用できるか試してもいないアイテムボックスも使用していた。そのアイテムボックスから取り出した武器アイテムも問題なく使用できる。
それに簡単に片付いた理由として暗属性系統と相性のいい聖属性系統をこちらが得意だったことも一つの要因として考えられる。
能力面で考えるとレイはダイイングフィールドと全く同じ性能をしている。
強いて言うならばNPC配下がいないことで個人ステタースまで下がってしまっていることが気にはなる。
ダイイングフィールドのレベルシステムは少し厄介だった。
ゲーム内には個人レベルと職業レベルの二つが存在していた。
個人レベルはステタース覧で確認でき、AIが終末戦争する相手を決める時にも参考にするもので最大値は200。
その一方で職業レベルはダイイングフィールド内でやりたいことをする上で必要になる能力のことを指す。例えば戦闘時に魔法を使いたいのなら、魔術関連の職に就きレベルを上げなければならない。そうしなければ例えMPがあっても魔法を使用することができない。
その職業レベルの最大値は100。
ここから厄介な問題があった。
ダイイングフィールドには<換算>というシステムが存在する。
個人レベル20上げるために職業レベル100を消費しなければいけない。
この消費した100レベル分の職業は個人レベルを上げるために使われて無くなる。
無くなりはするが、その職で覚えた技能などは個人レベルの上昇により定着するため、使えなくなることはない。
転職する際にこの<換算>は行われる。
換算された職業レベル100は個人ステタースを向上させる。
個人ステタースは職業レベルを換算することでしか上げられない。
そのためダイイングフィールドのプレイヤーは何かしらの職についている。
ここで運営は暴挙とも言える行動をとった。
ただでさえ厄介な<換算>なるシステムがある中で、プレイヤーが職業レベルを確認することをできないようにしたのだ。
相手はおろか自分でさえ、職業レベルを確認することができない。
職業を変えることで、個人レベルに換算される。この時初めて自分の職業レベルがどれくらいだったのかが判明する。個人レベルが20上がれば職業レベルが100だったと逆説的に判明されるのだ。また一度転職した職には二度とつくことができいため転職には慎重にならざるを得なかった。最終的に職業のレベルがカンストしたか確かめる方法は、カンスト時に覚えられるスキルや技能をもとに判断する他なかった。
運営はレベル上げの効率厨にこのゲームを心から楽しんでもらいたいためが処置と言っており、いくら非難されても職業レベルが見れるようになるアップデートは行わなかった。
またレベルの上限は200なのだが、自分所有のNPCがいることでステタースに補正がかかる。レイは1人で国家規模のクランを運営していたためその補正値は莫大なものだった。
しかしその補正値が今はなくなっているように、先ほどの戦闘を通して感じた。
実際メニュー画面から自身のステタースを見ても補正値はなかった。
ステタース画面をスライドさせていくとNPC配下たちの名前が記されていた。
しかしその名前表示は生命の光を宿していないかのように黒くなっていた。
その表示を見た瞬間、心に穴が空いたような凄まじい喪失感に襲われる。
頭を抱えうずくまってしまう。
その光が消えているのを知覚した途端、自分のNPCたちがこの世界にいないことを直感で理解出来てしまった。
「俺の、、、私の、、、僕の、、、レイの居場所。ヤダヤダヤダヤあれは僕の略奪したのだれ俺のものダヤダやあ私のヤダなんて耐えられないヤダヤダヤオーキュ僕のレゾンロームオーフィリアヤダヤダヤダヤあれはダヤダ奪ったの誰ヤダやあ私のヤダヤダヤダヤヴーパスニニザフームヤダヤダヤダヤあれはダヤダシャナショウヨウヤダやあ私のローチェハファザヤダヤダヤダヤダ簒奪したのオキナザンキマリク誰だデートルヤダヤダやあヤなんで誰だダヤダヤダヤダ僕のヤダヤダやあ返して返して返してヤダヤダ俺だけのヤダみんなが居なきゃヤダヤダヤダまた独りナルエイン大切なやあヤダルノヤダヤ家族ダヤダ誰だヤダ誰にも渡さないヤダやあぜったい許さない」
その痛みは最初の肉体的苦痛よりもよほど辛く、泰斗の精神に直接消えない痛みを与えた。
魔物の死体が転がるだけの何もない空間に本日二度めの絶叫が鳴り響いた。
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