3.タイト × レイ イクタノーラ

意識が覚醒する。

サーバーダウンの噂が自分の精神を揺らがしまくった結果、そのままバーチャル空間内で意識を手放してしまったようだ。

ダイイングフィールド内で実際に睡眠行動を取ると、強制的にゲームとの接続が切られて、現実世界に戻される仕組みになっている。これはゲームに長時間ログインし、現実世界の肉体にダメージを与えないための措置らしい。プレイヤーは目が覚めるまで全く気がつかないため、寝落ちしてしまうプレイヤーは意外と多い。


目覚めはいい方だが、それ以上に昨日のことを引きずっており、気分はもちろん最悪で、働く気になんて全くなれない。

しかしそんな泣き言を言っている余裕などない。

現実世界でのノルマをこなすためにバイトに行かなければならない。

支度するためにヘッドギアを外そうとする。

しかし外れない。

頭に触れるがそもそもヘッドギアなどついていない。

ヘッドギアを外そうと、頭に触れた手に何かが付着した感覚を覚える。

何がついたのか確かめたくて光を求める。

手を確認しようと、電気のリモコンを探す。

いつも置いてある場所を手探りで探すがリモコンはない。

目が暗がりに慣れていないため確証はもてないが、自分の部屋にいる感覚がしない。


突如自分のいる空間に明かりが灯る。

周囲の壁に松明が円形に設置されていたようで、ひとつの松明が灯るごとに次々連鎖していくように火がついていく。

泰斗はいる空間は無機質な石作りの部屋だった。

あまりに非現実的な光景に言葉が出ない。

その後自分の体を確認してさらに驚かされる。

異常な細身、病的なまでに白い肌。乱雑に胸あたりまで伸ばした黒髪。

自分が現実世界の鈴屋泰斗ではなくダイイングフィールド内のアバター、レイであることに今更ながらに気が付く。

そして自分が自分(レイ)であって自分(タイト)ではないことを認識した途端、激しい痛みに襲われる。

頭を鈍器で殴られたかのような、いやそれ以上の痛み。

生まれて以来感じたことのないほどの痛みに耐えきれずにその場に倒れ、のたうち回る。

体中から液体という液体、全てを垂れ流すがそんなことも気にならない苦痛に襲われる。


「ガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいたいいた言い合いたい立ち会いアイ地帯地帯いた位置愛知対言いたい地愛知たいいっtァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


痛みがすごすぎてさっさと意識を手放してしまいたいのに、おかしいくらい意識は明瞭としている。

そのせいでどれほどの痛みを自分が受けているのかを客観的に理解できてしまう。

そのため余計苦しい。


10分、1時間、もしかしたら1日経過していたかもしれない。

どれほどの時間が経過したのか全くわからない。

痛みが引くまで自分はただ泣き叫び、自分の体液でぐちゃぐちゃになった地面に這いつくばっていた。

その痛みを感じている間はもがき苦しむことしかできなかった。


言葉に表し難い痛みは突然消えた。

痛みからしばらく立ち上がれず、膝をつき両腕で地面に倒れ伏すのをどうにか支え、肩で息をする。

「はぁはぁ・・・はぁはぁはぁはぁ・・・・・はぁはぁはぁ・・・・・」

自分が鈴屋泰斗でないと認識した途端、他人の感情、記憶が無数に流れ混んできた。

それと同時にこの体は、意識は自分であるのだと、覚えのない記憶や感情にあらがい続けていた。

今、意識の中には鈴屋泰斗という明確な個が存在する。

しかしそれと同時に見た目はダイイングフィールドで自分が使っていたアバター、レイのものであり、他の全く知らない奴らの記憶や感情がこの体を巡っている。

その記憶は現実世界では全く体験できないような、ダイイングフィールドの中で起きたかのようなあり得ない体験。未知の魔物に襲われ、どうしようもない力の差に屈した恐怖。ゴブリンのような低位の魔物に数で押され蹂躙される屈辱。信じていた仲間に裏切られた絶望。一時的に組んだだけのパーティに魔物の囮にされた時の憤怒。戦争で相手国を一人で相手取った高揚感。さまざまな記憶と感情が頭に流れ込んできた。

意味がわからず、立ち直るまでずっとその違う人物たちの記憶や感情を頭の中で再生していた。


痛みが消え、時間が経ったことでようやく落ち着けた。

体勢を起こし、地面に胡坐を描く。


「一体なんなんだよ・・・・。」


様々な人物の記憶とともにその時強く感じていたであろう思いが頭に流れ込んできた。

入ってきた記憶に時系列なんてあるのかわからないけど、順番は点でバラバラで、記憶も途切れ途切れだった。ただ一つ気になる、というよりも見過ごせない記憶があった。

今自分がいるこの場所の記憶。


「イクタノーラ」


自分の口にその名を口に出して、流れ込んできた記憶を脳内で精査する。

流れ込んできた記憶の断片。そしてここで最後を迎えた者。

レイとそっくりな外見。それなのに俺とは全く違う性格に戦闘能力。

そんな人物の記憶、スルーできるはずがない。

イクタノーラはここで魔物に殺され最後を迎えた。

それもただ魔物との一騎打ちに敗れ殺されたのではない。

詳細は分からないが、一時的に組んでいたパーティ奴らから攻撃を受け、動けなくなったイクタノーラを魔物の囮にしていた。

その時の記憶と共にどす黒い感情もまとめてレイの中に入ってきた。

ダイイングフィールド内のアバターであるレイと記憶主であるイクタノーラがなぜこれほど似ているのかなんてわからないし、どうでもいい。

そう思うほどに膨れ上がった黒く汚れた、復讐心がレイを蝕んでいた。

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