02 新末後漢初という時代

 前漢末。

 荒淫の果てに斃れた成帝、つづく哀帝、そして平帝の擁立へと混迷の様相を見せる宮中において。

 その男、王莽おうもうは徐々に己が手に権力を収めていき、ついには至尊の地位へとその手を伸ばした。


「朕は、皇帝である」


 世にいう王朝を成立した王莽は帝位を簒奪し、彼独自の価値観により、「復古」の国政を開始した。

 曰く、官名を古代のものに戻す。

 曰く、銭を古代の貝貨へと戻す。

 曰く、土地の所有を古代の井田制せいでんせいに戻す。

 ……つまるところ、これまで進んできた経済、財産の有り方を否定して、遥か昔の、理論上は「理想」とされた形に戻してしまった。


 結果、国政は混乱した。


 そしてその混乱は、そのまま叛乱へと直結する。

 まず、琅邪ろうや呂母りょぼという女性が、息子が微罪で県宰(県令のこと。王莽の指示により改称していた)に処刑されたことを怨み、その財を尽くして若者を募り、仇討ちと称して県宰を討った。

 本懐を遂げた呂母は亡くなるが、残された集団は解散せず、そのまま新王朝へと叛した。

 彼らは敵味方を区別するため、眉に赤く染めた。

 このことにより、彼らは「赤眉軍」と呼ばれた。

 この赤眉軍の組織内の名称が、旧前漢の官名を使用していることに、痛烈な皮肉が感じられる。



 赤眉軍が勢力を拡大していく中、荊州にも動きがあった。

 地域の顔役である王匡を中心に蜂起が起き、その蜂起はやがて数千人の規模に達した。

 その勢力は、最初に立てこもった地――緑林の名を冠して、こう呼ばれる。

 「緑林軍」と。


 この緑林軍は、草莽から興った勢力の常として、分裂と合流を経て、徐々に一大勢力へと成長していくのだが、その流れの中で、劉縯りゅうえんと劉秀という兄弟がいた。

 劉縯の活躍は目ざましく、新の軍隊を次々と撃破し、その宿願である漢の復興へと着実に歩を進めていった。

 やがて緑林軍の中で皇帝を擁立しようという話が持ち上がり、漢の皇族の血筋の者である劉縯と、そして劉玄という者が候補に挙がった。

 劉縯は組織の分裂を嫌い、敢えて劉玄に皇帝の座を譲った。


 劉玄――彼はこの時より更始帝こうしていと呼ばれる。


 劉縯としては、実は更始帝が凡庸であることを見越し、やがては己が皇帝にと目論んでいた。


おれが戦って勝てば、おのずとそうなるさ」


 豪傑として知られる劉縯は、そう、戦場へと向かった。ちなみに彼の子孫に劉備という男がいて、やはり天子の座を目指すことになるのだが、それはまた別の話である。



 その劉縯が宛を攻めている頃。

 さしもの王莽も、更始帝とその軍を危ぶみ、大司空・王邑おうゆうに大軍を与えて、討伐を命じた。

 その数、号して百万。

 目指すは、潁川えいせん

 そこには、劉縯の弟である劉秀が数千の兵を率いて、兄の宛攻略の支援のため、新の領域を攻めているところだった。

 王邑としては、その劉秀を討ち、宛を攻める劉縯への圧力をかける狙いである。

 そして。


ず緒戦にて勝つ。そのに乗って、宛に征き、劉縯を討つ」


 だが劉秀は戦いを避け、いち早く昆陽へと引きこもってしまう。

 王邑としては、振り上げた拳の持って行きどころを失ったかたちとなった。


く、宛へ」


 部下の荘尤そうゆうらはそう訴えたが、王邑は後顧の憂いを断つことを優先した。


「昆陽には数千の兵しかいない。百万の軍で包囲すれば、いと易くちよう」


 もし長期戦となりそうであれば、力攻めにて攻め落とせばよい、と王邑は荘尤の進言を退けてしまう。

 そして王邑を喜ばせる事態が発生する。

 劉秀の遁走である。


「逃げたか、鼠賊そぞく


 王邑は憫笑びんしょうし、麾下の兵に、昆陽を完全包囲して攻めよと命じた。

 ここでまたも荘尤が、兵法によれば城攻めには一方のみ空けるべしと進言したが、王邑は無視。

 結果、昆陽の将兵は全滅を避けるべく必死の抵抗をつづけ、王邑の軍は昆陽に釘付けとなり――。


「敵襲!」


 逃げたはずの劉秀がかき集めた三千の兵を率いて、王邑の軍を奇襲。王邑の軍は大軍であるため、かえってしまい、そこをさらに昆陽の城内からの決死の反撃を食らい、撃滅されてしまった。


 世にいう昆陽の戦いがこれであり、しかもその戦いに前後して、宛は劉縯によりとされ、新王朝は以後、滅亡への道を突き進むことになる。

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