沈黙に積雪 ~河北の劉秀~

四谷軒

01 プロローグ 漢委奴国王(かんわのなのこくおう)


 後漢。

 建武中元二年正月。

 洛陽。


 はらりはらりと降り積もる雪の中。

 その行列は押し黙って行進していた。

 向かう先は皇宮。

 謁見する相手は光武帝、後漢の初代皇帝である。


「…………」


 貫頭衣を着た、行列の先頭の男は皇宮の門の前に立ち、一礼する。

 深く、深く頭を下げたのち。

 おもむろに直立し、言った。


「……これなるは、奴国なこく大夫たいふなり。皇帝陛下の謁見を賜りたい」


 皇宮の門が開く。

 大夫はさらに一礼して門内に入り、大夫に付き従う者らも、あとにつづいた。



 光武帝劉秀は、遥か東の果て、倭の奴国から来た、大夫ら外交使節団を歓迎した。

 そして大夫を饗応の場へと案内する途中、ふと外に見える雪を眺め、大夫に問うた。


「大夫どの」


「何でございましょう」


「この都、洛陽に来る途次、河北を通ったか」


「さようにございます」


 劉秀はすっかり白くなった顎髭あごひげでながら言った。


「河北はどうであった? かように雪が降っていたか?」


 大夫は何事かと思ったが、正直に答えることにした。


「奉答します。陛下のおっしゃるとおり、雪が降り、積もっておりました」


「そうか」


 劉秀は北へと目を移す。

 河北。

 それは彼が、功成ったにもかかわらず、放逐された地であり、しかし彼が大きく飛躍する契機を得た地であった。


「…………」


 劉秀が沈黙する間も、積雪はまず。

 その時、劉秀は、若き日の河北へと思いを募らせていた。


 これは、その若き日の劉秀の、河北における苦闘を描く物語である――

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