#2 出口はこちらです
出口という苗字だけの体操服を着ていたら「出口はこちらです」とバカにされたから、中学からは『辿』までちゃんと書いた、らしい。
そういう経緯がありフルネームがびっしりと記載された体操服を纏うタクトは、や
はり目立った。
着用しているのが彼のものであるということもあるが、それ以前に教室に一人だけ
体操服を着用しポツンと座っていれば見るなと言われる方が無理な話なのかもしれな
い。
目を細めて笑う男子の顔、見て見ぬふりをする顔。女子の方から、クスクスと笑い
声が聞こえた。
目に映る現実。視力を限りなく0に近づけてしまいたい。
嫌われている自覚をさらに促すような笑い声が、タクトの耳に、心に突き刺さる。
「心当たりのあるやつとかいんの?」
昼休み。
体操服の貸し借りをした自分たちは、周囲の目を忍んで体育館裏の石段に腰かけ
る。
「いや、特には…」
タクトには友達がほとんどいなかった。
小学校の時から仲良しの人間が二人いるが、二人とも中学校という新しい環境にな
ってからは部活動や、他の友人、恋人などに時間を費やす機会が増え、完全に疎遠に
なってしまった。
「クラスの人間か、もしくは、前は仲が良かった二人。心当たりがあると言えばそ
れくらい」
制服を盗むなんて、自分を認知している人間くらいだろう。
となると、まずはクラスの人間から。あの二人に限って制服を盗むなんて行為
は…。
こんな自分になんか、動機や興味などもないだろう。タクトは確信する。
とっくに見捨てられているのが、何よりの証拠だ。
いや、多分、本当は真実を知るのが怖いだけなのかもしれない。もし、彼らのうち
どちらかが犯人だったら…。
犯人、という人聞きの悪い言葉を浮かべて、それに気付いて慌てて首を振り、かき
消した。
「事情聴取ってやつだな」
出口辿は行動派だ。弱くて頼りなさそうな見た目をしているくせに、妙に強気で建
設的な考えの持ち主だ。タクトはそう感じた。
「じゃ、じゃあ、出口君。まずはクラスの人…」
「そいつら二人のもとへレッツゴーだ!」
「ええっ!?」
「推理漫画とか刑事ドラマとかの犯人はかなり身近な人間であるケースが高いし。
余裕っしょ」
「いやいや、それはフィクションの世界での話だし」
「しらみつぶしに聞いていくんなら、一番近い人間から聞いていくのがいいだろ。
ノンフィクションの世界でもそれが定石だと思うけど?」
「それはそうだけど…」
あの二人の顔をそれぞれ思い出す。
グラウンドに手を振り、それに気付くと顔を背けて無視された。
家に行っていい? と尋ねたら、無理、と何度も拒否された。
小学校の時までは、ずっと仲が良かったのに…。
互いにあだ名で呼びあったり、サッカーボールを蹴りあったり、ゲームの通信対戦
したり。
嫌われているからだろう。
特に女子たちから気に入られないから。
周りの影響を考え始めたんだろう。
だから嫌われ者のタクトは彼らに切り捨てられた。
「じゃあ放課後な!」
「う、うん」
「大丈夫だって! 今日中には解決するっしょ!」
「他人事みたいに」
「他人事だし」
「いじわる。薄情者」
「水着で授業受けるか?」
「ごめん」
生産性のないやり取りをしたのち、出口辿は石段から腰を上げて自分の教室へと戻
っていった。
「あ、戻ってきた」
遠くから、かすかに聞こえる女子の声。
このクラスのリーダー格である烏山美里(からすやまみさと)が、気の強そうな目
つきを細めて笑った。
気づかないふりをしてやり過ごしても聞こえる、タクトに関する話題。
ヘラヘラしてて気持ち悪い。
やることが最低。
星宮(ほしみや)くんたちに絡むな。
だめだよ美里ちゃん。事実ばっかり突きつけちゃ!
そして嬌声。
「だってあいつが悪いんじゃーん。あーあ! 朝日(あさひ)とかいうクソ、早く消
えてくんねえかなー!」
天井を仰ぎながら教室全体に聞こえる声で、タクトの苗字を添えて愚痴を喚き散ら
す烏山美里。
お望み通り、今すぐに消えたかった。
中学校なんて大嫌いだ。
下を向いて、聞こえないふりをしてやり過ごすだけの生活に、摩り減る心はもう限
界だ。
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