エピローグ

エピローグ 再び世界を救った勇者、今日も日雇い労働者

 首にかけたタオルで汗を拭うと、床に置いた木箱を二つ一気に持ち上げる。

 勇者業は再び休業中。今日も今日とて日雇い労働に励んでいるのだ。


「ふぅ……」


 やはり身体を動かして流す汗は、気持ちのいいものだ。

 荷物を配送先ごとに区分けしていると、ふと背後から声が飛んでくる。


「ルイさん! 何してるんですか!?」


 ……ああ、またか。


 木箱を抱えたまま振り向くと、両手を腰に当てているクレアが目に入る。


「……なんだ、クレアか」

「なんだとはなんですか! ひどいですっ!」


 クレアは頬を膨らませて抗議を示す。

 ここ最近、また毎日のようにつきまとってくるのだ。いなかったら静かすぎるが、いたらいたで騒がしいというのは困りものだ。


 目頭を押さえていると、クレアが顔をずいっと近づけてきた。


「それより! どうして今日も仕事をしてるんですか!?」

「日雇い労働者なんだから当たり前だろ?」

「じゃないです! あなたの本業は、ゆ・う・し・ゃ! 今日こそ、魔王討伐賞の授与式の打ち合わせをするって言ってたじゃないですか!!」

「いや、それクレアが勝手に言ってきただけで、俺は了承してないけど?」


 このまま話していては、仕事が進まない。

 肩をすくめると、木箱運びを再開する。もちろん、クレアは無視だ、無視。

 だが、向こうも簡単には引き下がらない。クレアは駆け出すと、こちらの進行方向に割り込み両手を広げる。


「今日こそは、授与式の話を詰めるんですからね!」

「無理、却下、断固拒否する」

「ひどっ!? どうしてですかっ!」


 勢いよく詰め寄って、クレアは頬をさらに膨らませる。

 本当にめんどくさい。ため息をつき、木箱をゆっくりと床に置く。そのまま肩を落とすと、今度は逆にクレアの鼻先まで顔を近づける。


「あのなぁ……」


 そう前置きすると、眼光鋭く丸っこい瞳を睨みつけた。


「――もう決まっている仕事に穴あけられるわけないだろ、常識ねえのか!!」


 カッと目を見開いて、クレアに圧をかける。

 勢いに圧されたのか、ポカンと口を開いたまま固まるクレア。ようやく静かになったクレアを放置して、そのまま木箱を持ち上げ倉庫の奥へ。


 だが、すぐに気を取り直すと、クレアはまた立ち塞がってくる。


「ルイさん、そこを何とか!」

「無理。そもそも、今はどこも繁忙期でなかなか手が離せないんだよ」


 言われて、クレアは倉庫内を見渡す。木箱を抱えて走る人が、通常時の倍ほど目に入ってくる。

 そう、今は繁忙期。一年の節目にあたるこの時期は、どうしても荷物の配達依頼が増えるのだ。

 すると、軽く息を吐いて、クレアは袖を捲った。


「しょうがないですねぇ! 私も仕事手伝いますから、これを早く片付けたらいつもの喫茶店で授与式の日程調整と段取り確認ですからね!?」

「は、はぁ?」


 目を丸くする。クレアは何を言っているんだろうか。

 動きを止める自分から木箱をひったくると、クレアは倉庫の奥の方へ走り出す。

 その背を見送りながら、しばらく立ち尽くす。


 しかし、口元を緩めると、自分も急いでその背を追いかけた。


「……はぁ、しょうがねえ。今日のケーキ、お前の奢りだからな!」


 手近な木箱を抱えて、倉庫の奥へ駆け出す。


 ――魔王を倒しても、どうやらこの騒がしい日々はなかなか過ぎ去ってはくれないらしい。

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世界を救った勇者、今は日雇い労働者 蒼井華音 @aoi_kanon

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