第10話 本題
すっかり気疲れしてしまった自分とは対照的に、向かいに座るクレアはパフェを口に運び、至福の表情を浮かべていた。
「ん~~っ!」
満面の笑みで身体を左右に揺らす。
「爆盛り料理四連発を食い切って、よくそれだけ食おうと思うよな……」
「……? だって、甘いものは別腹ですよ?」
「いや、そんな『え、常識でしょ?』みたいな目で見られても困るけど」
「え、常識じゃないんですか!?」
こうして他愛もない言葉を交わしながらも、クレアのパフェを運ぶ手は止まることを知らない。
ふと、クレアの食べるパフェに目を向けてみる。
テーブル上に鎮座するのは、至って普通のサイズのフルーツパフェ。それでも、様々なフルーツがふんだんに盛られていて、デザートとしてボリュームは十分。
だが、ひとつおかしな部分がある。
パフェから視線を外すと、クレアの隣に立つ店員へ目をやった。。
「……っていうか、スイーツ店でこんな提供の仕方見たことねえよ」
目に映るのは、ワゴン一杯に置かれたパフェの群れ。
少し引き気味に見ていると、クレアがパフェを掻き込み、手を挙げる。すると、素早く店員が空の容器を下げて、新しいパフェを差し出す。
クレアはまた数秒でパフェを掻き込んで、笑みを浮かべる。
――いわゆる無限ループである。
「やっぱり、ここの『わんこパフェ』は最高ですねぇ~! この店に出会ただけでも、この町に来れてよかったですよぅ~!」
「あ、そう……50年前からこの町は知ってるけど、こんな前衛的な提供をしている店は知らなかったよ」
「ホント、さいっ……こうですよね!!」
「アー、ソウダナー」
その後も、パフェを食っては差し出されて……を二十回ぐらいは往復しただろうか。クレアはようやくスプーンをテーブルに置き、手を合わせた。
「今日も大変おいしかったです。新記録ならずで残念でしたけど、ありがとうございます!」
「いえいえ、本日も素晴らしい食べっぷりで店員一同感動しております」
「えへへ、それほどでも~」
何を勘違いしたのか、クレアは頬を朱に染めて頭を掻く。
「いや、別に褒めてないから……」
一応、ツッコミを入れておくものの、もう驚きを通り越して呆れることしかできない。
ワゴンを押して厨房へ戻る店員の背を見送って、クレアは紅茶を一口含む。そして、一息入れる。
(こうして黙っていると、ただの端正な顔立ちの女性って感じなんだけどなぁ)
静かにお茶をしている姿は、まるで演劇の一幕のように絵になっている。
「うーん、あと一杯ぐらいなら行けた気もしますねぇ」
……『口を開かず黙っていれば』という条件付きではあるが。
世間一般の女性をあまり知らないが、少なくとも腹を叩いてどれほど満腹なのか確認しているクレアが“普通”ではないというのだけはわかる。
そんな『残念な美人』から視線を外し、自分も紅茶をひと啜り。
(あ、そういえば、今日昼メシ食ってねえ……)
爆盛り料理のインパクトに負けて、完全に忘れていた。
だが、今さら何かを食べる気も起きない。散々目の前で爆盛り料理の数々を見せつけられたせいで、もうなんだか満腹な気になっている。
そんな他愛もない考えに浸っていると、クレアが静かにソーサーにカップを置く。
そして、身を少し乗り出すと、表情から一切の笑顔を消し去った。
「……さあ、ルイさん。本題に行きましょうか」
「本題?」
「え? 今日お呼び立てした本題ですよ。『とってもとっても大事なお話があります』って言っておいたじゃないですか?」
(あー、確かにそんな気がする……)
完全に、今日振り回されている理由を忘れてしまっていた。別に今日は『大食いチャレンジツアー』をしに来たわけじゃない。重要な用件があるから、といって呼び出されていたのだ。
「う、うん。覚えていたよ。覚えていたさ。覚えていたとも」
しどろもどろになりながら、適当に話を合わせておく。
「じー……」
「うっ……!」
……そんな生暖かい目で見ないでくれ。
クレアの追及の視線から逃れるように、慌てて明後日の方向へ目をやる。しかし、横顔に刺さり続ける視線が痛い……。
さすがに耐え切れない。ため息とともに、テーブルに両肘をついた。
「で、本題って? どうせ、魔王がどうのって怪しい勧誘だろうけど……」
「そうですそうです! って、怪しい勧誘じゃないですよっ!?」
クレアは頬を膨らませてテーブルを軽く叩く。
「私たち教会はそんな怪しげな宗教団体じゃありませんからね! ねっ!?」
「ゲフンゲフン……クレアさん?」
「へ?」
自分の背後の席を指し示し、わざとらしく咳払いしてみせる。
一瞬間をおいて、クレアも「あっ……」と声を上げて身体を縮こまらせた。顔は伏せてわからないが、髪の隙間から覗く耳は先端まで真っ赤に染まっている。
(公衆の面前だって、完全に忘れてたな……)
客の変な人を見るような冷ややかな視線にやられ、クレアもすっかり大人しくなった。
だが、ちょっとだけ自分までつられて恥ずかしく思えてきた。周りの視線から逃げるように、少し声を低めて元の話題へ話を戻した。
「……それで、本題ってやつに移っても大丈夫か?」
「そ、そうですね! 本題ですよね、本題が良いと思います」
まだ気が動転しているのか、言っていることがおかしい。
しかし、クレアとしてもこの助け舟に乗りたいのだろう。慌ててバッグに手を突っ込むと、その中からよれた紙束を差し出してきた。
「これは……ゴミ?」
「なっ……!?」
明らかにゴミとしか思えない紙束をまじまじと見つめると、『エンフィールド国教会』の文字がうっすらと目に入る。
「失敬な! これはれっきとした教会からの報告書ですよ!」
「は、はぁ……」
持ち上げてひらひらと振ってみる。
なんだか紙がよれたり裂けたり、まともな状態であるようには見えない。しかも、所々コーヒーか紅茶かわからないが、飲み物のシミみたいなものまで窺える。
「……教会って、そんなに紙不足に困っているのか?」
「い、いいから、とりあえず目を通してください……っ!」
皮肉交じりに問いかけると、クレアが口を尖らせてそっぽを向く。へそを曲げられてしまったようだ。
(まあ、どうにか読めそうではあるか……)
シミや破れなどはあるが、肝心の文字部分にはあまり影響がない程度のもの。
とりあえず軽く目を通してみよう。手に取った紙束を、パラパラと捲りつつ流し読んでいく。
ふと、一部分で手が止まる。
(『ルーチェ近郊において発生した、ティクバランの被害および原因について』か……)
顎に手を当て、少し唸る。
これは、この間の一件の話だろう。クレアが教会本部に調査を依頼していたようだ。報告書にもそう記されている。
(『ティクバランには群れを嫌う習性があり、無理やり従わせようとした魔王の配下の研究者約20名が一夜にして皆殺し。さらに、森林地帯や山地を好み、基本的に人の多い街道付近に出没したという記録は残されていない』)
そして、視線を険しくして、最後の一文を指でなぞった。
(――『以上の情報を精査した結果、「誰にも従うわけがない」はずのティクバランを「何者かがルーチェ近郊に棲み処を移させた」と見て間違いないだろう』)
しばらくその一文をじっと見つめてから、長い息を吐く。肩をすくめると、紙束をテーブルに投げるように置いた。
それが読み終わった合図だと思ったのだろう。
すぐさまクレアが顔を寄せて、真剣な目つきで見つめてくる。
「何者にも従わせることのできないモンスターすらも従わせ、意のままに操ることができるのはこの世にたった一人しかいません」
そう口にすると、クレアは黙ってこちらの瞳を見据える。
まるで、その答えを俺自身の口から聞きたい、とでも言うように。
仕方がない。観念してその名を口にした。
「……“魔王”フィルディナント。あいつの仕業だって、そう言いたいのか?」
クレアは黙ったまま、一度首を縦に振る。
あまり教会側の推測を肯定したいわけではないが、確かにこの報告が事実ならそんな芸当ができるのは“魔王”と呼ばれたあの男しかいない。
それはわかるが……――。
『人間どもよ。我がまた目を覚ますその時まで、貴様らは束の間の平穏を楽しむがいいッ!』
このタイミングで、魔王の最後に放った一言が脳裏に蘇ってくる。
あのときはただの戯言だと思っていたが、本当に復活しようとしているとでも言うのだろうか……?
わからない。まったくわからない。
黙りこくっていると、クレアがそっと報告書を引いてバッグへ戻す。
そして、背筋を正してこちらへ向き直った。
「改めてお願いします。どうかもう一度だけ、人類を救ってはくださいませんか……?」
そう言って、深々と頭を下げる。
そこに、先ほどまでのふざけた様子は微塵もない。きつく口元は一文字に結ばれ、緊張からか身体も僅かに震えている。
下げられたままの頭を見下ろしながら、ぐっと唇を噛む。
今にも、口をついて言葉が出そうになる。喉元まで〝その言葉〟は出てきている。
――だが、決めたのだ。500年前のあの日、すべてを失ったときに。
何度か頭を横に振って、クレアの肩に手を置く。
「悪いが、答えは変わらない。――断る」
その言葉に、クレアは悲愴な表情で顔を上げる。
「ど、どうして……っ!?」
テーブルを叩きながら、勢いよく立ち上がるクレア。
すると、ちょうど店員がやってきた。
「す、すみません。ストレートティーのおかわりお持ちいたしました……」
「ああ、すいません。こっちです」
「あっ、ありがとうございます……!」
この空気の中、自分たちに話しかけるのはかなり精神をすり減らしたことだろう。絶妙なタイミングで届くように注文してしまって、何だか申し訳ない。
申し訳なさを抱きながら、カップへ注がれる紅茶をじっと眺める。
トポトポ……と注がれる音に、心が落ち着いてきた。
「そ、それではごゆっくり……」
店員が足早にキッチンに戻るのを目で追ってから、紅茶をゆっくり口に含む。そのまま口内で紅茶を転がして、喉を鳴らす。
「じゃあ、ひとつ昔話でもどうだ?」
唐突な提案だ。自分でもどうしてそんなことを言ったのかわからない。
すると、先ほどよりも冷静さを取り戻したクレアが食いついてきた。
「……昔話?」
「ああ、魔王という大敵に無謀にも立ち向かった憐れな少年の昔話だ」
「…………っ!?」
クレアが息を呑む。今から語られるのが、いったい誰の話なのか察したのだろう。
「はじめは定型句として『むかしむかしあるところに』ってところからかな」
鼻で小馬鹿にするように笑いつつ、カップをソーサーに戻した。
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