第2話 レッツストーキング!?
私の一日は、握りこぶしほどのおにぎりと一杯の水から始まる。少し満腹感は足りないが、朝は食べ過ぎると眠たくなるからあまり多く食べない主義なのだ。
その習慣は、このルーチェの町に来てからも変わらない。
早朝から開いている露店を見つけ、しっかりと今朝のおにぎりは確保済み。
「それに、私の大好きな牛のお肉も入っていますし~!」
口元が自然と緩んでしまう。気を付けておかないと……。
一度手を合わせてから、葉っぱに包まれたおにぎりをひとかじり。私の見立て通り、お肉のうま味がお米に染み出していて、とても味わい深い。これは食べる手が止まらない。
ガツガツと連続でおにぎりを口に運ぶと、勢い余って喉に詰まってしまう。
「ごほっ、ごほっ……!?」
胸を叩きながら、一気に水筒の水を呷る。
「ごほごほ……あ~、死ぬかと思いましたよ……」
ゆっくり呼吸のリズムを戻してから、またおにぎりにかじりつく。結局、あっと言う間におにぎりはなくなってしまった。
「ふぅ……やっぱり少し物足りないですねぇ」
口を尖らせて、息を吐く。
すると、同時に視界の中で動く気配を感じた。
(おっと、隠れないとですね……)
大慌てで柱の陰に身を隠すと、視線の先――例のおんぼろ集合住宅からルイが出てくる。
(……それにしても、どうして玄関から出入りしないんですかね?)
昨日見たときと同じように、手慣れた様子で窓に立てかけられた梯子を使って部屋に出入りしている。玄関が壊れているとか、そういう話なのだろうか。
疑問に頭を傾けていると、ルイが大きなあくびとともにどこかへ出かけていく。しかも、今日も作業服だ。
彼の背中に視線を送りながら、ふと昨日の言葉を思い出す。
『――世界平和でメシが食えんのかッ!?』
(もしかして、昨日の”アレ”は魔王との因縁に誰かを巻き込みたくないってことなんじゃ……?)
顎に手を当て、何度か頷く。
そうだ。あの何度倒されようと人類のために立ち上がった”不屈の勇者”が、魔王復活の報せを聞かされてじっとしていられるはずがない。きっとそうだ。
「そうです! 憧れの”不屈の勇者”がそんなこと言うはずないですもんっ!」
ぐっとこぶしを握り、天を見上げる。
今日は快晴。まるで、今後の明るい未来を示しているよう。
「よしっ、今日こそルイさんの協力を取りつけるぞ~。おーっ!」
握ったこぶしを突き上げて、ニッコリと口角を上げる。
そこで、ハッと気がつく。
「…………あ、見失いました?」
道の向こうに目を向けなおすと、ルイの姿が見当たらない。
「もしかして、私やっちゃいました……?」
頭を掻き、自分も急いで後を追うのだった。
◇ ◆ ◆ ◇
「――で、ここは一体?」
路地裏にある商店の立て看板に身を潜めて、眉をハの字に曲げる。
ここは、快晴の昼間だというのに全体的に薄暗い。路地が細すぎて、両脇の建物が太陽の光を遮っているのだろう。そのせいか、少しジメジメとして居心地が悪い。
「でも、どうしてルイさんはこんなところに……」
この路地裏に立ち並ぶのは、どれも怪しげな店ばかり。
「えっと、『占いの館 魔女の家』、『魔導書専門店 グリモア』、『呪い代行業者
どれをとっても怪しさ満点。うん、見なかったことにしよう。
すると、視線の先、ルイが小汚い古い建物に入っていくのが見えた。
「……『人材派遣会社 アットホームスタッフ』?」
建物の脇に立てられた看板を視線でなぞる。
ルイが入った後も、作業服姿の数人が出入りを繰り返しているのが目に入る。いったいこの建物で何が行われているのだろう。
(もしかして、各地のエリートたちが身分を隠して集結している、秘密の集会場なのでは……?)
それでなければ、あのルイが人材派遣事務所に入っていく理由がない。きっと、ここで精鋭たちの秘密の作戦会議が――。
ごくりと唾を飲み込み、喉を鳴らす。
少し躊躇しながらも、足音を殺しつつ事務所の中へ。入ると、すぐさま手前に置かれていた観葉植物の鉢植えに身を隠した。
見たところ、内装は普通の飾り気のない事務所。受付にもきちんと人が立っているところを見ると、ただのダミー会社というわけでもないらしい。キョロキョロと見回してみても特に怪しげなところはないし、どこで秘密の会議が行われているのだろうか。
「あっ、いましたいました」
ルイの後ろ姿に目が留まる。
ちょうど、受付のやぼったい感じの女性と話しているところだ。
(そうですよね。こういう秘密の場所に入るには、受付で『合言葉』を言うのが定番ですもんね!)
ちょっとワクワクしてきた。
じっとルイの背に視線を送り続けているが、目立っておかしな点はない。さすがは元・勇者。違和感を悟らせることなく作戦を遂行するとは……。
(そうですそうです。みんなが憧れる勇者は、いつでも誰かのために戦っているんです!)
喜びで身体を小刻みに震わせていると、ルイが事務所を出ていく。その手に一枚の紙を持って。
(え、秘密の集会場はここじゃないんですか……)
こうしちゃいられない。早く自分も後を追わないと。
だが、急いで立ち上がったのがよくなかった。ふらついた拍子に、隠れ蓑にしていた植木に躓いてしまった。
「へぶっ!?」
口から漏れ出る、何とも情けない声。ぶつけた鼻の頭がヒリヒリする。
鼻を擦って立ち上がると、足元に鉢植えの中身が散乱してしまっている。気づけば、事務所全体から冷たい視線が刺さっている。
「あっ……すみません、すみませんっ!」
何度も何度も頭を下げ、大慌てで鉢植えを元の位置に戻す。散らかった砂もしっかりとかき集めた。これで完全に元通りだ。さすが私、やればできる子ですから。
むんっ、と胸を張ってみせて、そこで思い出した。
「……そうだ、ルイさん!」
すっかり忘れていた。
もう一度頭を下げ、足早に事務所から飛び出す。
「はぁ、はぁ……ルイさんは……!?」
そんな遠くには行っていないはずだが……――。
素早く路地の左右へ視線を配る。すると、すぐに歩き去っていくルイの背中に目が留まる。
角を曲がってしまってすぐ見えなくなるが、どうにか見失わずに済んだ。これ以上離されないように早く追わないと……。
力強く頷くと、バックパックを背負いなおして駆け出した。
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