第32話 時に脱出
タカ派の研究機関には人の手によって作られた転移マーカーが存在していた。僕が魔王の計略によってそのマーカーを使って実際転移してみると、研究室内にいた関係者の一人が拍手して、次第にその場にいたみんなが拍手を続けた。
魔王も偉そうな態度で拍手している。
「見ろデュラン、このことはここに居る人達の悲願だったようだな」
中には込み上げた涙を手で拭っている人もいるようだった。
空島さんはそんな彼らを代表して、地面にこけていた僕の手を取った。
「素晴らしいよ佐伯くん、君の勇気ある行動は、ここの研究員をある種救ってくれた。さすがは大英雄と呼ばれた前世を持っているだけはあるね。もし、君が我々に協力してくれるのなら、地球の未来は明るいよ」
彼の発言の意味する所は、学生の身分の僕でもわかるような気がする。
もしも僕の力が解明されれば、車、電車、飛行機、船、スペースシャトルといった人間の移動手段、交通事情が大きく変わって来ることだろう。それはもう世紀の発明となる。
でも、タカ派の目的はアンドロタイトの侵略の阻止を提言しているはずだから。
地球内での転移は、タカ派の目的の過程にしか過ぎないようだった。
と、施設にいた研究員の一人が空島さんに何かを耳打ちしている。
「佐伯くん、君の毛髪や血液といった遺伝子データを調べたいそうだ。良ければここにサインをしてくれないかな?」
それは何十枚にものぼる誓約事項が記載された頭が痛くなる英文だった。
契約書の類に触れて来たことのない僕は、空島さんにこう申し出る。
「この紙面のことはさておき」
「駄目だ、この紙面に記載されていることがこれから君に頼みたい仕事の全てだ」
「じゃあせめて僕にも解かる言語で書いておいてくださいよ!」
「君は学校でも成績優秀な生徒なのだろ? このぐらいの英文読めるようになりなさい」
ぐぅ正論やめい。
その日、僕は施設内で魔王と一緒に少し散髪させられ。
魔王と一緒に血液を抜かれ、点滴を受けて。
点滴のあと、迎えに来た空島さんの奢りで美味しいものを頂いた。
今は空島さんの運転する車で、滞在先のホテルを目指している。
「空島さん」
「何だい佐伯くん」
「今日はご馳走に預かりありがとうございました」
「ああ、これぐらいどうってことないよ。ただ」
「ただ?」
「我々の活動資金にも、限界はある。今日の一件はスポンサーへのいいアピール材料になるだろう、が、スポンサーには二十年内に結果を出せなければ我々を放逐すると予め通達を受けていてね。今日はいい夢を見させて貰った気分だよ」
「それは……いいとして」
「よくない、我々の生活は君に掛かっているのだから」
くそう、中々言いたいことを言わせてもらえないぞ。
魔王は腹を満たして眠かったのか、僕の肩に顔を預けて寝ているみたいだし。
「……佐伯くんは、何のために学校に通っているのか考えたことはあるかな」
「一流大学に入って、いい待遇の所に務めるためですよ」
「君のいういい待遇って、給料の良さだったりするのかな?」
給料の良さだけを選ぶと、僕が前世の時から計画していたスローライフは出来そうにない。とにかく地球ではゆっくりと過ごしたかったんだ。キリコやミサキやジーニーと恋愛して、タイオウと時々遊んだりして前世の絆を大切にしつつ、生涯を終えられればいいと思っていた。
「今は君の学生生活を中断させてしまっているが、君が望むのなら学生に戻れるだろうし」
それにしたってキリコ達と同学年じゃないと、余り意味ない。
そう思うと、僕は地球で何をしたかったのかわかった気がした。
前世の仲間達との日常を大切にしたかったのだと思う。
「日本に帰してくれませんか?」
「それは出来ない」
……じゃあ、僕は僕の足で日本に帰る。
例え転移能力がなくなったって、僕は仲間の下に帰るよ。
滞在先のホテルに帰り、僕は寝た振りをして魔王の部屋へと向かった――コンコンコンと、魔王の部屋をノックする……でも魔王は出てこない、寝ているのか? なら今度は叩き起こすように強めに――ドンドンドン、と扉を叩いた。
すると魔王は扉にチェーンロックしつつ、僕と対面する。
「夜這いか?」
「冗談はいいよ、中にあげてくれないか」
「先に用件を言え」
「……僕は日本に帰る。そのためにお前の力を借りたい」
そう言うと魔王は一度扉を閉め、チェーンロックを外して再び僕と対峙した。
「何故今になって申し出たんだデュラン」
「お前が寝ている間、僕は自分がこの人生で何をしたいのか悟った」
「と言うと?」
「僕はアンドロタイトの絆を大切にしたかっただけだったんだ」
そのためにも、仲間が待つ日本に帰るんだ。
魔王は僕を不思議な眼差しで見詰めていた。
「その中に、私は含まれているのか?」
「……どう言えば、協力してくれるんだ?」
確かに彼女も、前世の時から知っていた仲だ。
けど今言った絆にあてはまるか、と自問自答しても、明確な答えは出せない。
相手は魔王だし、頭ごなしに否定してもいい。
けどそれはそれでどこか空しい。
「貸し一つだな」
魔王はそう言うと、手の平から臙脂色の焔を出した。
これは恐らく魔王がアルバイトしている漫画喫茶にあったものだ。
「私もお前と一緒に日本に帰る、今はまだ学生していたい気分だしな」
「お前にお礼は言いたくないけど、ありがとう」
そして僕は魔王の手を繋ぎ、臙脂色の焔に触れて理解した。魔王――かつては僕と命を削り合った宿敵、だのに、今の僕は彼女のことも、絆の一部だったと感じていることに。
しかし――
「……デュラン殿、やはり貴方の狙いは私の操なのではありませんか?」
僕は、魔王が持っていた転移マーカーが大浴場の女湯に繋がっているのを失念していた。転移先には銀髪の騎士であるモニカがやはり、裸姿だった。魔王はとっさに繋いでいた手を離し、何食わぬ顔で女湯を出ていく。
僕も素知らぬ顔で魔王のあとをついて行こうとしたけど。
「誰かー! 痴漢、痴漢が出たわよー!」
モニカ以外の利用客に見つかり、痴漢罪で御用となった。
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