第31話 時に人工転移マーカー
拝啓、母さんへ。
僕、佐伯イッサは勉強に疲れたのでつかの間の旅に出ます。
探さないでやってください。
何故なら僕の隣には将来の仲を誓い合ったマイハニーも同席しています。
彼女の名前は白銀ナデシコさんと言い、母さんには内緒でお付き合いしてました。
ですので、探さないでやってください。
僕はこれから彼女と共に人生を歩みます。
孫が生まれそうになったら、その時は顔を見せに来ますので。
母さん達におかれましては、その後末永く健やかに過ごしてください。
草々。
「とりあえず、佐伯くんのご両親に出す手紙はこんな感じでいいかな?」
「よかねーわ」
魔王と一緒にタカ派に誘拐されてから三日は経った。
僕は誘拐されたその日に国際線の飛行機に乗り、今は名も知れぬ海岸にいる。
ここがどこなのか、一つ言えるのは日本じゃない英語圏のどこかということだった。あの日所持していたケータイや財布と言った私物は全て没収され、みんなと連絡が取れなくなっている。
たぶん、仲間のみんな心配してるだろうな……。
そんな中、僕はと言えば魔王と行動を共にされて、肩が重い。
魔王は監視の目が光る中、長い黒髪をなびかせて白いビキニ姿で海岸の衆目を惹いていた。時折、魔王の下に海外のタフガイがナンパしに行くが、僕らの監視役がちくいちナンパを追い払っている。
海岸沿いの観光客の間で、僕と魔王はある意味有名になっていた。
「デュランは泳がないのか?」
「こっちの世界での僕は運動音痴なんだよ、水泳なんかむりむり」
「……ふぅん」
「なんだよその鼻に掛かった態度は」
「かつての宿敵の酷い体たらくに、どうしようか悩んでいただけだ」
どうしようかって、どうにか出来てるのなら僕はここに居ないよ。
「日本に戻りたかったら、いつでも言えよ。私とお前が協力し合えば状況を打破できる」
「その自信はどこから来るんだ」
と、海岸に備えられてあったサマーベッドに横たわり、魔王の顔を見上げると。
「それとも何だ、このまま私と添い遂げるか?」
「冗談言うのも大概にしろよ」
「冗談のような本気と言う奴だ、なにせ」
なにせ?
「魔王としての前世の記憶から言うと、私の伴侶になる器の持ち主はお前ぐらいしか見当つかない。逆に言えば、お前以外の男に用はない。仮にもしお前以外の男を必要とする時は、その時の私は相当溜まっているんだろうな」
魔王の清廉潔白とした外見は、言わば女神が与えた罰のように思えた。
だけど、魔王の考えは理解しているつもりだ。
確かに魔王の言う通り、僕達が協力し合えばある方法を使ってタカ派の手から逃げられるだろう。しかし……今の僕にその方法は、堪えるものがあるし、プライドに障る。
僕は魔王や、他のみんなと違ってアンドロタイトが嫌いだから。
「佐伯くん、そろそろ我々に協力する気になれそうかな?」
僕の心境を知ってか知らずか、タカ派の日本支部実行部隊の隊長の空島さんは僕に協力要請を申し出ていた。向こうは僕がアンドロタイトを毛嫌いしているという情報と、僕が転移能力を持っていることをすでに知っているみたいだ。
空島さんの打診に、隣に控えていた魔王がさらなる冗談を口にする。
「空島さん達に協力し、私と一緒にアンドロタイトを支配してみないかデュラン」
そう言う魔王の顔は満面の笑みを浮かべている。
「まぁ冗談だけどな」
「嘘吐け」
なんて言う風に、海岸沿いでまったりしている。
空島さんは僕の顔を見詰め、思案気だった。
「僕の顔に何かついてます?」
「……佐伯くん、実はだね」
「えぇ、実は?」
「我々は、君の力にどこか引っかかっているのだよ」
「僕の転移能力にですか?」
そう言うと、空島さんは口元に人差し指を当てている。
「君の力についてはうかつに口にしないこと。どこに敵の目があるのか判らないからね」
敵はおまいらのことだろ。
一体、いつになったら日本に帰れるんだ。
「仮に貴方達に協力するとして、何をするのか目的を教えて頂かないと」
「我々の目的はアンドロタイトの侵略を事前に阻止することだ。そのためには、アンドロタイトで不遇されている諸市民に手を差し伸べ、腐敗したアンドロタイトに改革を起こすことが最適解だ。君が協力してくれるのなら、我々は君の能力のメカニズムを知ることが出来る。つまり何も佐伯くんの手を借りずとも自由に向こう世界と行き来できるようにする」
はぁ、そうっすか。
結局はアンドロタイトと往来できるルートを確保するんじゃないか。
「……空島さんに協力すれば、家に帰して貰えるんですか?」
「もちろんだよ、何なら今日この後で我々の研究施設に行ってみないか?」
という感じに、僕はタカ派の拠点の一つである研究施設に向かった。
一見は都市部の近郊にあるフェンスで覆われた会社なんだけど。
正面入り口にはサブマシンガンを携帯した警備兵がいた。
日本じゃ考えられない物々しさに、魔王は血をうずかせていた。
「やはり、私は高校卒業と同時に空島さん達と合流することにします」
「白銀くんは我々の良き理解者となってくれそうだね」
「日本は、退屈なんですよ。元々魔王の前世を持っていた私からすれば」
魔王の野心は転生後も変わってない。
そのことに僕はうんざりとしている。
空島さんの案内で研究施設に入ると、僕は驚きの光景を目撃してしまった。
「驚いたようだね? ここの光景に」
空島さんは僕の反応を見て、得意気な声音を口にしている。
左と右の両面にガラス張りの研究室があって、白衣の研究員が部屋の中で『それ』のデータを取るようにモニターと睨めっこしている。しかも、『それ』は一つだけじゃなく、何十、何百もあった。
「これ、全て転移マーカーですか?」
「そうだよ、君の目にあれはどんな風に映ってるのかな?」
それは、青色の焔だった。
アンドロタイトへの転移マーカーと、色が違うけど、風土の問題なのかな? それよりも僕が着目する点は、転移マーカーが一か所に何十、何百と存在していることだった。
「青色の焔、か。後で研究班に伝えておくとして……早速使ってみせてくれないか?」
と言った空島さんの怪しい雰囲気は、かつて王城で僕を苦しめて来た貴族達と同じだ。
「何をためらってるんだい? 君が普段から日常茶飯事にしていることじゃないか」
「一つ聞きたいんですが、アンドロタイトでは、最近になって新しく魔王を自称する輩がいると聞きました。その魔王って、もしかして空島さんの関係者ですか?」
「いや、心当たりはあるようでないな。私のような研究者でもない個人の憶測に意味はないよ。元より、我々はアンドロタイトに行けた例がないんだ。転移マーカーを作ることには成功していても、実際にマーカーを使った転移のメカニズムはまだ知り得てないのが現状だ」
なんか情報がごちゃごちゃしているな。
僕の一つの質問に対し、空島さんは倍返しして来る。
「安心して欲しい、仮に転移できたとしても、行き先は隣の研究室のはずだ」
「へぇー……」
と言われ、僕は恐る恐る、その青い焔に手を触れようとすれば――ドン。
誰かが僕の背中を押して、体勢を崩しながら青い焔に触れてしまったので。
予め言われていた転移先の隣の研究室で、僕は前のめりにこけた。
その僕を見下ろしていたのは魔王だった。
「成功だな」
「もしかして、僕の背中を押して無理やり転移させたな?」
「優柔不断な態度は嫌いなんだよ、知ってるだろ?」
「知ってるわけがないだろ!」
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