第30話 時に誘拐
アイラート王に呼ばれて向かうと、僕はとてつもなく嫌な相談をされた。
王はアンドロタイトの人間を地球に派遣したい意向でいる。
それは何故?
「なぜ、地球にアンドロタイトの人間を送りたいと思っているのですか?」
「姉さんから聞いた話だと、地球の文明はアンドロタイトよりも数段先を行っているそうじゃないか」
「それでも、アンドロタイトにはアンドロタイトの良さがありますよ。王よ、失礼を承知で言わせて頂きますが、僕はアンドロタイトの人間を地球に寄越すことには断固として反対します」
でないと僕の安寧は崩れる。
両者の世界が交われば、アンドロタイトの文化が地球に入って来ると思うし。
アンドロタイトの社会だって、著しく変貌する可能性があった。
それは一概に喜ばしい内容ではなく、危険を孕んでいるだろう。
その時、僕はアンドロタイトの人間を招いた原因として責任を負いたくない。
この世界のために、佐伯イッサの人生を壊したくないんだ。
「では、そういうことなので僕達はこれにて失礼します」
と、勢いよく下がろうとした僕をガシっと止める仲間がいた。
「デュラン、私は王様の提案に賛成しますねぇ」
なぜだジーニー、なぜなんだ!
「言ってませんでしたが、地球の人間の極一部はすでにこの世界のことを把握してます。その極一部の人間の中にも派閥がありまして、大きく分けるとハト派と、タカ派の二つの勢力が存在します。ちなみに、私はハト派の幹部をやってますねぇ」
は、はぁ?
「キリコとデュランは覚えてませんか? 私が二人と出会った時のことを」
ジーニーがそう言うと、キリコは頭に人差し指を当てて記憶を辿っていた。
「確か、教室の割れた窓の下に隠れるようにしてたわね、貴方」
「あれはタカ派の人間から隠れていたのですねぇ」
そうだったのか、僕はそんなこと露知らず彼女を家に匿っていた。
もしかしたらそのタカ派に家を襲撃されていた可能性だってある。
「現状だと、ハト派の方が勢力大きいですが、タカ派の連中だって馬鹿じゃありません。ですからアンドロタイトの人間とのファーストコンタクトは私達、ハト派が先行しなければならないのです」
「そんな事情があったのね」
何事も鵜呑みし易いキリコはジーニーの話に納得しかけているようだった。
「騙されるなキリコ」
「って言うと?」
「例えジーニーの言ってることが本当だったとしても、僕達は関係ないんだ」
あくまで両極の世界の交錯を止めようとする僕を「ちょっと待った兄さん!」と横入れする弟がいた。
「兄さん、それは少し薄情じゃないか。転生前の俺達をここまで生かしてくれたのはアンドロタイトの人間だろ? 兄さんは個人的な私情で拒んでいるみたいだし、まるで子供みたいじゃないか」
ぐぅ正論やめい。
「俺の考えとしては、アンドロタイトと地球の架け橋の役目は他の誰にも譲れない」
「僕はタイオウのその意見はお前の生い立ちから来るものだと思ってる」
「どういう意味さ」
「タイオウは実家が営む町工場に新風起こしたいのかも知れないけど、言っちゃえば私利私欲なんじゃないか?」
「そもそも俺達以外は適役じゃないことなんだよ、それによって生じる利益は」
と、僕が仲間と口論し合っているとある人のため息が聞こえた。
「はぁ、みっともないなデュラン。お前に期待していた儂は失望を隠せない」
チャールズ氏だった。
チャールズ氏は出会った時から僕の正体に薄々気付いていたようだけど。
「チャールズさん、そんな風に言うのなら貴方がやってみせればいい。他もそうだ。自分にその力がないからって、何でもかんでも押し付けるな! 僕はこの世界の、そういった他力本願で、それでも貴族と民衆で格差があった所とか嫌いだったんだ……ってことで僕は帰る」
言いたいことは言った。
後はどうぞ、好きにしてくれ。
このことで例えどう思われようとも、僕は我慢できないんだ。
僕はその足で銀髪の騎士、モニカの部屋に向かい、臙脂色の焔に触れて一足先に地球に帰った。キリコの部屋に出ると僕は彼女を名残惜しむように玄関で靴に履き替え、家に向かって歩いていると。
「佐伯イッサくん、だよね?」
「えぇ、貴方はどこのどなたで?」
見知らぬサラリーマンに声を掛けられたかと思えば、彼は胸元から拳銃を取り出した。
「騒がず、ついて来なさい」
「……それ本物なんですか?」
「考えてみるといい、例え偽物だったとしても、君は今私から脅迫されていることに変わりはない。そんな相手が手にする道具が本物か偽物かなんてどうでもいいことだろ? 要は私は君をこの場で殺すことも辞さない危ない人間なのだということを理解しなさい」
もしかして、ジーニーが言っていたタカ派の連中か?
タイミングが良すぎる犯行だ、とすると。
あの中にスパイがいた可能性も考慮しておかないと。
僕は連れて行かれ、通りの路肩に停められていたミニバンに乗せられる。
「佐伯くん、平気?」
と、車中に連れ込まれた僕に声を掛けたのは魔王だった。
魔王は自身の正体を隠すように、僕を佐伯くんと呼んでいる。
「では出してくれ、それと本部に最優先事項を確保したと伝えてくれ」
僕をこの車に誘ったサラリーマンはそう言うと、取り出した拳銃を胸のホルスターに仕舞っていた。
「僕達をどうしようと?」
「君達は、それぞれアンドロタイトの前世を持っているね?」
「それと貴方達と何の関係があるのか聞いているんですよ」
「我々はアンドロタイトの世界による侵略を想定し、訓練された人間だ」
「……アンドロタイトの人間はいつ地球に危害をおよぼしたんですか」
問うと、魔王同等に冷徹な表情をしていた彼は返答に困っているようだった。
「私は今なんて言った? 侵略を想定し、と言ったんだ。実際に侵略されているのかなんて知る由もない。佐伯イッサくん、前世の時は大変なご活躍だったと聞かされているが、君、あの世界が嫌いなんだろ? 一体どこがどう嫌いなのか少し昔話を聞かせてくれないか」
……魔王を見やると、被っていた化けの皮はもう捨てていたみたいだ。
魔王は両瞼をつむり、膝の上に両手をおいて瞑想している。
「いいですよ、先ず何から聞きたいですか?」
「君の前世を一から十まで、何しろ先は長いよ?」
「もしかして国外に出るつもりですか?」
「それは無論秘密だ」
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