第26話 時に伝説

 タイオウが観客の大歓声を受け、控室に戻って来て。


「兄さん、もしかして気付いてた?」


 と言って来たので、即答した。


「一瞬で」

「兄さんとは赤い糸でつながってるからね、しゃーない」

「タイオウ、なんでこんな真似したんだ?」

「俺達の存在を知らしめるためさ」

「いや、だから、何で知らしめる必要があるんだ?」


 聞くと、タイオウは鼻白むように笑っていた。


「今流行りの自己承認欲求って奴だと思う、日本じゃ目立たないけど、アンドロタイトぐらい目立ちたいじゃないか」


 そんな理由なのか。


「僕はてっきり、お前が王都でナンパして、相手に闘技大会で活躍するとかって豪語して引くに引けなくなったと思ってた」


「さすがは兄さんだ、とにかくこうなった以上戦うしかなさそうだね」


 僕は逡巡していた。僕はいいんだよ、例え負けようがタイオウからアムリタを融通してもらえれば……けど、悩んでいるのはその思惑とはまた違った所で、何て言うのかな、僕のなけなしの闘争心が弟と手合わせしたく思っているみたいだ。


 弟も同じ心境だったと思う、それを証拠にタイオウの目は活き活きとしていた。


「佐伯イッサ選手、それからローグ選手、双方準備はよろしいですか?」


 この大会を自慢のリップサービスで盛り上げている審判が僕らにそう聞くと、タイオウは僕に手を差し伸べた。


「さぁ行こう兄さん、もう一度俺達の伝説を王都のみんなに見せるんだ」

「……わかったよ」


 して、僕達は手を取り合って大会の舞台にあがった。今から戦い合う僕とタイオウが手を取り合って戦場に出て来たことで、殺伐とした空気は熱狂に変わり、円状の舞台に丁度いい感じの陽射しがさして神聖性を体現させてくれた。


「さぁ! 様々な下馬評で開催前から大いに盛り上がっていた今大会! 観客である皆さんの予想は当たっていただろうか――否! 誰もこの決勝戦の対戦カードを予想出来なかったはずだ!」


 審判のマイクパフォーマンスもいい感じに興が乗っているようだ。


 タイオウと手を繋いだのって、いつ以来だろう。


 今居る場所が前世の世界ということもあり、やけに懐かしい気分だ。


「兄さん、お互いに悔いがないよう健闘しよう」

「そうだな」


 そう言うと、タイオウは繋いでいた手を離し、距離を取った。

 僕も正々堂々と、タイオウと戦うため、距離を取る。


「両選手の胸中にもはや恐れなどない、互いに互いをよく知る二人は今か今かとその時を待っている! 会場のみんなの準備はいいか!? 大会の結末を見届ける覚悟は出来ているか!?」


 審判の煽り文句に、会場の空気が割れんばかりの大歓声があがる。


 僕を応援する声や、弟を熱賛する声、様々な声が重なり合うなか。


「では第三回王都、格闘大会、その決勝! 今ここに、尋常に始めッ!」


 試合開始の合図が出ると、僕達は先ず真っ向から打ち合い――ドン! という音と共に大気を振動させる。打ち合った衝撃波が開場に居た観客の呼吸を一瞬止めて、先ほどの熱狂ぶりが嘘だったかのように静まり返る。


「力は互角っぽいね」


 つばぜり合いをしている中、タイオウはそう言って笑みを零していた。

 膂力は互角、とタイオウは言うが、強靭性は僕の方が数値が高いはずだ。


「このまま押し切る!」


 そう叫び、タイオウの剣を力任せに押すと、タイオウはのけぞった。


 そこで僕は高速で剣を離して、天に振りかざし、雷属性の魔力を剣に込めて放った。大気に群れていた静電気が一点に集中し、虚無から一撃必殺の雷撃がタイオウを襲う。


 すると、タイオウは一見倒されたように見えた。

 だがそれはタイオウが闇属性の魔力で作った分身で。


 タイオウは僕よりも上回っている俊敏性を活かし、背後から首を獲りに来る。

 この時、僕が上空に飛んで逃げたのは直感だった。


 眼下の地面ではタイオウが這わせた闇属性の魔力が充満していて、さっきしゃがむように避けていれば僕はタイオウの何かしらの技を喰らっていて、危ない所だっただろう。


「相変わらずやるね!」


 とタイオウが闇属性の魔力を活性化させると、闘技場の舞台は暗黒に飲まれた。

 その闇を払うように雷と光、二つの属性魔力を練り合わせた一撃を振り下ろす。


 闇は霧散して、タイオウが尻尾を出した。


 しかし、タイオウが――大英雄パーティーだったローグがそんな間抜けな姿を見せるはずはないと睨んだ僕は、眼下にいるあれはタイオウの分身だと気取った。その予感は的中し、タイオウは上空に飛んだ僕のさらに上を取り、渾身の回転攻撃を放っていた。


 回転攻撃を剣で受けると刃こぼれするので、僕は大地属性の結界魔法で防御し、地面に落下した後は攻め手を考案するためにタイオウから距離を取った。タイオウも次に打つ手を考えるように舞台の中央付近から僕を様子見している。


 観客席にいた一人が僕らの試合をこんな風に評論していた。


「なんだ、なんなんだこいつら! 人間じゃねぇ!」


 それまで僕らの力量に圧倒され、静観していた観客はその言葉を聞き、我も我もと驚きの声をあげる。


「すげぇー! すげぇぞ兄ちゃん達ー!」

「これが大英雄パーティーの本気!? なんて魔力量だ!」


 タイオウは再び湧いた歓声に、野心的な笑みを浮かべる。


「兄さんのせいで誤解されたじゃないか! 俺達の本気はこんなもんじゃない!」


 タイオウ……調子に乗りすぎだ。

 タイオウの大言壮語に乗せられて、張り切りすぎないようにしないと。


 僕はここに来る前、中嶋教諭に買い出しに行くと嘘をついて来ている。

 だから早々に決着させ、アムリタを持って日本に帰らないと。


 でも――ッッ! と、タイオウと剣戟を交わし合っていると、懐かしくて。

 ついその時間に浸りたくなる、いつまでも弟との思い出の中にいたくなる。


「時間も押して来たし、次でラストにしよう兄さん!」

「……もうこんな時間か、楽しかったよタイオウ」

「まださ! まだ試合は終わってない!」

「いや、終わろう。審判、佐伯イッサはこの試合を棄権する」

「なんだって!?」


 タイオウは驚く余り、僕に駆け寄って服を引っ張るが、潮時だと思う。

 ここで僕が棄権しないと、試合は延々に続いてしまうから。


 審判が試合を放棄した僕に近づくと、再度確認を取って来る。


「途中棄権で本当によろしいのですか佐伯イッサ選手?」

「えぇ、今回は光栄な舞台に立たせて頂き、ありがとう御座いました」

「では惜しいことではありますが、今大会の優勝者はローグ選手! 貴方が勝ち取った!」


 審判から優勝者の証として手を上げさせられると、ローグの顔は不満たらたらだった。


 まあ、何はともあれ、僕はようやくアムリタを手に入れた。


 大会後にタイオウからアムリタを融通してもらうのに条件付けられたけど、仕方ない。問題はアムリタを隠し味にしたチャールズ氏のカレーを、魔王が認めるかどうかだろう。


 これでも認めないのなら、その時僕は魔王に正義の制裁を下すまでだった。


 § § §


 土曜日、魔王のために用意した究極のカレー、アムリタのカレーを準備して僕は魔王を待った。


「魔王ってどんな感じなの兄さん?」

 しかし、この時僕が通う二年C組の教室には弟のタイオウと。


「きっと憎らしい顔貌になってるんだろうね」

 僕の恋人の一人で、召喚士のミサキ。

 それから仮装喫茶でゴシックメイドに仮装したキリコも同席していた。


「おそらく、奴はあと五分と経たずに来る。魔王は時間にうるさいっぽいし」


 魔王が時間にうるさいのは、これまで会った経緯から推察していたあいつの性格だった。模試の時も時間きっちりにやって来るし、一緒にアンドロタイトに行った時は僕よりも早く居た。


 魔王の性格なんて知りたくもないものだが、タイオウが魔王のある点に着目して言ってはいけないことを口にした。


「ふーん、俺思ったんだけどさ、魔王が美人なら兄さんと結婚したらどうかなって思うんだ」

 バカ、うかつなことは口に出すものじゃないぞ。


「そうなると、世界は真に平和になりそうだろ?」

「そうなる前に、君達はもっと努力すべきだと私は思うが?」


 タイオウが余計なことを言っていると、いつの間にか魔王がやって来ていた。


「私とイッサくんが結婚すれば、確かにこれ以上ない最強の夫婦が産まれ、強大な権力を共に手に入れるだろう。しかし、もしもそうなったら私が始めるのは世界征服の他ないと思う」


 魔王がご託を抜かしていると、キリコが前に出た。


「ご安心を、イッサと将来結婚するのはあたしなんだから、魔王なんかには絶対譲らない」


 キリコの深い愛情を目の当たりにしている中、ミサキが僕の手を取って。


「二人ともご愁傷様、イッサと相思相愛なのは前世も今も私だから」


 すると魔王は邪悪な笑みを零していた。


「デュラン、現状のお前の心を奪うのも、楽しそうだな。例のカレーは?」

「カレーはここに用意してある、けど勘違いしないで欲しい」

 僕達は魔王にカレーを用意するため、頑張ったのではない。


「いいから寄越せ、今度こそ、私が満足いくものだといいがな――っ」


 魔王はスプーンでカレーをすくい、カレーに含まれていた光る粒子を目にして笑った。その次に目を閉じて匂いをかいで、気持ちを高揚させると、カレーを口の中にぱくっと放った。


「……深い味わい、複雑ながらも調味料がそれぞれシナジー効果を生み、隠し味のアムリタが最後の決め手となって至高の逸品となっている。見事だデュラン。これこそが私が知るカレーだ」


「……よし、なら魔王はさっさとここから立ち去れ」


 魔王を毛嫌いするようそう言うと、タイオウが引き留めた。


「いいじゃないか、魔王が文化祭にいても。魔王、もしも一緒に回る相手いないんなら俺と回らない?」

「貴様はローグか? 大英雄パーティーの一人なら私としては歓迎する」


「オーケイ、なら今日は魔王のベッドの中までエスコートさせてもらうよ。じゃ、そういう訳で俺は行くね兄さん」


 タイオウ、お前女性だったら誰でもいいんだな。

 ある種尊敬するよ。


 すると、嘆息を吐いたキリコと、魔王を見送っていたミサキが僕の両隣に立つ。


「長かった文化祭も、これでようやく終わるのね」

「キリコは嫌だった?」

「嫌って言う程でもないけど、デュランとの婚期が伸びるのは嫌ね」

「心配しなくても、イッサと結婚するのは私だから」

「そこら辺の問題もおいおいなんとかしてかないと駄目ね、ってことでデュラン」

「文化祭デートしよ?」


 二人は僕の両隣でそれぞれ腕にくっつき、ありありと彼女達の恋心を伝えて来る。

 僕は二人に応えるように、ありがとうとお礼を口にして。


 その時になって初めて、今年の文化祭を思う存分漫喫するのだった。

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