第25話 時に決勝戦の相手は

「勝者、佐伯イッサ!!」


 王都の闘技大会はトーナメント方式で、全部で六試合あるらしい。

 僕が順調に三回戦まで快勝すると、闘技場にいた観客がざわつく。


「なんだあいつ、桁違いじゃねーか」


 ……ミサキの言う通り、アンドロタイトは平和になったものだ。円状の戦場から周囲三六〇度を見渡し、僕は特別観客席に向かって右手を天にかざした。特別観客席には王国の王と隣立つようにキリコがいる。


「優勝は頂いたも同然ね、イッサー!」


 キリコがざわつく会場の妙な静寂を切り裂くように言うと。

 観客は大歓声を上げていた。


 時に、こんな話をしよう。


 試合後、選手の控室に戻り、僕は決勝相手を睨んでいた。僕の視線に気づいたのか、覆面姿の男もこちらを見つめ返す。その選手がしている覆面は、魔王を崇拝するものだということ、本人はわかっているのだろうか。


 とにかく、決勝の相手は順当に行けばあいつだろう。

 すると僕の視線を銀髪の騎士、モニカがさえぎる。


 ミサキのように短くまとめられた髪は騎士としての嗜みなのだろう。

 騎士道にじゅんじる彼女の青い瞳は真っ直ぐに僕を見ていた。


「イッサ殿、やはり勝ち上がって来ましたね。次の相手は私です」

「よろしく」


 健闘を願うよう握手を求めると、彼女は黙って手を見詰めていた。


「……お手柔らかにお願いします」

「今の間は何?」

「何か? それよりもイッサ殿はやけにあの覆面を気に掛けていますね」

「あいつは強いよ、恐らくこの部屋にいる誰よりも」

「それって、貴方よりも?」


 モニカがそう聞くと、僕は回答を控えた。


「あの覆面は魔王崇拝者のものだけど、大丈夫だった?」

「え? え? ……え?」


 モニカもあの覆面が意味する所に気づいてなかったらしい。

 すると、彼女は慌てた様子で選手控室にいた警備兵に何か言い含めていた。


「イッサ殿、申し訳ありませんが、私は次の試合不戦敗になりました」

「え? いいの? 君は僕に借りがあるんだろ?」

「その借りは後日、返して頂きます。では失礼します」


 あ、あー……行っちゃった。

 彼女の動向に、覆面のあいつも焦っている様子だった。


 次の試合は不戦勝となると、会場に居た観客はどよめく。


「お、おい、今大会の大本命の騎士モニカが不戦敗かよ」

「佐伯イッサ……あいつひょっとしたら優勝するぞ」


 僕は一応舞台に赴き、観客に向けて勝利の証として手を振る。

 その姿に観客は大歓声をあげていた。


「やっぱり、デュランは特別よね」

「姉さんは、その後デュラン殿と上手く行っているのか?」

「そうね。とは、一概に言えないみたい。ライバルも多くてね」

「……姉さんさえ良ければ、俺の孫を紹介するよ」

「冗談はやめてくれるアイラート? でも、あんたが孫を持つようになったのか」

「今度、ひ孫が出来るそうだ」


 して五回戦目も圧勝すると、事件が起きた。


「「おぉ!」」

「勝者、デュランの恋人!」


 僕が決勝戦相手に見定めていたデュランの恋人とかいうふざけた名前の覆面が、本気を出したみたいだ。彼はこれまで僕がやって来てみせたように、試合開始直後に一撃で相手を倒す。


 それまでは実力を隠すようにひらひらと器用に相手の攻撃を避けて観察していたけど。


「審判! 折り入って頼みがある!」


 デュランの恋人は、審判にあることを打診するよう大声をあげた。


「何でしょうか?」

「俺の登録名は偽名だ! 今この場を以てして本当の名前で登録し直したい!」

「よろしい、その申し出受けましょう!」


 そして、彼はこのタイミングで覆面を脱ぐと、見覚えのありすぎる顔を曝した。


「俺の本当の名前はローグだ!! 王都のみんな、ただいま!」


 ローグ、それは僕の前世の弟の名前で。

 タイオウの前世の名前。


 結構、意外だったよ、タイオウとこの場で鉢合わせたことだったり。

 タイオウがあえて目立つように、覆面と言う演出をしてまで王都に宣言したのは。


 あいつは僕と同じで、目立つのは苦手だったと思う、だから意外だ。


 弟の過剰演出に、闘技場は今日一番の盛り上がりを見せているようだった。




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