第24話 時に勝利のキス

 闘技場で明日の大会の予選を少し見学したあと。


 僕はふと地球の時間を調べるようケータイを見た。

 ケータイは十六時半を示している……もうそろそろ帰らないとまずい。


 昨日みたく、キリコの父親から逃げ惑う羽目になる。


「二人とも、そろそろ地球に帰ろう」

「デュラン、私は今日はここに外泊します」


 ジーニーはアンドロタイトに泊って行くと言い、ミサキに宿泊費を要求する。


「泊って行くのはいいけど、明日はどこで待ち合わせる?」

「そんなのテキトーでいいじゃないですか、それじゃ二人ともシーユー」


 ……ジーニー、君も君で前世の時からあんまり変わってないな。

 猪突猛進というか、一心不乱というか爆裂ガールというか。


 雑踏の中に消えたジーニーを、ミサキは無表情で見詰めていた。


「邪魔者がいなくなったね」

「何とも返答し辛い」


 ミサキと一緒に王城に帰ると、正面入り口にチャールズ氏が立っていた。

 チャールズ氏は僕らを見つけると、手を上げる。


「チャールズさんって単なる料理研究家じゃなかったんですね」


「そうだとも、デュラン殿は覚えてないかもしれないが、儂は元々王家に従属する大臣の息子だった。現王であらせられるアイラート様の教師役でもあったし、色々と融通が利く」


 なるほど?


「お二人の目から見て、今のヒューグラント王国はどうだろうか?」


 チャールズ氏の質問に、ミサキは即答した。


「平和でいいんじゃないかと」


「なるほど、かつて弱小国だった王国と一緒に熾烈な争いを戦い抜いた貴方達らしい意見だと思う。だがな、儂の見解では、今この国は滅亡の危機に、再び曝されているのではないだろうか? デュラン殿も耳にしているのであろう? 最近また新たな魔王が誕生したみたいだと」


 ……チャールズ氏の言いたいこともわかるけど、結論から言えば。


「関係ないですね、僕達はもうアンドロタイトの人間じゃないんだから」


 そう言うと、チャールズ氏は感傷的な表情を浮かべた。

 だが、これが僕の本心だよ。


 僕はもう、国という存在に縛られたくはない。


「じゃあ、僕達はこれで帰りますんで。また明日」

「あ、ああ、明日は楽しみにしてるよ」


 ミサキの手を引っ張るように王城に入ると、銀髪の騎士が僕らを迎えた。


「お戻りになられましたか、デュラン殿」

「ええ、また貴方の部屋を使わせてもらいますね」

「どうぞご自由に、この城は貴方達が死守した場所なら、私からは何も言えることはありません」


 昨夜の一件があったからか、彼女の言葉には棘がある。

 なんとなくだけど、中嶋教諭みたいだと思った。


「ライア様は先に地球にお戻りになられました、ローグ様とジーニー様はどうなされました?」

「その二人は後から来ると思うけど、ジーニーは今夜はここに泊って行くってさ」

「然様ですか」


 という会話を交わしていると、転移マーカーのある塔の部屋に着いた。

 銀髪の騎士は僕とミサキの二人を部屋に通し、頭を垂れている。


 転移する前、僕は頭を垂れる彼女に振り返り。


「ちなみに貴方の名前は何て言うのかな?」


 彼女に名前を聞いてみた。


「モニカとお呼びください」

「わかった、僕のこともデュランじゃなくイッサって呼んで欲しい」

「イッサ? 了解いたしました、ではまた明日、お待ち申し上げております」


 して、キリコの部屋に帰ると。


「あ、ちょっと二人とも、タイミング悪い」


 キリコは下着姿で、制服から着替えている最中だった。

 ミサキが僕の目を手で覆い隠し「今の内に着替えて」と促していた。


「二人のデートはもういいの?」

「良くないけど、イッサはキリコの父親が怖いって」

「はは、気にすることないのに」


 って笑ってるけどさ、キリコの父親からされたことは一種のトラウマだ。

 奇天烈な言動で、娘に近づく男の器量を確かめる一環で逸物を……う! 股間が。


 その日、家に帰ると母さんから殴られた。


「無断外泊は止しなさいイッサ」

「すみません」

「キリコちゃん? それともミサキちゃん?」

「ん? 強いて言えば両方」


 僕は昨日、二人と行動を共にしていた、だからそう言っただけなのに。

 母さんは僕を再び殴り、女の敵、魔物、ケダモノとかって喚いていた。


 § § §


 翌日の木曜日、実はこの日は明日から始まる文化祭の準備期間として丸一日授業はない。その代り文化祭の準備はきっちりとしなきゃいけないけど、三年生になるとこの日は個人の選択で休むことも出来る。


「佐伯、お前が提案したロシアンルーレットカレーだ。しっかり準備しろよ」


 中嶋教諭はそう言い、僕におみ足を差し出す。


「……って私に何をやらせているんだ」

「知りませんよ! 今僕は何もしてないじゃないですか」


 中嶋教諭の脳のどこかに、例のバッドエンドの記憶が残っているようだ。


「イッサ、そろそろ行きましょう」


 A組からキリコが迎えに来た所で、僕は中嶋教諭に買い出しに行くと伝える。


「領収書を忘れるなよ佐伯、領収書が駄目ならレシートでいいからな」

「はい、じゃあ行ってきます」


 学校の正面玄関に向かい、シューズに履き替えて、一路キリコの家に。


 キリコの部屋は玄関のそばにある階段を昇り、二階の突き当りにある。元々この部屋はキリコの父親の書斎だったらしいけど、キリコが大きくなってから彼女の部屋として改造したらしい。


「キリコ、ちょっと着替えてもいいかな?」

「いいけど、ならあたしも着替えようかな」


 今日はこれから王都の闘技大会に出場するが、制服だと目立つし、何より破れたりしたら最悪だ。だから昨日、闘技場から帰る道すがら、僕はミサキと一緒に向こうの世界用の衣服を調達していた。


「えぇー、二人の分だけ? 何それずるい」

「まぁ、大会に出るのは僕だけだし。それにさ」


 白い麻布で出来た上着に頭を通し、その上にアンドロタイトの冒険家が着るような多機能ベストを着ける。下は胴元を紐で組む濃灰色のズボンと、地球のものに比べるとダサい。


「向こうの衣装って、ダサくない?」

「今さらね」


 一方のキリコは短パンにニーソックスと、向こうでは先ず見ない格好だった。


「じゃあ行きましょうか、とその前に」


 その前に? と聞き返す暇もなく、彼女は僕と唇を重ねていた。






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