第23話 時に物はいいよう
カレーの最後の隠し味、アムリタを手に入れるためとは言え、ここには戻って来たくなかったのが本音だ。ヒューグラント王国――僕やキリコ、弟のタイオウの故郷であるこの国にはさ。
王が僕達の素性を保証すると、両腕に掛けられていた錠を解かれた。
「チ」
昨夜、僕に倒された銀髪の騎士は耳元で舌打ちする。
その後、端を発したのは玉座に座っていた王だった。
「明日の闘技大会を楽しみにしているぞ、では大英雄との謁見はこれを以て終わるものとする。後は各自好きにするといい」
僕らは王から自由を与えら、ミサキが僕の腕に引っ付く。
「では私達はこれで、イッサ行こう」
「行くってどこへ?」
「久しぶりに王都でデート、いやだった?」
いやな訳がない、ロケーション以外は最高だ。
ミサキにうながされ、玉座の間から退室しようとすると。
「姉さん、少し私と話さないか?」
王がキリコを呼び止めていた。
「いいけど、何の用?」
「姉さん達が転生した国に興味があってな、私も、他の者も」
「あたしに説明しろって言うの?」
「それぐらいいいじゃないか、姉弟のよしみもあるしな」
「アイラート、貴方成長したと思ったけど、変わってないわね」
という訳で、キリコは王城に残ることになった。
王城の正面から堂々と出て行くと、タイオウが伸びをする。
「っあー、魔王を倒す旅に出てから色々あったけど、この感じは懐かしいね兄さん」
王都には多種多様な種族が通りを行き交っている。
エルフだったり、二足歩行の小動物だったり。
今の僕達からすればそれは異国の風景、中世のヨーロッパの街並みを少し発展させ、俗物化したかのような景観だった。王城を中心に六つに伸びる通りには露店が並んでいる。
明日は闘技大会が控えているからか、いつもよりも活気があるようだった。
ミサキはお祭りモードの王都を見詰めて、そういえばと言い始める。
「そういえば、折角の王都デートも無一文だね」
「そうだな、たぶん、今限定の美食があるんだろうけど、無一文じゃあね……」
「って思うじゃん? 私、デュランと初めて転移した時に入手したお金持って来てるよ」
「偉く準備がいいなミサキ」
「このくらい、なんでもないよ」
てくてくと現在の王都を観光するように歩いていると、タイオウの姿がなくなっていることにジーニーが気付く。
「デュラン、タイオウがいなくなってますよ?」
「ナンパしに行ったんじゃないのかな」
「彼も彼で変わりませんねぇ、ミサキ、あれなんかどうですか?」
と、ジーニーは街路にあった露店で売っていたデザートを示唆する。
「ジーニーのために使うお金はないから」
「何でですかぁ?」
「前世の時、貴方に一番迷惑掛けられたから」
「そんなぁ、薄情じゃないですかミサキ」
確かミサキは、キリコと僕と再会した時もそう言っていた。
彼女はキリコを邪見にし、意地悪するように冷たく当たる。
それが彼女のジェラシーだったのだと気づくのに、結構時間が掛かったもんだ。
「どうして笑ってるのイッサ」
「い、いや、なんでもない。それよりも二人ともちょっといいか?」
「何?」
「念のために、明日の大会に使われる会場を見ておきたいんだ」
なんでも僕らが亡くなったあと、王都に新設された闘技場があるらしい。
僕はなんとなしに今の方角に歩いていたわけじゃない。
王城から覗えた真新しい建物があったから、こっちに来ているんだ。
外観は六角形の巨大な城塞のような感じで、近づくにつれ歓声が大きくなる。
闘技場の入り口に着くと、警備兵のような男性から声を掛けられた。
「ようこそ王都の闘技場へ、今日は予選だから、一人銀貨三枚でいいよ」
「金をとるの?」
「当たり前だろ、でなきゃ闘技場の経営が成り立たないって」
「いいかなミサキ?」
聞くと、ミサキはがま口の財布を取り出した。
「その財布、買ったの?」
「アンドロタイトのお金を持つのはこれの方がいいかなって」
して、ミサキは三人分の観戦チケットを銀貨九枚と交換する。
警備兵はチケットを渡すと、朗らかな笑顔で僕達にたずねた。
「にしてもお前ら、不思議な格好してるな。どこから来たんだ」
「まぁ、遠い所からですよ」
「だろうな。ひったくりには気を付けろよ」
僕達の制服姿に、アンドロタイトの人間は口々に聞いて来る。
今度からアンドロタイト専用の服を調達しようかな。
一々聞かれるのも面倒だし、彼らの言うように、この格好は目立つ。
闘技場の入り口から階段を伝い、外壁に覆われて見えなかった中に入った。
円状の戦場で、二人の男女が鎬をけずりあい。
魔法壁で守らるように居た観客が、大歓声を上げている。
「行けデュラン!」
んぉ? 呼んだ?
というのはほんの冗談で、今闘技場で戦ってる一人の名前がデュランらしい。
「そこだイザベル!」
それで、デュランの相手の名前はイザベル。
ミサキの前世の名前だった。
「プ、ハハハハ、デュランとイザベルが戦ってるみたいですねぇ」
その光景にジーニーは笑っている。
そこであることに気づいたミサキが、僕らに教えるように指差した。
「あそこ見て、今回の対戦表みたいだけど」
円状の戦場の脇に、今回の予選の対戦表が載っていたのだが、左からデュラン、デュラン、イザベル、ローグ、ジーニー、オズワルド、デュラン、デュラン、デュラン……デュラン多すぎぃ!
「アッハッハッハ! デュランは一体何人いるのですかぁ」
ジーニーはその事実に爆笑していた。
「聞いた話だと、アンドロタイトでは大英雄の名前を付けるのが流行ってるらしい」
「そうだったのですねぇ」
周囲で熱狂している観客とは違い、僕達は戦場をぼーと眺めている。
はっきり言って、今戦っている二人は弱い。
予選とは言えあの二人が平均的な選手のレベルなら、明日は楽勝だろう。
ミサキはその事実に、こう口ずさんでいた。
「よかった……」
「何が?」
「この世界が、すっかり平和になったみたいで」
なんとなしに眺めていた光景は、言い換えれば平和になった証拠だったみたいだ。
物は言いようとは、このことだと思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます