第12話 時に真心

 ジーニーが我が家に居候し始めて、時間が加速したかのように月日が経った。

 マズい……! と切羽詰まった夜も、ジーニーはベットに寝そべり漫画を読んでいた。


「日本の漫画は面白いですねぇ」


 ジーニーは毎日のように僕のベットに横たわって漫画を読んでいる。

 日本のサブカルチャーが世界でも高水準にあるのはわかる。


 僕が思うに、日本人は時に凝り性なんだ。

 物作りに対する情念は様々だと思うけど、日本人は基本的にこだわる性質にある。


 僕も転生し、彼らの一員になれたことを誇りに思う、それはそれとして。


「ふ、ふしゅー、ふ、しゅー……!」

「どうしたんですかデュラン? 息遣いが変態になってますよ?」


 僕は今、もの凄く焦っている。

 明日はもう文化祭当日で、僕が策定した目標の進捗率は二〇%程度。

 僕は今まで何をやっていたのか、頭を抱えている。


「逃げたい」

「何からですか?」

「明日の朝日から……!」

「ワォ、それは中々に不可能な逃避ですねぇ」


 明日になったら、僕はどんな顔をして登校すればいいのだろう。

 人一人の力など、宇宙の偉大さに比べれば塵屑だ。


「デュラン、落ち着いてください」


 机に向かって懊悩おうのうしていると、ジーニーが僕の後ろから手を回す。

 転生した仲間の中で誰よりもプロポーションのいいジーニーのおっぱいが背中に!


「人生なんとかなりますよ、ここはアロンダイトと比べてイージーですから」

「いやでも」


 彼女の赤毛がモニターの光に当たって綺麗に透けている様に、僕は一瞬気を取られた。綺麗な髪の毛だな、と口にすると、モニターに鏡面反射していたジーニーの口元は落ち着いた笑みを見せている。


「寝ましょう、どうせその調子なら、今さら何をやっても無駄ですよ?」

「く、君の言う事はもっともだ」


 今回は諦めて、寝よう。寝てしまおう。


 翌朝、目が覚めると僕とジーニーは隣り合うようにして寝ていた。

 先に目が覚めた僕はジーニーの寝顔に手を添え、彼女を慈しんだ。


 さてと、今日はいよいよ迎えた地獄の日だ。

 隣で寝ているジーニーのおかげもあって、覚悟は出来ている。


 さぁ中嶋教諭よ、後は僕を煮るなり焼くなり好きにするがいい!


 意気込んで登校し、教室に向かうと、いい匂いがした。

 これは日本人の国民食とも言われている、カレーの匂いだ。


「来たか佐伯、遅かったな」

「中嶋先生、それからみんなも」


 教室に向かうと、C組の面々が勢揃いしていた。

 僕が一歩遅れて教室に入ると、中嶋教諭が前に出る。


「……先ずは謝りたいんだ佐伯、一時の感情に身を任せ、お前を追い詰めてしまったことを。先生は教師として、あるまじき態度を取ってしまった。あれからお前の動向を、お前のお母さんなどに探りを入れて聞いていたが、昨晩はずいぶんと魘されてたみたいだな?」


 昨晩は……ジーニーと寝ていたけど、それ以外の日は魘されてたかもしれない。

 それよりも、中嶋教諭が頭を下げるのなら、こちらも礼儀をつくさないと。


「先生、僕の方こそすみませんでした。あんな啖呵切っておいて、結局計画していた文化祭の出し物は間に合いませんでした」


 腰から直角に頭を下げると、中嶋教諭は僕をハグした。


「大丈夫だ、概ねそうなるだろうと、私達は見越して、我が校伝統のカレーを予め用意しておいたから、今年の文化祭はこれで行こう」


「っ、先生、ご迷惑お掛けしてすみません」


「いいんだ佐伯」


 雨降って地固まるとは、正にこのことじゃないだろうか。

 僕は今までの人生において、これほど美しい師弟愛は見たことがないと自画自賛する。

 中嶋教諭と、C組のみんなが用意してくれたカレーは、真心こめて販売しよう。


 つまり、今年の二年C組の出し物は題して――真心カレーだ!!

 ケータイを見ると、弟のタイオウからDMが届いていた。


『兄さん、あれからどうなった? 明日はミサキちゃんとジーニーと一緒にそっちの文化祭に遊びに行くんだけど……まさか、文化祭の準備に間に合わなくて結局兄さん一人で女装喫茶(停学コース)なんて落ちじゃないよね?』


 うむ、今回はタイオウにも心配をかけてしまったな。


『心配しなくても、クラスのみんなが挽回してくれた。僕は一生、彼らの奴隷だ』

『ワロタ』


 タイオウに送った返信は比喩だけど、あながち間違いじゃない。


 何故なら文化祭が始まると、中嶋教諭は仕事といって立ち去り。

 残されたC組は「誰が売り子やるんだ?」との疑問を覚え。

 クラスの視線が僕に集中、結果的に僕が売り子をやることになったんだ。


 教室の後ろの出入り口に長机を張り、カレーを陳列。前の入り口は関係者の出入り用として扉を閉める。僕はクラスに用意された総合百杯のカレーを、売りさばこうと文化祭の開始を待った。


 するとA組から仮装したキリコがやって来る。


「デュラン、なんとかなったのね」

「おかげさまで、C組のみんながカレーを用意してくれていた」


 キリコのクラスの出し物は仮装喫茶だと聞かされていたが、キリコの格好を見るに、メイド喫茶なのかな? キリコは黒を基調としたゴシックドレスに白いエプロンを着ている。


「で? デュランの空き時間はいつなの?」

「特に決まってないけど、カレーが売り切れになったらかな?」

「なんてことなの、そしたらあたしと文化祭デート出来ないじゃない」

「大丈夫、このカレーにはC組の真心がつまってる、きっと売れ行きもいいはずだ」


 それよりも、キリコや、明日来校するミサキ達には注意しておきたい。


「文化祭の時はみんな浮かれてるからさ、しつこいナンパとかあったら言ってくれよ」

「んー、大丈夫じゃない? それよりもあたしの格好どう?」

「似合ってるよ、アンドロタイトの王城にいたメイドさんみたいに」

「まぁ、この衣装はアンドロタイトのものをイメージしたのよね」


 キリコはさすがはデュラン、お利口さんねと言い、僕に軽くキスをする。


 キリコの前世は王族の出身だった。前世の時の気品にあふれていた彼女は、王族の義務感によるものだったらしいが、今のキリコは肩の荷を下ろしたかのように、積極的だった。


 そんなキリコに、僕は感謝している。

 僕を大事にしてくれる彼女の気持ちが、以前とは違い態度に出ているのだから。


 キリコのために、僕が今出来ることがある、それは――


「とりあえずキリコ」

「何?」

「カレー買って行かないか?」


 真心を込めて、カレーを彼女に売ることだった。

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