第11話 時に居候

 ジーニーと再会した日、僕は文化祭の作業を家に持ち帰ることにした。

 家に帰る前、予め母さんに大事な話があるとメッセージを送ってから、帰宅した。


「ただいまー」

「うむ、よくぞ帰って来たわね……そう、イッサはキリコちゃんを選んだのね」


 僕がキリコとジーニーの二人を伴って帰り、居間にあがると母さんは早合点したようにそう言っていた。

 前言しておくけど、違いますよ?


「まぁ座って三人とも、今お茶出すから」

「ありがとう御座います小母さん、ジーニーもお礼しなさいよ」

「サンキューマム」


 ジーニーの英語の発音は比較的ナチュラルで、聞いた限りだと彼女はアメリカ出身らしい。


「どういたしまして、所でイッサ、その新しい子は誰なの?」

「彼女は僕とキリコの共通の知人で、帰れる家がなくなったらしくて」

「あら、それは大変ね。粗茶ですがどうぞ」


 キリコとジーニーは差し出されたお茶にそれぞれ口をつけた。

 猫舌のキリコはふーふーと吹いてからちびりと飲み。

 ジーニーは腰に手をあててぐいっと一気に飲み干す。


「いやー、渇いた喉が潤っていいですねぇー、おかわりいただけますか?」

「はいはい、でもその前に」


 と、母さんは空いていた席に座り、真剣な眼差しを取る。


「キリコちゃん、本当にイッサでいいの?」

「何がですか小母さん」

「こいつ、ぶっちゃけ甲斐性ないわよ?」


 どいつもこいつも、どうして僕の風当たりが強いんだ。


「僕とキリコは甲斐性とか関係ないんだ、ただ相思相愛で、お互いに大事にし合ってる」

「じゃあミサキちゃんは捨てるのね、可哀想、あの子が嫁に来てくれるの、楽しみだったのに。ああキリコちゃんをけなしてるって訳じゃないの、キリコちゃんにはいつも助けられてるから感謝してるわ」


 この八方美人クソババア!

 母さんに憤っていると、ジーニーは自分でお茶のおかわりを注いでいた。


「修羅場ですか?」


 そこでキリコも母の勘違いを察したようだ。


「ちょっと小母さん、冷静になって、あたし、イッサくんとの結婚はまだまだって感じで、今回小母さんに頼みたいのは、もっと別の話なんです」


「何よ二人して改まって、結婚の話じゃなかったら大事な話って何なの?」

「この家にジーニーを居候させてやってくれませんか?」


 キリコから母さんに頼み込むと、僕はまた妙な違和感を覚えた。

 学校でも感じた、蜃気楼を追っている、あの感覚。

 思考が低下して、身体に嫌な感じの電流がちりちりと走っているような。


「別にいいわよ? どのくらい居候したいの?」

「っ、母さん本当にいいの? 部屋はどうするんだ?」

「空き部屋はないからねぇ、イッサと同室でいいんじゃない? ジーニーさんさえ良ければだけど」


 嫌な予感がするぞ。

 魔法廃人のジーニーの性格が以前通りなら、彼女は明け透けに物事を言う。


「問題ないでぇす、私は彼とすでに肉体関係ですから」


 ジーニーがそのことを暴露すると、母さんは呆れを通り越して鬼になった。


「貴様、もはや生かして返さん」

「誰の真似だよそれ」

「格闘ゲームの修羅の一人よ、そのキャラクターの一撃必殺技があってねぇイッサ」


 すると母は影をともなってゆらりと僕に近づき。


「主婦獄殺!」


 そう言い、僕の胸ぐらを掴んで何回も平手打ちを繰り返した。


 § § §


 ジーニーはその日から僕の家で居候生活を始める。

 彼女は生活用具を持ってなかったので、とりあえず僕のを借りて暮らすことになった。

 僕が自分の机で作業している中、ジーニーは僕のベットで漫画を読み漁っている。


「ジーニーの女神の恩恵ってなんだった?」

「魔法を極めたいってお願いしましたー」

「その結果、魔法は極められた?」


「えぇまぁ、でも魔法の極意に辿り着くと同時に、以前のようなパッションがなくなってね。正直、あんな恩恵を願うべきじゃなかったって思ってる……イッサの恩恵はなんでしたか?」


 彼女は紺色のパジャマ姿でベットの上で両足を交互に動かしている。

 その光景に、心なしか嬉しくなった。


「僕の恩恵はアンドロタイトの世界に行ける代物だった」

「それマジ?」

「本当だよ、機会があれば一度連れてってあげるから」

「絶対連れてってくださいよ、なんでもしますから」


 ん? 今君何でもするって言ったよね?

 ジーニーと談話し、心を満たしていると、居間から母さんの声がした。


「ジーニーさん、ちょっと降りて来てもらっていい?」

「はーい、マム、なんですかー?」


 部屋の扉を開け、階段をトントントンとジーニーは降りていく。


 僕はパソコンに向かい、ネットで文化祭の出し物についての調査を再開させる。ネットは便利で、どんな質問でも投稿することが出来て、有識者が回答寄越してくれる掲示板がある。


 僕はそこに早速今日の出来事を割愛して書き、中嶋教諭を見返すような出し物はないか意見を募った。


 すると十分後――某高校のモンスター教諭というハンドルネームの人が回答してくれた。


『先ず、先生に対して日ごろの感謝を忘れないようにしましょう。質問者さんはすでにご存知かもしれませんが、学校の先生という業務は非常にブラックです。それでも彼女達は社会に欠かせないエッセンシャルワーカーとして、日夜プライベートの時間を削って仕事しているのです。聞いた限りですと、その先生は熱心な方ですね。質問者さんも少しは彼女のそういった背景を汲み取り、配慮してあげればいいと思いますよ。いくら先生が鬼だからとはいえ、他人のことをモンスターなどと揶揄してはいけませんよ』


 おいおいおい、これはどうすればいいんだ。

 返信に困るぞ……えっと、先ず。

 この回答者は、十中八九、中嶋教諭ご本人だと思うのだが?


 だって僕は投稿文の中に、一言も中嶋教諭にモンスターと言ってしまったことを書かなかった。


 あの人、自分を棚にあげるだけあげて、僕を封じ込めるつもりなのだろうか。

 中嶋教諭のストーカー疑惑を想起していると、タイオウからDMが届いた。


『兄さん、ジーニーが見つかったんだって? やったじゃないか』

『キリコから聞いたのか?』

『そうだね、この調子でオズワルドも見つかるといいね』

『まぁそうだな。所でさ、タイオウの学校で一番盛り上がった文化祭の出し物って何だ?』


 タイオウは共学ではあるが、工業高校に通っているから極端に男女比率が傾いているらしい。タイオウの実家は町工場で、高校卒業と同時に実家の町工場への就職を決めているらしいのだ。


 だからかも知れない、タイオウがアンドロタイトに妙に行きたがる理由は。

 アンドロタイトの資源を自分の工場で直接買い付け出来るようにしたいんじゃないかな。


 それはそれ、今は僕の文化祭問題を解決することが先決だ。


『文化祭で一番盛り上がったのは、女装喫茶だったと思う。あるクラスの男子が本気で女装したいって言いだして、女装喫茶やったらしいんだけど、結果的にそのクラス全員停学処分になってたね』


 は?


『何があったんだ?』


『女装喫茶までは学校も認可してたんだけど、どうやら女装した男子全員ノーパンだったらしくて、メニューの中にお色気サービスプライスレスっていう項目を出してて、それを選ぶとスカートをめくって男根を見せつけていたらしい』


 恐ろしいな、日本の学生による若気の至りって奴は。

 もし、それをアロンダイトの厳格な場でやっていたら死刑だぞ。


『分かった、ありがとう。何の参考にもならなかった』

『どういたしまして、兄さんが停学になったら、お見舞いに行くからさ』

『分かった、ありがとう。絶対女装喫茶はしない』


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