第10話 時に文化祭

 模試が終わったあとの翌週の水曜日。


 担任の中嶋教諭は本日最後の授業となるホームルームを使って、黒板に書かれた内容に笑っていた。


「猫喫茶? 確かに猫喫茶は癒されると思うけど、学生の文化祭でやる品目としてはどうだろ。この調子だと先ず実現可能なのか不可能なのか、考えることから始めなきゃならないぞ」


 この学校に、文化祭の時期が迫っている。

 僕のクラスは水曜日のホームルームを使い、文化祭の出し物を決めている最中だ。


 クラスメイト達の間でさまざまな声が聞こえたよ。


 例えば劇にしておけば苦しいのは一瞬だと言う声や。

 劇のような見世物をやるには度量がないと言う声。


 クラスはとりあえず多数決で出し物を決めようと提案されたものに投票し、一番が猫喫茶という結果だった。担任の中嶋教諭はあくまで生徒の自主性を大事にしたいとの意向で横から口をだすだけだった。


「佐伯、普段から問題児のお前が先導したらどうだ」


 中嶋教諭がそう言うと、クラスから笑い者にされる。

 彼女はどんな感情で僕を晒しものにしたのか、少し心が病む。


 クラスの文化祭実行委員の深本さんが、「じゃあ佐伯くん」と僕を指名して。


「文化祭の出し物はどうしたらいいと思いますか」


「僕はクラスで一丸となって現代日本が抱える社会問題をテーゼとした研究内容を発表したらいいと思う。みんなだって、今の世の中の不景気はどうかしてるって思ってるんだろ? 僕達はいずれ直面する就活氷河期に向けて、今の内から対策を講じておくべきなんだ」


 と打診すると、深本さんの表情は死んでいた。

 中嶋教諭は深本さんの隣に向かい、肩を抱く。


「佐伯くん」

「何?」

「文化祭の時ぐらい、肩の力を抜いた方がいいと思う」

「僕のはあくまで提案の一つだから」


 じゃあ、クラスの出し物は何にすればいいのか。

 僕の発言を機にクラスは黙ってしまう……なぜ?


「佐伯」


 僕の名前を呼び、沈黙を破ったのは中嶋教諭だ。


「お前は社会問題に対策を講じる必要があると言ったな?」

「ええ」

「じゃあこのクラスを一つの社会とした場合、問題なのは何だ?」

「……?」


「わからないか? 猫喫茶をどうやったら実現できるか、ってことで、もっと言えばたった今クラスの問題となっている出し物をどうやって実現するかってことだろ? お前の言っていることは立派だよ、一見はな。猫喫茶の実現は国が抱える社会問題の前に、お前が直面した現実だ」


 中嶋教諭のいう事は一々心に刺さるな。

 モンスターみたいな人だけど、普段の言動は教師の鏡だと思う。


「そこまで考えての、別の提案だったのなら私は何も言わない。社会問題を研究するのもいいが、先ずは猫喫茶がどうして駄目なのか調べて、意見を出し合ってみたらいかがなものだろうか」


 中嶋教諭の演説染みた意見を聞いた一部が、そうだそうだ! と声をあげている。


 わかりましたよ、猫喫茶が何故駄目なのか調べればいいんでしょ。


 一番の問題なのは文化祭が終わった後の猫の取り扱いとかになるのか?


「まぁ倫理上やら、学校の設備上の問題で、猫喫茶での開催は先生が許可しない。残念」

「ふざけんなモンスター!」


 ……あ、また言ってしまった。

 僕にモンスターのレッテルを張られた中嶋教諭は、青筋を立てていた。


 § § §


 放課後になると、A組のキリコが学生鞄を持ってやってくる。


「イッサ……イッサ、どうしたの? もしかして凹んでる?」

「キリコか、僕はもしかしたらこの世界が肌に合わないのかもしれない」

「何があったの?」


 僕はホームルームの出来事を伝え、中嶋教諭に悪態をついたてんまつを語った。


「ホームルームで中嶋教諭をモンスターと罵ったら」

「なんでそんなこと言ったの?」

「そしたら、めちゃ激昂された上に、文化祭はお前一人でやれと無茶振りされた」

「それで……?」

「悔しいから、中嶋教諭に受けて立つって豪語したら、クラスのみんな帰って行った」


 人間、薄情な時はとことん薄情だよ。

 文化祭実行委員の深本さんは中嶋教諭におびえて職務放棄しちゃったし。


 やっぱりあの人はモンスターで相違ない。


 全ての事情を聴き終えたキリコは、すました表情だった。


「じゃあ、一人で文化祭やるの?」

「一人でやれる文化祭の出し物って何かありそう?」

「さぁ? 手伝ってあげたいけど、あたしも中嶋先生が怖いし」


 文化祭は再来週の週末の金曜日と土曜日の二日間開催でおこなわれる。

 金曜日は学内だけで、土曜日は学外の人も入れる。


 他校に通うミサキやタイオウを文化祭に招待してある手前、なんとかしないと。

 どうせなら中嶋教諭を見返してやりたいしな。


「キリコは先に帰ってていいよ、僕はしばらく一人で文化祭の準備してると思う」

「そんな訳にもいかなわいよ」

「でも手伝ってくれないんだろ?」

「えぇそうね、だって、これはデュランが引き受けた中嶋先生との勝負だしね」


 しかし、この勝負に勝ってもあのモンスターは頭一つ下げやしないだろう。

 だからと言って僕があのモンスターに頭を下げるのはしゃくだ。


 キリコは僕が作業する姿を見つつ、ケータイを使って退屈を凌いでいた。


 教室の窓に夕日が射し込み、僕はふと、その西日が気になった。

 なんだこの違和感……キリコの方を見ても、ケータイを弄っているだけだし。


 僕だけが、蜃気楼を追っているような感覚だ。

 ――ガシャン!


「ん? 何、今の音」


 唐突に上がった金属音に、キリコはケータイを弄るのをやめた。


「隣の教室から鳴ったよな?」

「ちょっと気になるし、様子見に行ってみるわ」

「不安だから僕も行くよ」


 キリコについて行く形で隣の教室に向かうと、見知らぬ女子が窓ガラスの下で身を隠している。赤い髪の毛と、メリハリのある体の肉付きはよく、日本人とは違う。キリコがその彼女に向けて。


「貴方、誰?」


 と問い質していた。

 彼女は唇に人差し指を当て、片目を閉じて微笑んでいた。


「少しの間だけ、黙っててね」

「つまり痴漢泥棒って叫べばいいのね? オーライ」


 キリコは人見知りする癖があるな。

 たしかに彼女は僕の目からみても不法侵入者にみえるよ?


 けど、愛着が持てる素敵な女性だと思った。

 よくよく見ると左手首を怪我している、けっこう出血量が酷い。


「僕、保健室の先生呼んで来るよ」

「その必要はないんじゃない?」


 キリコは僕を制止する、なぜだ、キリコにだって彼女の血が見えているはずなのに。


「だって、この子、ジーニーよ?」


 ジーニー?


「それって魔法廃人だった僕らの仲間の?」

「私のこと知ってるのですか? 二人は誰?」


 すると彼女はキリコやミサキ、タイオウと再会した時と同じ感じだった。

 自分の前世のことを知っている相手に遭遇し、すぐさま聞き返す。

 キリコはジーニーに対し、自己紹介していた。


「私はライア、それでこっちに居る眼鏡掛けた男子がデュランよ」

「……証拠は?」

「いずれわかるわ、その後変わってなさそうね、ジーニー」

「証拠がない以上、二人をライアとデュランって認めないです。でも、久しぶりですねぇ」


 ジーニーは独特な感性の持ち主だった。

 魔法廃人である彼女らしい一面だと僕は思った。


「聞くけど、どうして隠れてるんだ?」

「隠れてる時にそんな質問寄越さないでください、これは命を賭けたシーンなのです」


 キリコはジーニーの言いぶりに肩をすくめる。


「まるでそんな風に見えないけど、貴方だったらありうるわね」

「それは良かった、とりあえず追っ手は撒けたみたいだし、二人に折り入って頼みがあります」


 なんだろう? キリコと二人してジーニーの頼みとやらに耳を貸す。


「ほんの数週間だけでいいので、私をどっちかの家に居候させてくれませんか?」

「ああ、私の家は厳しいから無理だけど、デュランの家だったらいけるんじゃない?」

「そうなんだ、じゃあ今日からよろしくお願いしますね、デュラン」


 とんとん拍子で決められちゃったけど、僕の家に居候するかしないかの前に、言っておくべきことがあった。キリコはもはや矯正しようがないから諦めているとして。


「僕の名前はデュランじゃない、佐伯イッサだ」

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