第3話 時に帰宅
「ただいま」
「お帰りなさい、ってどうしたの二人とも、服が泥だらけよ?」
異世界アンドロタイトから帰還できたのはいいものの、僕達はくたびれてしまった。
母さんが僕達の衣服に付いた土汚れを気に掛けている。
「これはその、向こうで汚しちゃって」
「イッサはいいとして、ミサキちゃんをその格好で帰す訳にはいかないわね。イッサ、ミサキちゃんのご両親に今夜も泊っていくよう伝えなさい。これは我が家の沽券に関わるから」
「母さん、勝手に決めちゃってるけどさ、ミサキはそれでよかったか?」
隣にいたミサキに聞くと、ミサキは母さんに向かって親指を立てていた。
僕とミサキは、向こうの世界で一悶着起こしてしまった。
僕達が飛ばされた転移先の廃墟を根城にしていたハルピュイアを一掃し。
恐らくハルピュイアが人から奪った金銀財宝を、持ち帰ってしまった。
ミサキはこれを換金すればしばらくはお金に困らないね、と、やや暢気だ。
とりあえず母さんに見つからないように、財宝が詰まった麻袋は上手に隠した。
その後、僕達は二階の居間でお茶を飲み、一息ついていると。
「イッサ、相談があるんだけど」
そう言うミサキの湯飲みには茶柱が立っていた。
「何?」
「アンドロタイトの件は、しばらく黙っておかない?」
「なんで?」
「あの世界のこと、みんな基本的にあまりよく思ってないでしょ?」
「……」
ミサキの言うみんなとは、前世の仲間のことだ。
僕があの世界の封建制度に疲れていたように、他のみんなもあんまりいい印象はないんだ。そのことはミサキの口から聞かされて初めて知ったような内容だったけど、なら彼女の言う通り、アンドロタイトの件は黙っておこう。
だけどその日の晩、前世の時の弟――四ノ宮タイオウから以下のようなDMが届いた。
『兄さん、ミサキちゃんと一緒にアンドロタイトに飛ばされたんだって? 大丈夫?』
タイオウは前世の時から気の優しい奴で、自慢の弟だ。
『大丈夫、相手はハルピュイアだけだったし、魔王に比べれば気楽だったよ』
『あー、もう、俺も一緒に行きたかったぐらいだ』
『僕達が今日転移したこと、ミサキから聞いたのか?』
『そうだよ』
確か、しばらく黙っておこうって約束じゃなかったか?
まあ特に気にする必要もないけど。
『聞いた話だと、兄さんが女神様からもらった恩恵がそうだったんだよね?』
『っていう推測だけだよ、確証はない』
『兄さん、今度は俺もアンドロタイトに連れてってよ』
……タイオウは随分と向こうに行きたがっている様子だ。
けどしばらく考えたいな。
ハルピュイアを一掃した後、僕はある法則を知った。
先ず、今の所僕が転移できるのはあの廃墟のみで、帰り方も同じだった。
あの廃墟には動物園にも浮かんでいた臙脂色の焔があって、それに触るだけで転移する。廃墟にあった焔はミサキにも知覚できるんだけど、動物園にあった焔はミサキには見てとれないみたいだ。
地球からアンドロタイトへの転移は僕のみが可能に出来て。
アンドロタイトから地球への転移は、僕以外でも可能だ。
そこから僕はひょっとしたらと思い、六人の仲間が女神に願った恩恵を自室にあった勉強ノートに書き出してみた。
一人は僕、僕の恩恵は恐らく転移能力で、女神の意思で与えられたものだ。
そしてミサキの恩恵は究極のテイマー能力、これにより動物と対話が可能。
弟のタイオウの恩恵は強い状態を維持する能力、ゲームで言う所の強くてニューゲームみたいなものだ。
キリコの恩恵はなんだっけ、彼女とは同じ学校に通っているし、機会があったら聞いてみよう。
そして残る二人とはいまだ再会できてないけど、恩恵はわかっている。
一人は魔法を極めることで、もう一人が飽くなき幸運を授かる恩恵だったはずだ。
「イッサ、お風呂空いたよ……何してるの?」
六人の恩恵を書き出すと、お風呂上がりのミサキがやって来た。
ブロンドの髪から仄かにシャンプーの匂いが香っている。
「みんなが女神から貰った恩恵が気になってさ、書き出してみたんだ」
これで合ってるのか確認したくて、勉強ノートをミサキに近づけると。
「ちゅ」
彼女は僕の頬にキスしてからノートに目をやっていた。
「……大体合ってると思う」
「それでさ、僕気付いたんだよ」
「何に?」
「おそらく、僕達が貰った恩恵は地球だと貰った本人しか使えないんだけど、アンドロタイトだと全員の恩恵が使えるんじゃないかな。それを証拠にミサキは向こうだと転移できたし、僕達はハルピュイアの隠し財産を見つけられただろ? これはオズワルドの恩恵の幸運が効果したんだと思う」
「向こうだと私達の強さ戻ってたしね」
そうなんだよ、付け加えるのなら、それは弟のタイオウの恩恵だ。
「この推測は的を射ていると思うんだ、ミサキはどう思う?」
「イッサは頭いいなって思う」
この法則を知り、僕は若干喜んでしまったことをよくよく考えて後悔した。
なんと言うか、今さらだった。
女神の恩恵があれば、僕らは前世で魔王と相打ちすることもなかったし。
前世の僕はアンドロタイトの封建社会が嫌で嫌で、きっとそれは今も続いている。
変わらないことはある意味安堵するけど、変わらなきゃどうしようもないだろ。
こんな風に七転八倒とした僕を、ミサキは近くから見詰めていた。
「どうしたの?」
「考え事してたら、もやもやして来てさ、風呂に入るよ」
「一緒に入る?」
「ミサキはさっき入ったばかりだろ?」
「一緒に入って、イッサのもやもやした気持ちを癒してあげるよ」
彼女は一緒にお風呂に入ることぐらい、母さんも賛成してくれると言う。
だけど駄目です、お風呂は神聖な場所であって、とにかく駄目です。
そう言うとミサキは留守番を頼まれた小動物のように悲しい表情をしていた。
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