第4話 時にTPOを弁えない
ハルピュイアとの戦闘で服についた泥を綺麗に落とすべく、今頃母さんは洗濯機の前で右往左往していることだろう。あの人はこうと決めたら是が非でもやり切ってしまうからな。
お風呂からあがり、恐らくミサキも待っている三階の自室に向かう。
向かっている途中、風呂上がりの水分補給が必要なことを思い出し、踵を返して冷蔵庫の中を漁った。冷蔵庫には冷やされた麦茶に、父さんが愛飲している海外のビール瓶がある。
当然のように麦茶を選び、コップに注いで一気に飲み干した。
よし、これで喉の潤いも完璧になったことだろう。
「ミサキ」
三階の自室に向かうと、ミサキがテーブルの前で女の子座りをしてケータイを弄っていた。僕はミサキの背後に回り、両腕でミサキを抱きかかえた。
「どうしたのイッサ、いつにないスキンシップだね」
「嫌だった?」
と言うと、彼女は首を横に振る。
彼女の綺麗なブロンドの旋毛が見え、その光景にも僕は彼女のエロスを感じる。
「イッサ」
「何だ?」
「今気づいたんだけど、お酒臭いね」
「えー? そうなの? と言っても冷蔵庫にあった麦茶飲んだだけなんだけどな」
「なんらかしらでアルコールが混入したんだね、きっと」
思えば、ミサキとこんな体勢を取るのは前世以来だった。
華奢な体格で、つい抱きしめたくなるのは愛くるしい彼女に僕がずっと覚えていた劣情だった。後ろから抱き寄せて、彼女の後頭部に顔を埋め、匂いを嗅ぐ、お互いに風呂上がりだったこともあり、いい匂いしかしなかった。
「くすぐったい」
彼女は僕の行為を受けて、機微を感じているようだった。
「今日はこのまま離したくない」
「嬉しい……ねぇイッサ、タイオウくんが明日にでもアンドロタイトに行きたいって言ってるよ」
「ミサキ、僕とイチャイチャしている時ぐらい、他の男のことなんか話さないでくれ」
彼女から伝わって来る温もりがさ、じんじんって感じに痺れて、やがて多幸感として溶けていく、彼女を抱きかかえている感触は密着している部分全てが多幸感に満たされている。
お風呂に入る前までもやもやとしていた気持ちは、今はもうなくなった。
「ありがとうミサキ、ミサキのおかげで元気が出て来た」
「うん……幸せを共有できるのって、嬉しいよね。だからねイッサ」
――私達、生涯幸せを共有できる関係になりたいね。
ミサキが残したこの言葉を切っ掛けに、僕達は肌をかさねあった。
ベッドの中でミサキは僕に好意や愛を伝え続け。
僕はミサキの気持ちに応えるよう、愛を伝えるように行為に及んだ。
§ § §
翌日、朝食の席でミサキの服の汚れを完璧に落としたと自慢する母にミサキは親指を立てて感謝していた。そのまま朝食を摂り終えると、ミサキは帰り支度をし始めた。
「イッサ、分け前はどうする?」
「例の財宝の? 今回は君が全部持って行っていいよ」
「ありがとう、じゃあそうする」
そう言い、ボストンバックに金銀財宝が詰まった麻袋をがっしりと入れる。
ミサキの帰る準備は出来たようだ、後は彼女を駅まで送れば今日は終わりかな。
僕達は母さんと父さんに見送られ、駅ビルへと向かった。
「……ごめんねイッサ、言ってなかったんだけど」
駅ビルに向かう最中、ミサキが急に謝りだした。
「この後で、タイオウくんと待ち合わせしてるから、付き合ってくれない?」
「そう言えばタイオウの奴、アンドロタイトに行きたがってたな」
「うん、彼に話したらとんとん拍子で今日の話が決まっちゃって」
「仕方ないよ、ならタイオウとこのまま落ち合おう」
「イッサのそういう所、好きだよ――チュ」
待ち合わせ場所に向かう間も、僕はミサキと惚気放題だった。
タイオウは遠くから僕達を見詰めると、足早に詰め寄って来た。
「兄さん、それからミサキちゃん、恋人だからってTPOを考えてくれ」
タイオウはイチャついていた僕達をべりべりと引き剥がし、早速本題に入りたそうだった。
「アンドロタイトに行けるんだね?」
「逆に聞くけど、タイオウは向こうに行って何かしたいことでもあるのか?」
「目的は色々考えてみたよ、ざっと四十項目ぐらいあった」
「詳細は聞かないけど、無茶だけはするなよ?」
「大丈夫だよ兄さん、俺は冷静だ。だから早くアンドロタイトに行こう」
タイオウに催促され、僕は記憶を振り起し、確か駅ビルの改札口前にも、例の臙脂色の焔があったのを思い出す。もし、駅ビルの焔に触れて飛ばされた先があの廃墟と違えば、焔は転移するためのマーカーみたいなものなのだろう。
「あった、これだ」
改札口の前に向かうと、臙脂色の焔が虚空を漂っている。
「タイオウにはこれが見える?」
「いいや」
「……じゃあ行くぞ、それなりに覚悟しておいてくれよな――っ」
焔に触ると、今まで見ていた駅ビルの雑踏はどこかに消え去り、代わりに大草原の景観が僕達を包み込んでいた。その光景にタイオウは持っていた鞄を下ろし、両手を天に掲げる。
「……すごい、すご――――――い! やったー!」
タイオウはアンドロタイトに戻って来れたことに大喜びって感じだ。
何がそんなに嬉しいのか、我が弟のことながら理解できないな。
しかし、動物園にあったマーカーとは違った場所に転移したのか。
ミサキがそのことを確認するように辺りを一望している。
「ここ、例の廃墟の場所とはまるで違うね。風土も気候も景観も」
「二人は今いる場所が、どこかわかるか?」
尋ねると、ミサキは首を横に振り。
タイオウは頭に手をやって記憶を振り絞っているみたいだった。
「まぁ、一応道があるし、道なりに進めば街に着くと思うよ」
「そうだね、今回は街を目指してみようイッサ」
と言っても、時間は限られている。
僕はミサキのボストンバックを持ったのち、二人に全速力で向かうと通達した。
「了解デュラン」
「ミサキ、僕の名前はイッサで通してくれ、特にここだとその名前はマズイ気がする」
と言う訳で、僕達は僕を先頭としたデルタ隊列を組んで、時速二百キロの速さで道を踏破して行った。魔王を打破したステータスは伊達じゃないということだ。
最寄り街には一時間と掛からず着いた。
寂れた街で、人はいるものの、活気は少ない。
タイオウが浮かれ調子で一歩先を進み、ぐるぐると街を見渡している。
「懐かしいね兄さん、俺達が旅立った頃に立ち寄った街もこんな感じだったよね」
「声量は抑えようタイオウ」
「早速だけど、ギルド屋に行ってみない? あそこなら情報も手に入るし」
「……そうだな、そうしよう」
ギルド屋とは、冒険者がよく利用する。
ギルド屋の機能は場所によって違うが、冒険者の斡旋と、冒険者向けの仕事の斡旋が主な機能だ。大きな街のギルド屋になって来ると、ある一定のメンバーが募ったパーティーのギルドランクを査定してくれたりする。
ギルドランクがついたパーティーは何かしらの異称持ちになる。
例えば前世の僕達のパーティーには『極黒の騎士団』という名を冠していた。
タイオウを筆頭に、ギルド屋の看板を掲げている店に入ると。
「……なんだあいつら?」
「見掛けねぇ顔だな、それと見たことねぇ格好だ」
「ということは単なる道化師って奴だな。おい坊主ども! 冷やかしか!?」
この街のギルド屋は居酒屋の形態をとっている、極普通のギルド屋で。
中で酒盛りしていた他の冒険者が、僕達を見て揶揄を飛ばしていた。
「なめられてるね」
「タイオウ、どうでもいいじゃないかそんなこと、それより口に気を付けろ」
恐らくここにいる冒険者の誰よりも僕達は強い。前世の時に身に付けた相手の情報を見通す知覚魔法によると、ここの冒険者の平均レベルが30前後なのに対し、僕達のレベルは1万を超えていた。
タイオウは興味津々といった顔つきでギルド屋を舐め回すように見ると。
「ねぇ、一つ聞いてもいいかな」
「あ?」
柄の悪そうな女戦士に声を掛けていた。
「俺達田舎から出て来たばかりで、今はとにかく情報を集めたいんだ。言い値で支払うから貴方の知っていること教えてよ」
「くく、田舎から? そりゃご愁傷様、いや、幸運だったな」
「どういう意味かな?」
「お前達の田舎はどうやらまだ魔王の被害に遭ってないっぽいからな」
魔王?
「魔王だって? 魔王だったら極黒の騎士団が倒してくれたはずだろ?」
「お前、いつの話してるんだよ。持ってる情報が古すぎ」
「魔王は復活したってことでいいのかな?」
「そうだよ、十年前に復活したと言われてて、今世界はまた魔王の脅威に遭ってる」
それはそれは、もしかしたら魔王も僕達と同時に転生でもしたのかな?
……ありえなくはないぞ、そう考えると冷や汗が出て来た。
「貴重な情報教えてくれてありがとう、情報代は身体で払うよ」
「はぁ? お前舐めてるのか?」
「大丈夫、俺の夜伽のテクニックは凄いから、きっと君も気に入ると思う」
あああ、タイオウのよくない癖が出てしまった。
タイオウは一見長身痩躯で頼りない青年なのだが、意外と女殺しなんだ。
これまで抱いて来た女性のかずは、僕よりも遥かに多かった。
「あ、おい、ちょっと」
「いいからいいから、決して損はさせないから」
タイオウは強引に女戦士を奥手に連れて行くと、色っぽい喘ぎ声が聞こえて来た。
僕達はタイオウの独断専行に胆を冷やし、ミサキと一緒にギルド屋から出る。
「TPOを考えなくちゃいけないのは、タイオウくんの方だよね」
「まったくだな」
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