第2話 時にデート
僕が女神から授かった恩恵に気づいたのは、つい最近。
あれは日本では目立つナチュラルブロンドと、宝石のように綺麗な紺碧色の虹彩を持った藤堂ミサキと、二人で動物園に行った時に発覚した。
先ず、動物園に向かう前日の夜、僕のケータイにミサキからDMが届いた。
『お疲れイッサ』
『お疲れ、明日の動物園どうする? 天気予報だと雨らしい』
『予定に変更はなし。それよりも今からイッサの家に行ってもいい?』
ミサキは僕の家に今からやって来て、明日の動物園に一緒に行こうとしていた。
ミサキがそう打診して来る背景に、心当たりがなかったわけじゃない。
先日もだけど、ミサキと避暑のためにプールに行ったんだ。
そしたら待ち合わせ場所でミサキはナンパ野郎に捕まってて、ちょっと苦労した。
ミサキは艶やかな外見も相まって、ナンパされやすい体質なようなので、心配なんだ。
だったらいっそのこと、今から僕の家にやって来て、明日は家から一緒に動物園に向かえばいい。そうする方がナンパされる確率は低くなるし、妙な事件に巻き込まれたりもしないだろう。
『いいよ、母さん達には許可取っておく。迎えに行くから』
『ありがとうイッサ、愛してる』
愛とか、好きだとか、そう言った気持ちは素直に伝えるのが大切だと彼女は言う。
いくら相手を大切に思っていても、伝わらなければ空しいからね。
僕もミサキのことは大切だと思っている、だからこそ彼女を迎えに駅ビルまで行ったんだ。
駅の改札口の前で彼女を待っていると、臙脂色の焔が見えた。
幻覚か? そう思い、目をこすっても、その焔は虚空に浮かんでいた。
ああ言う、得体の知れないものには迂闊に近づかない方がいい。
それは前世の時に様々なダンジョンを踏破した経験則から言える。
「何見てるの?」
「何でもない、それよりすごい荷物だな」
臙脂色の焔に気を取られていると、いつの間にかミサキが来ていた。
ミサキは乳白色のキャップ帽をかぶり、肩にボストンバックを掛けて、右手にはビニール袋に包まれた菓子折りのようなものを持っている。一応菓子折りは僕が持ってやり、一路、僕の家を目指した。
「久しぶりだね、イッサの家に泊りに行くのも」
「三年振りぐらいか?」
「大体そのくらい」
と言いつつ、彼女は僕と手を繋ぐ。
彼女の持論が好意は伝えてこそ、であれば、手を繋いで来たのもその証だった。
その後何事もなく自宅につくと、母さんが玄関でミサキを出迎えた。
「あらいらっしゃいミサキちゃん、相変わらず綺麗ねぇ、羨ましいわ」
「小母さんも十分お綺麗かと思いますよ」
世辞って、大事だよな。
世辞の言える人間と、言えない人間では生き方が違って来るぐらい、人生に影響を与えると思えた。
「母さん、ミサキからお菓子貰った」
「いつもありがとうね、ミサキちゃん」
母さんの忖度のない笑顔に、ミサキも嬉しそうだ。
「これくらい、できないと。将来的にイッサと結婚した時に小母さんとギクシャクしたくありませんし」
「聞いたイッサ? 結婚ですってよ」
この世界の母も、前世の母も基本的に悪い人ではないんだよな。
二人の母はどこか似ているよ、性格というか、リアクション的なものが。
「二人はいつ結婚するの?」
「私がイッサの子供を身籠ったらすぐにでも」
ミサキは中々に凄いことを言いつつ、親指を立てていた。
「頑張って」
母さんも流されるように親指を立てる。
「頑張ります」
ミサキが念を押すように親指を立てると、母さんは晩御飯のため二階のキッチンに向かった。僕達も母さんのあとを追うように二階へ上がり、そして僕の部屋がある三階へと上った。
「母さんに余計なプレッシャーかけないでくれよ」
プレッシャーを与えずとも、母さんは僕に対して遠慮がない。
普段から勉強を頑張っている姿を見せているつもりなのに。
そう言っても、ミサキは無表情のままで。
「さっきのどこがプレッシャーなの?」
「僕の子供を身籠ったらとか、例え話でも具体的過ぎる」
「……私、イッサのこと愛してるから、個人的には何の問題もない」
そうなのか?
小首を傾げる思いでいると、ミサキは僕と肉薄して軽くキスをした。
「何の問題もない」
§ § §
翌日、僕達は予定通り家から動物園へと向かった。
駅まで歩き、電車を乗り継いで、動物園の最寄り駅からシャトルバスに乗る。
動物園に着くまでの間、彼女と手を繋ぎ、他愛のないことを話して過ごした。
ミサキは昨日身に付けていた乳白色のキャップ帽を深くかぶったダメージジーンズ姿で、綺麗なナチュラルブロンドを隠してはいたけど、それでも道中ちらほらと彼女に視線をやる人はいた。
シャトルバスが目的地にたどり着くと、園内から動物の鳴き声が木霊した。
彼女と僕の二人分の入場チケットを購入して、園内に入って先ずパンフレットを見た。
「何から行く?」
「ホッキョクグマとか」
動物園に来たとたん、ミサキは紺碧色の目を輝かせる。彼女は前世の時から愛くるしい見た目のモンスターを引き連れていたテイマー職、兼、凄腕の召喚士だったから、基本的に動物が大好きなんだ。
彼女が女神に願った恩恵は、究極のテイマー能力なのを今思い出した。
ホッキョクグマのコーナーに向かうと、その場にいたクマが一斉にミサキに駆け寄り、飼育場の周囲に張られていたプールに飛び込んで盛大に水しぶきをあげる。ミサキが強化ガラス越しに手をやると、ホッキョクグマは彼女の手をなぞるように手や鼻先を差し出していた。
「私ね、この世界では動物に関係する仕事に就くの」
「天職だろうな」
「イッサと家庭を持つもの大事だけど、将来は好きなことやりたいから」
そう言っている間も、彼女の視線はホッキョクグマにそそがれている。ホッキョクグマはミサキの気持ちに応えるよう、高台からプールに飛び込んで、いつもは無感動気味な彼女を驚かせ、喜ばせていた。
その後も、行く先々で動物たちは彼女の気持ちに応えるようだった。
時間もいい塩梅になって来た頃合いに、僕達は昼食をフードコートで摂る。
白いテーブルと二組の椅子に腰を掛け、彼女は持参したおにぎりを頬張り、僕はフードコートで買ったイカメシを舌鼓する。美味い、この世界に来て一番良かったのが、日本の食のレベルが高かったことじゃないだろうか。
「ミサキが女神から貰った恩恵って、凄いよな。動物と言う動物がミサキに注目してたし」
「……今まで言ってなかったけど、私、この世界に来てから動物の言葉がわかるんだ」
動物の言葉が? ふーん。
「……あ、まただ」
僕の目に、また例の臙脂色の焔が映り込んだ。
それも今度はミサキの目の前の虚空に。
「また? って何?」
「ミサキの目には見えてないんだ、これ」
そう言い、焔がミサキに掛かりそうだったので手で払った。
すると、僕達は――見知らぬ光景の中に放り出された。
「…………え?」
ミサキが余りにも突然な出来事に、困惑している。
僕もそうだ、僕も酷く唐突な現象に、理解が追い付かず、つい身震いを起こした。
「何ここ、廃墟?」
僕達が放り出された先は、木造りのあばら家の中で、腰掛けていた白いテーブルと椅子も一緒だった。事態が呑み込めないが、鼻腔に入って来た臭いを嗅ぎ、居ても立ってもいられなくなる。
「ミサキ、とにかくここを出よう」
「これ、もしかして血の臭い?」
と、その時。
「何者かと思えば人間か、どこから侵入したのでしょうか下種共め」
僕達以外の声が聞こえて、声の方を振り向いた僕は瞬間的に気取った。
僕達を下種と蔑んだ相手の正体が――魔物であることを。
「にしても、奇妙な格好ですね。一体どこの国の人間なんです」
その魔物は俗にハルピュイアと呼ばれる、狂暴種だった。
人間の顔面を持ち、両手は翼の形状で、足は鷹のようにかぎ爪があり全身毛むくじゃら。
こいつらの魔力量は馬鹿に出来なくて、強い奴はとことん強く手に負えない。
「そちらに居るメスは、高貴な感じがしますね。よろしい、私のお人形として可愛がってあげますよ」
「……ねぇ、聞きたいんだけど、ここはアンドロタイトなの?」
ミサキが恐る恐る口にしたのは、前世の世界の名前だった。
「何をおバカなことを、ここがアンドロタイトじゃなくて、何に見えるのです」
アンドロタイト――剣と魔法と魔物の世界、僕達はこの世界で古代の魔王を倒し、その功績を讃えられ女神から新たな人生とそれぞれの恩恵を貰うにいたった。しかしおかしい、僕達が居なくなった後、世界の魔物は魔王という存在を失い、弱体化したはずだ。
ハルピュイアとは言え、たった一匹の魔物に占領されるような町はないと思ったのに。
「まぁ、おバカな所も可愛いですね、いいですねぇ、とりあえず服を剥がしましょうか……か?」
ミサキの服に手を掛けようとした瞬間、ハルピュイアは僕の手によって両断した。
どうやら僕のステータスは、前世の時と同等の代物だったようだ。
それを悟った時、僕は手の平を見詰めたあと、瞼を深く閉じるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます