第128話 これからの事
放課後、天河はまだ明るい時間だというのに学校から出て、家へ帰ろうとしていた。しかし、その途中の学校の門の前で紅崎と遭遇する。
つい最近まで天河と紅崎の仲はあまり良くなかったというのに……男というのは不思議なもので、今では前の事なんて全く気にしないで話せてしまうのだ。
紅崎は、バイクに寄っかかった状態で天河と向き合った。天河が言った。
「……お前、こんな所でどうしたんだよ? もしかして、今日は学校来たのか?」
しかし、天河が期待していたのとは違って紅崎は首を横に振って否定する。彼は言った。
「……いや、行ってねぇよ。起きれなかったし……。そうじゃなくて、単純に向日葵舞ってんだよ。アイツ今日、進路面談でな。帰り少し遅くなるって言ってたからな。おとなしくここで待つことにしたってわけ」
「……ふーん」
天河は、興味無さそうに返事を返すと紅崎が尋ねてきた。
「お前こそ、なんでここに……? もうほとんど皆、帰っちまった後だってのにさ……」
「あぁ、俺も今日進路面談でな」
天河がそう答えると紅崎は納得した顔で「なるほどな」と呟きながら首を縦にコクコクと振って頷いてみせた。
天河は、そんな紅崎の様子を見て……しばらくして自分達の周りが沈黙に染まった所で改まった様子で紅崎に声をかけた。
「……あぁ、あのさ…………」
その時の天河のぎこちない喋りかけ方は、元相棒同士とは思えない程変だった。しかし、紅崎は気にせず天河の言葉に耳を傾ける。彼が、表情で「なんだ? 話してみろよ」と催促してきたのを察知した天河は、紅崎から視線を離した状態で言った。
「……お前さ、将来って決まってんの?」
天河の少しだけ緊張の入り混じった声を聞いた紅崎は、顎に手をやって考え込んだ。だが、そこまで長い時間が経たずに紅崎の口は開かれる。
「……一応な」
その一言を聞いた天河が、少しだけ落ち込んだ様子になった。しかし、紅崎の言葉にはまだ続きがあった。
「……つっても、お前や霞草なんかの思うような感じじゃないぜ?」
「え……?」
天河は、その言葉にキョトンとした。すると、すかさず紅崎は言った。
「……さっきさ、実はお前が来る前に狩生とも会ったんだよ。アイツ、だいぶ学校に慣れてきたみたいでな。登校日数も少しずつ回復してきているみたいなんだ。んでな、アイツとも進路の話になったんだけどな……」
天河は、真剣に彼の話を聞いていた。息継ぎを終えた紅崎が、再び話を始める。
「……俺と狩生は、高校出たら働く」
「……え?」
天河は、少しだけ驚いた。いや、別におかしい話ではなかった。高校卒業後に就職する人だって沢山いる事は分かっていた。しかし、まさか自分の身の回りで出てくるとは思わなかったのだ。
紅崎は、やはり自分の言った事に驚いている天河の様子を見て少しだけおかしな気分になって笑みを零して、それから言った。
「……考えてみろよ。俺達はさ、2年間ろくに学校行かなかったんだぜ? 勉強だってできねぇし……こうやって、お前らと一緒に進級できたのも教師達のお情けのおかげだ。大学なんて行く資格ねぇよ……俺達。狩生も同じ事考えててよ。それで……だから、働こうかなって考えてるんだわ。まっ、だからその……お前がそう言う顔するのも分かるよ」
紅崎は、少しだけ劣等感を感じていた。しかし、彼は決してそれを口には出さなかった。本心は、絶対に言わないようにしていたのだ。
・
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――天河との間に気まずい沈黙が起きる…………。天河がそれに気づいて何とかしようと口を開こうとしたが、その時には既に紅崎の方が先に喋り始めていた。
「……まっ、お前らより先に社会出るんだ。これからは、先輩って呼べよな。あ~あ! 金溜まったら、向日葵と住むための家でも買うかなぁ~! んで、車の免許もとって2人でドライブ~ってな!」
――あははは……と紅崎は笑っていた。その笑みをみているとなんだか天河も少しだけ元気が出て来て、彼と一緒になって笑ってみた。しかし、すぐに笑う事も嫌になって天河は「急いでいるから」という嘘の口実を作って紅崎と別れる事にした……。
天河が、いなくなった数分後に向日葵もやって来て、それで紅崎も帰宅したのだった……。彼らがいなくなったのを最後に光星高校の校舎内から3年生だけが完全にいなくなった。そう、バスケ部を最後に光星の3年生達は皆、部活を引退したのだ。高校には今、新しい風が吹こうとしていた……。
*
――同じ頃、高校男子バスケットボールインターハイ大会運営チームの話合いの方はというと……。
「……ふむ。それでは、今日の話合いのまとめをしたいと思う」
ミーティングの司会を務めるスーツを着ていて、肩にちょうどかかるくらいの長さの黒髪の女性が、メガネを外しながら議事録を読み上げるのであった。
「……今日話し合った事は、昨日の光星VS扇野原のインターハイ東京都予選1回戦引き分け問題について。どちらを2回戦進出させるかについてでした。多数決は、おおよそ……6:4程度の割合。ただまぁ、しかし全会一致にならないとなりませんので引き続き、話し合いが必要であります」
女性が、紙に書かれている内容を読み上げている途中で自分のメモ帳をぺらっとめくる。これによって、少しの間だけ声が止まってしまうが、女性はすぐにページをめくり終えると声を発しだした。
「双方の主な意見としては、まずは……光星側。扇野原の不敗伝説を打ち破ったのを奇跡というのはおかしい。彼らは確かに強かった。大逆転勝利は、お客様的にも受けが良いから。そして、次に扇野原側の意見としましては……まず、過去の戦績は
圧倒的に上だから。試合中も安定した強さを発揮していたから。扇野原は、全国にファンを持っている超大型シード校であるため、簡単に負けとする事はできないから……。以上となります。今日の話合いはここまでとします。それでは、また明日よろしくお願いします」
大会運営は、皆既に確信していた。扇野原が必ず勝つ事になるだろうと……そうすれば、この大会の利益も莫大なものとなり、SNS上でも人気が爆発する事だろうと……。
しかし、そんな汚い大人の考えの渦巻く会議室の中で唯一、彼らとは違う考え方を維持し続ける男が1人だけいた。
「……冬木監督、お疲れ様です」
会議室から出て行こうとする大会運営の幹部の1人である少し太ったメガネの男が、扇野原高校男子バスケ部監督の冬木にそう声をかけると、冬木の方も何食わぬ顔で返事を返した。
「……あぁ、お疲れ様です」
そう、今回のこの話し合いには特別に扇野原高校の監督である冬木にも出席してもらい、より扇野原ファーストに会議をスムーズに進めていく方針でいたのだった……。
しかし、現実はそうはいかなかった。なぜなら、それは時計の針が教えてくれる。なんと、この会議は始まってから3時間以上が経とうとしており、会議の進行状況は、予定より大きく遅れていた。
そして、その原因はこの冬木にあった。彼は、心の中で密かに思っていた。
――こんな形で勝ちを認めたくなんかないぜ。扇野原バスケ部の何10年という歴史の中でこんな屈辱的な勝ち方は絶対にだ……。くっそ、どうすればもう一度光星と戦う事ができるのだ……。何かその手段はあるのか…………。
冬木は、それからテキパキと帰り支度を澄まして会議室から出て行ったのだ……。
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