~プロローグ~ 戦いを終えて……

 ――インターハイ一回戦。光星VS扇野原。その最後は、2人のエースの対決によって幕を閉じた。


 鳥海とりかいからパスを受けたわたるが、ドリブルで突っ込んでくる。彼の自分史上最速のドライブが目の前に立つ白詰しろつめに炸裂する。右へ切り込み、その後に左へ切り返す。そうやって体を左右に揺すってDFの白詰に突っ込んで来る。


 しかし、白詰も航のOFに負けじと彼に着いて来る。お互い、もう後がない。絶対に譲れない攻防の果てに……航は、ついに弾ませていたボールを両手に持ち、ダンクの構えを取った。



 全身全霊で叩き込もうとするそのダンク……! しかし、白詰も負けていない。彼は、両手を高く高く伸ばして航のダンクを止めにかかる。






 ――負けない……!





 ――勝つ……!





 白詰と航、両者の思いがぶつかり合い、ついにボールを間に挟んだ状態で空中で2人の選手の手と手がぶつかり合う――。





 残り時間は、もうない。同点のこの状況。お互いに後はなかった。だから、必死に両者は魂をぶつけ合わせる……!








「――!」





「――!」





 声にならない叫びをあげる2人。しかし、そんな時間も何もかも止まっていたような錯覚を覚えるこの空間で、1つだけ残酷に時を刻むものがあった。







 ――1……0。





 タイマーの数字の動きがこの瞬間、完全に止まる。そして、それと共に会場中に大きな音が鳴り響く……!









 ――試合は、終わったのだ……。





 フロアに着地した白詰と航は抱き合う。



「良い試合だった……」



「ありがとう……」



 そして、それを皮切りに体育館のあちこちで様々なドラマが展開される……。











 ――自分の成長を実感できた霞草かすみぐさ……。


















 ――亡き恩師の夢から覚めて現実に強く涙する狩生かりう……。





















 ――自分のしてきた行いに感動し、未来を見つめる天河あまかわ花車はなぐるま……。





















 ――そして、愛を叫ぶ紅崎あかざき……。







 会場は、興奮と感動に包まれて選手達も教師も観客も皆が、納得する最高潮で終える事になったのだった……。






















 しばらくして、10人の選手達は体育館の真ん中の丸い円になっている場所であるセンターサークルに集まって来て審判の宣言を聞いた。








「……130対130で、両校引き分け!」







「「ありがとう……ございました……!」」



 扇野原も光星も疲れて大きな声なんて出せなかった。だから、掠れた弱弱しい声で2校の選手達は挨拶を終えて、フラフラしたままベンチに戻って行った……。そして、しばらくして控室に戻る準備を終えた彼らは互いに荷物を持って出て行こうとする……。









 ――拍手の音が聞こえてくる会場の中を……。









 光星と扇野原の選手達は、右と左に分かれてぞろぞろと……退場して行ったのだ……。もう、今の彼らにまとまりなんてなかった。でも、それで良かったのだ。この時くらい、プライドなんて捨てて……感傷に浸りたいものだ。





 そうして、選手達のほとんどが控室に戻って行った中でただ2人、まだ体育館から出ていなかった者達がいた。


 ――白詰と航だった。準備を終えた白詰が、扇野原ベンチでまだ戻る準備をしていた航に一言だけ声をかけに行った。





「……なぁ、お前はこの試合……本気だったのか?」



 白詰は、一番知りたかった事。この時の彼は、嘘でも良いから返事を返して欲しいと思っていた。相手の嘘を見抜く程、彼自身も頭が回っていなかったし……何よりも自己満足したかったのだ。そして、白詰の問いかけに航は、本心で答えた。




「……あぁ。本気さ」



 それを聞いて白詰は下を向き、拳を握りしめた。この一言が、彼の中に確かな自信を与えた。



 ――自分達は、最後の最後にやり切れたのだ……。




 そう思えて、彼は嬉しいとかそんな単純な感情ではなく……ただ今はグチャグチャだった気持ちのまま航に別れを告げた。



「……答えてくれてありがとう。またな……」




 そう言って白詰は、何処かに行ってしまう。少しして、彼の後姿を航は、ジーっと見つめていた。その虚ろだが、しかし既に一本の芯を感じるような力強い眼差しを向けた後に彼はすぐ体育館から出て行った。








 そして、体育館の出口の前に立つと彼は既に仲間達が全員いないその場でポロっと小さな声を漏らした。




「……やられたか…………。俺達は、完全に……」



 彼の心の中を今支配していたのは、悔しいとか悲しいとか……そう言う気持ち。そして、この気持ちは扇野原選手達、全員が共通して思っている事でもある。彼らにとって今の自分達の思いなんて言葉にしなくても分かっていた。










「……負けた。……本当に……本当に本当に本っ当に! 悔しい……」







 それでも、航はそう言うしかなかった……。やがて、彼は体育館の出口の扉を開けて、控室へと戻ったのだった――。





































































「……本日の試合は、全て終了しました。お越し頂いた皆様、熱中症に気をつけてお帰り下さい。明日以降もインターハイは、続いておりますので、是非この後もインターハイをよろしくお願いします!」



 アナウンスの後、光星選手控室には監督の小田牧とそして下級生達。また、紅崎の彼女の琴吹向日葵ことぶきひまわりもいた。向日葵は、自分の隣に視線を向けて言った。



「……なんで、敵チーム側の貴方もここにいるわけ?」


 向日葵の視線の先には、扇野原の制服を着た女の子が立っていた。彼女の見た目は、桃色の少し長めの髪の毛を右で結んだサイドテールが特徴的な少女で、身長はやや小さめ。しかしちゃんと大人の女性になろうとしている抜群のルックスと、子供と大人の中間の独特な魅力を醸し出している可愛らしい見た目をしていた。


 そんな桃髪の彼女は、言った。



「……貴方じゃなくて、桐山新花きりやまあらかで~す! よろしくお願いします! 今は、待ってま~す!」


 その元気いっぱいな彼女の声に近くにいた光星の下級生の男子達の胸がドキッと跳ねる。彼らは、顔を赤面させてボソボソと噂を囁き始める。




「なぁ、利君って……さ?」



「あぁ、狩生先輩の事だよな。……まさかあの人にこんな可愛い彼女がいたなんて……」



「うむ、羨ましすぎる……」




 彼らが、悶々とした男子トークをしている中、その近くでは新花と向日葵の会話が展開されていた。



「……琴吹向日葵。よろしくね」



「琴吹先輩~! よろしくですぅ!」



「……って、自己紹介している場合じゃなくて。アナタ、部外者なんだから……早く扇野原の方に戻りなさいよ!」


 向日葵が、そう言うと新花は軽いノリで煽るように喋り出した。



「えぇ~。そ~んな! ……あっ、でもでも! 先輩も試合の時、ベンチに座ってなかったじゃないですか! ……もしかしてもしかして! 部外者なんじゃないんですか~?」




「……うっうるさい。アタシは、良いの……」


 向日葵は、新花の煽りに対して下を向いたまま答えた。彼女の頬が、若干赤く染まる。恥ずかしそうにモジモジと体を揺らす向日葵の姿を見て新花は更に意地悪な微笑みを浮かべて言った。




「……はは~ん。さては、好きな人がいるなぁ~? えぇ~誰誰? 誰なんですかぁ~せぇんぱぁい!」





 彼女達が、そんな女子トークをしているとその近くで別の女性の声が聞こえてくる。彼女は、控室のドアを開けて部屋の中から出てくるとその目の前で話をしている女子2人に向かって言った。



「……しーっ! お前ら、うるさいぞ……」



 その女性は、ショートの黒い髪にスーツ姿で、すらっとした見た目の大人の雰囲気をしていた。彼女は、口元に自分の人差し指を置いてしーっとだけ伝える。すると、女子達は途端に黙って真剣な顔をして周りを見渡し、息ぴったりに声を合わせて言った。



「「ちょ~っと男子ぃぃぃ~! 小田牧先生、怒ってるじゃん!」」





 向日葵と新花の咄嗟のコンビプレイに下級生の男子達は、唖然としていた。ちなみに新花が小田牧の名前を知っていたのは、試合の前から敵チームの選手達の名簿を見ていたからで、その名簿の中にしっかりと小田牧の名前もあったからだ。



「……恐ろしや。女子の友情」




 下級生達が、ボソッと誰にも聞えない位の声でそう言うと一連の出来事を全て見ていた男子バスケ部顧問の小田牧は、大きく溜息をついた。


 すると、そんな小田牧に対して下級生達とずっと紅崎達3年生男子が着替え終えるのを待ち続けている向日葵は、尋ねるのだった。



「先生! 花ちゃん達、まだですか?」



 すると、彼女のこの発言に対して小田牧は、下を向いてとても優しそうな笑みを零し、やれやれ……といった様子で頭の後ろをポリポリかいて告げた。




「……あぁ、アイツらの事だったら…………」



 そして、小田牧がもう一度控室のドアをチラッとだけ開けて様子を見る。……それと同時に近くに立っていた向日葵と新花も視線だけを控室の中へと移す。



 女子2人が控室の中を覗いているのを確認した後に小田牧は、視線だけを中へ向けている女子達に向かってクールに微笑みながら小さい声で言ったのだ。





「……少しだけ休ませてやれ」







 光星高校男子バスケ部控室こと更衣室の中では、試合に出た5人の選手達。そして、ベンチで誰よりも全力で声を出し、仲間の為に必死で応援を続けて、時には監督の代わりに仕事もこなしていた花車の6人が、それぞれ様々な格好で眠っていた。





 ――ユニフォームを着たままベンチに座って下を向いたまま眠っている天河。そして、その隣で座ったまま天河にもたれかかるようにして彼の体の横に体重をかけたまま上を向いて目を瞑っている花車。





 ――手を大きく広げて大の字になったまま、いびきをかいて下半身だけユニフォームを着た格好の白詰。そして、そんな白詰の広げた手を枕のようにして上に頭を乗っけたまま長い髪の毛を至る所に伸ばし状態でぐっすり静かに眠り続ける紅崎。






 ――ロッカーを背もたれにしてユニフォームの上半身だけ脱いでそれを自分の布団のようにしてだらんと脱力しきった状態で座って眠る狩生。そして、彼の伸びている足の上に膝枕をした状態でメガネがズレまくった顔のまま目だけ閉じて眠っているユニフォームを着た霞草。










 6人それぞれが、2人ずつで集まりながら眠っている。彼らのその様子を見て女子達は、ほっこりした。彼女達は、心の中で息ぴったりのタイミングで思うのであった。
























 ――皆、お疲れ……。よく頑張ったね。

 

 

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