第121話 咲き誇るゼラニウム

 ブザーが鳴り、選手達は静かに試合を始めた。まずは、扇野原ボール。残り体力の少ない彼らは、あまり走ったりは出来ないのが現実だった。だからこそ、両者ゆっくりとした攻めで時間いっぱい使って得点をもぎ取ろうとする。


 金華の慎重なドリブル。天河は、そんな彼の姿をジッと見ていた。いつ来るか。それだけを警戒して一直線にゴールを守る。譲らない2人の眼差しは、火花を散らし合う。



「……!」


 そして、それは突如として速さを増していく。金華のドリブルは、さっきよりも速く強く細かくなる。彼は天河を抜きに来た。姿勢は低く、鋭いドリルのように天川の体の横をすり抜けていく。




「しまった……!」



 ――コイツ……! まだ、こんなスピードを隠し持ってたのかよ!?



 彼は、この突然の猛攻に反応できず、抜かされてしまう。金華が、一気にゴールの下までやって来る。光星選手達は、ドリブルして突っ込んで来る彼を止めようと金華の周りを囲むようにDFをしようとするが、金華の視野の広さは彼らの上をいったのだ。彼は、瞬時にパスを裁く。




「ナイスパス!」



 ボールは、瞬時に狩生が一瞬だけマークを外してしまっていた鳥海の元に渡り、彼のダンクが炸裂。早速、扇野原の得点だ。






「よしっ! ナイッシュー!」



 扇野原選手達は、この接戦の中喜び合った。彼らもまた、長い試合の中で体力が限界を超えていた。だが、それでも皆が交代をしようとはしなかった。それは、彼らが心の底からこの試合を楽しんでいるから。最強の彼らにとってここまで長く自分達と接戦をしてくれる相手は今までいなかった。だからこそ、彼らは厳しい練習の中で忘れかけていたバスケットを愛する気持ちのようなものを取り戻していた。彼らは、久しぶりの得点に大喜びした。やっと、点を獲れた! この忘れかけていた感覚に彼らは喜んだ。





「切り替えるぞ! OFだ!」




 そんな中で、天河は真剣だった。またも扇野原に2点を奪われてしまったのだ。このまま引き下がったままではいられない。だからこそ、彼は誰よりも早くボールを受け取りドリブルを始めようとした。……だが



 そんな彼の前と後ろに突如として2人の巨大な体を持つ扇野原選手達が立ち塞がる。天河は、この突然の奇襲攻撃に驚き、途端にドリブルしようとしていた手を一度やめてしまう。観客も驚いた。





「ここへ来て、またもゾーンプレスだ!」



「これだけ試合やってんのにすっげ―体力だぜ! 扇野原!」



「しかも今回は、ビッグマン2人がかりで4番を止めに来てるぞ!」






 これには、天河も驚きっぱなしで彼の体はまるで満員電車で四方八方から人が押し寄せて来て苦しんでいるサラリーマンのようだった。自分より大きくて狭いこの空間、今すぐにでも2点を獲り返さないといけないこの状況で動けない天河。





 ――くっそ……。






 だが、そんな時だった……!






「天河! よこせ!」




 突如、彼の元に遠くへ走ってしまっていたはずの白詰が駆けつけて声をかける。その声にDFをしていた2人のビッグマンは、一瞬だけ白詰へ視線を向けた。このほんの一瞬の隙を天河は見逃さなかった。彼は、持っていたボールを弾ませようと姿勢を低くして、手を前に出す……。









 ――あの頃とは、違う……!





 天河の脳内に過去の映像が流れる。












 ――それは、さっきベンチに座っていた頃に思い出していた彼自身の過去。部活の練習が終わった後、彼はいつも1人で練習していた。扇野原と戦う事を憧れて、イメージトレーニングを始めるも、そこには誰もいない。パスを出せば、ボールは体育館の端っこまで転がって行ってしまう。







 ――俺は、孤独だった……。









 バスケ部部長になり、孤独ともう1つ責任感を感じる事もあった。でも、誰も彼を助けちゃくれない。部員も顧問も同級生も先輩も皆が自分から離れて行き、皆が彼を苦しめた。












 ――でも、違った……! いたんだ。俺にも……離れなかった奴が!

















「……一緒に、バスケ部俺達で……アイツらを呼び戻しに行こう」




 天河は、ベンチで声を張り上げる花車を見ながら、彼がバスケ部現実から逃げていた自分に向かって言った言葉を思い出す。













「……ふっ、バカめ。僕は、まだまだ疲れなんぞ感じてすらいないぞ」




 コートの向こうに立つ霞草を見ながら、彼の練習中に言っていた言葉が天河の中で聞こえてくる。















「……そう言う事なんだな。……爺さん」





 霞草の隣に立つ狩生を見て、彼が家の前でバスケ部に戻る事を決意した時の言葉が思い出される。












「……しっ、ちあいに…………し"あ"い"に………………し"あ"、い"に。し"あ"い"に出たがったよ"ぉぉぉ……」




 彼らの少し手前に立つ紅崎を見ると、彼が体育館の中で彼女と抱き合いながら気持ちをぶつけていたあの時の様子が思い起こされる……。














 そして、自分の元へ駆けつけてくれた白詰を見て、天河が思い出した言葉は……。












「よぉ! おはよう。さっ、走ろうぜ」




 彼が、早朝のランニングをしている時に言ってくれた言葉だった……。














 ――あぁ、走ろう。白詰……。この試合が終わるその時まで……











「俺は……もう絶対にドリブルをやめない。デカ物共が……逃げてたまっかオラァ!」






 刹那、白詰の方を向いていたビッグマン達が「しまった!?」と驚いた顔をする。彼らが別の方向を向いていた間に天河は、ドリブルを始めて2人が立ちはだかる前を真ん中から突っ切ろうとしていたのだ。一手……いや、天河の予想以上のスピードも相まって二手反応に遅れてしまった鳥飼達ビッグマンは、そのまま天河に抜かされてしまう。


 それは、まるで閉じてしまいそうになっている次元の裂け目を無理やりこじ開けて進もうとするかのようで、天河は鳥海と種花を抜き去るとそのままドリブルで走り出した



 しかし、忘れてはならないのが扇野原のゾーンプレスは、この後にオールコートマンツーマンに切り替わる所。抜き去ってすぐに天河は後ろで待ち構えていた航に捕まりそうになる。扇野原の中で1番速い反応速度を持つ彼が、天河を前にして彼からボールを獲ろうとする。航の手が伸びたその時、天河の手が一瞬止まる。……と、思いきや彼はそのまま止まった手の中に持つボールを航に獲られるよりも先に真横を走っていた白詰にパスしてしまう。







 ――もう、あの頃とは違う。……俺のパスを、受け取ってくれる仲間が……今はいる!






 そう確信する彼は、そのままボールを受け取った白詰と共にゴールへと走って行き、扇野原選手達が追い付く前に2点を獲り返した。これにより、点差は再び同点となる。彼は、シュートを撃った後すぐに仲間達へ声掛けした。








「さぁ、すぐDFだ!」





 4人は、声を揃えて答える。




「「おお!」」



 5人は、すぐにDFを始めた。そんな一生懸命に戦う彼ら5人の勇姿を見続けていた観客達は、次第に扇野原だけを応援しなくなっていた……。彼らは、延長戦が始まった辺りからどちらを応援すれば良いのか分からなくなっていたのだ。それは、ライトな扇野原ファンになればなるほど、深まっていく問題で観客の大多数はさっきまでの間中、ずっと応援できずにいた。




 しかし、今のこの天河のプレイを見て気持ちは完全に変わった。観客の1人が大きな声でこう言った。







「……まっ、負けるな。光星」




 これが、きっかけとなって観客席にも変化が訪れる。





「いいぞ! 光星!」



「ナイスファイト! 光星!」






「「光星! 光星! 光星! 光星! 光星!」」





 この声は、どんどん大きくなっていく。もう、扇野原一色だけのコールじゃなかった。コート上で試合をしている彼らには、もう声を聞く余裕なんてなかったからこんなに自分達が応援されるようになっていただなんて分かりもしなかったが、それでも……何かが、変わろうとしていたのだ。








       扇野原VS光星

   ファイナルラウンド残り3分58秒 

         得点

        128VS128

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