ファイナルラウンド
第120話 俺達は、クズじゃねぇ
――扇野原ベンチにて。監督の冬木が、ベンチに座る選手達に声をかける。
「大丈夫か? チャンピオン達」
その問いかけに、選手達は一瞬自分の耳を疑う。だが、疲れもあって誰一人それを声に出したりはしない。しかし、選手達の様子から心情を察した監督は言った。
「……もう、ここまで来たら気持ちの勝負だ。何度も言ってるけどな。気持ちで負けたら、今度こそアイツらに負ける。良いか? だからこそ自信を持つんだ。そして、相手を認めろ。お前らは、チャンピオンだ。最高の選手達だ。だが、相手も最強の選手達が揃っている。あんな脅威は、俺達の歴史上初めての事だ。しかし、だからといって、負けるわけにはいかない。そうだろう? なぁ、チャンピオン。……もう一回聞くが、大丈夫か? チャンプ共」
その問いかけに今度こそ、彼らは声を揃えて返事を返す。
「「はい!」」
冬木は、その反応を見てコクっと頷くと自分の席がある方へ戻って行った。残された選手達は、それぞれ闘志を内に秘めながらも水筒を飲んだり、体をとにかく限界まで休めた。
そんな彼らの様子を見て、マネージャーの新花は思うのだった。
――最後まで戦うんだって、そんな顔をしている。……なんだか、ホント……男の子ってずるいな。そういう所……。ね? 利君。
彼女は、狩生達の座っている反対側のベンチを見る。そこには、光星の選手達と顧問、そして一番奥に……見覚えのある老人の姿が見えたのだった……。
――あれって……。
新花は、気になりつつも今はマネージャーとしての仕事を果たすべきだと思い、目を逸らす事にした。
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――光星ベンチにて……。
息がキレキレの状態の狩生が、水筒を飲み干した。彼が、息継ぎのために一度水筒から口を離して、下を向くと……脳内で太刀座侯の声がした。
――よく頑張ったな。少年。ナイスファイトじゃ。
「……」
疲れから彼は、喋ったりは出来なかったが心の中で頷いてみせた。太刀座侯は、続ける。
――うむ。ここからは、気持ちの勝負じゃ。ラスト5分。戦えるか?
――あぁ、いけるよ。爺さん……。
彼は、やはり心の中でそう告げた。すると、太刀座侯は返した。
――うむ。それなら良い。思いっきりやって来るがよい。
狩生は、そんな会話をし終えた後に、水筒をフロアに置いて、仲間達の様子を見た。彼らは全員、疲れ切った様子だったが、しかしまだ、全然全く闘志はなくなっちゃいない。それが、見て分かった。
しかし、それを理解した狩生がもう一度視線を水筒に戻そうとしたその時、突然天河の表情に変化が起きた。狩生は、この瞬間を見逃さずに、彼の事を見ていた。
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――天河葵は、狩生が太刀座侯と話をしている間、ボーっとしていた。
彼は、前を見ていた。すると、自然と脳内に過去の自分の姿が映し出された。
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それは、彼にとって孤独を意味する過去。栄光を掴もうと一生懸命に練習していた仲間達は消え、どん底に叩き落され、人々からはクズ呼ばわり、どれだけ頑張っても何も得られず、そろそろ自分達に代が回って来るとなった頃には、やめようかとも思っていた。しかし、ダメだった。彼は、部長になった。もう、逃げられなかった。
地獄のような日々。自分がどれだけ頑張っても部は1つにならない。練習にもならない。部員達は、どんどん離れて行く。自分1人の力じゃどうにもならなかった。
部活の後、自主練――。
天河は、1人。体育館を走り回った。今日は、花車も家の中に用事でいない。顧問の小田牧も帰ってしまった。本当に1人だった。
「……」
彼が、目を瞑ってイメージを頭の中に作りながらドリブルを始める。目の前には、いつか戦いと願っていた高校バスケ界最強の王者――扇野原の選手達。天河は、果敢にドリブルをして、相手をかわしていく。……かわして、かわして……。
だけど、1人だけでプレイするのにも限界はある。彼の妄想の中でも限界は突然訪れた。3Pラインの近くまでやって来た彼の前に立ちはだかったのは、大きな体を持つ2人の扇野原選手達。天河は、彼らに囲まれてしまう。果敢にドリブルを始めるも、それでもきつかった。しかし、その時彼の脳内にこの状況を突破する方法が閃いた。天河は、一瞬だけドリブルで正面を突っ切るフリをしてドリブルしている手を前へ出した。これにDFが反応を示したその隙に天河は、すぐに真横へパスを裁いた。そして、ボールは味方の元へと飛んでいき……。
――ダム……ダム…………。そうやって体育館をボールがバウンドする。そこまでして、やっと天河は目を開けた。誰もいない。彼は、飛ばしてしまったボールを拾いに体育館の隅っこへ走った。
――俺の力じゃ……敵いっこないな。
そう思った後に、天河は再び練習を開始した。
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――彼は、泣いた。それは、今この扇野原との試合で接戦している自分達に対してと、こうして共に戦ってくれる仲間がまた来てくれた事に……。
涙を抑えられなかった。彼の泣く姿を見ていた狩生がボソッと言う。
「……その、大丈夫か?」
天河は、ギクッと体を震わせて水筒を片手に持ちながら答えた。
「え? あっ、あぁ! 平気だ!」
そして、すぐに水筒に口をつけるも、水の流れが彼の思った以上に勢いがよかったので天河はむせてしまう。
「おいおい? 大丈夫かよ!」
「ハハハ、お前こんな時に何してんだって!」
他の仲間達も彼の事を心配したり、また中には笑うものもあった。天河は、思った。
――ありがとう。
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少しして、休憩の時間もそろそろ終わる頃に光星メンバーは、一か所に集まって円陣を組んでいた。彼らは皆、円形に揃った自分達のバッシュを見ていた。天河が言う。
「……お前らが、部活やめた時……全員、1人1人丁寧にぶん殴ってやりたかった」
「「え?」」
4人が同時にビクッと体を震わせる。しかし、天河はお構いなしに話を続けた。
「ふふっ……だがな、色々あったけど……なんだかんだこうして戻って来てくれた事……それから、ずっと憧れていた扇野原と皆で戦えた事……俺の夢は果たせた。ありがとう。戻って来てくれて……」
「「……!」」
彼らは、口元が少し緩んだ表情となって、黙ったまま天河の話を聞いた。
「……ふふふっ、すまないな。もっと、色々言いたい事はあるんだが……どうしても言葉が出てこない。なんでだろうな……」
部員達が黙って天河の事を見つめて彼が喋り出すのを待った。天河の瞳の中には、まだ涙が残っている。彼は、その瞳をグッと瞑った後に、もう一度見開いて今度こそ言った。
「……最後だ! 最後の5分だ! もうこれ以上の延長はできねぇ! 良いか? 最後だぞ! 10Q目だ! 俺は、今までこんなに試合した事なんてなかったし、それはおそらく向こうも一緒だ! 皆、疲れてる。疲れてるからこそ、最後まで走り切れよお前ら! ぜってー……ぜってーに試合中、ぶっ倒れんな。へへへっ……そんで、試合の後にうめぇ飯でも食いに行こうぜ! ──なぁ、白詰!」
「おうよ! 今度こそテメェら全員でサイゼパーティーだ!」
「走るぞ!」
「「おぉ!」」
「「俺達は、クズじゃねぇ!」」
――ドンッ! と5人は、強く足踏みをして円陣を終える。そして、ピッタリのタイミングでブザーが鳴った。5人がコートへ戻って行くと、丁度向こうから扇野原の5人もやって来ていた。その中でも、航は白詰の元へまで走って来て言うのだった。
「これが最後だ。……お互い、良い試合をしよう」
白詰も答えた。
「あぁ、負けねぇぞ! 航!」
それから、ついに審判がホイッスルを吹かせて叫んだ。
「最終
扇野原VS光星
ファイナルラウンド
得点
126VS126
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