第117話 サドンデスマッチ

「すまん! 俺が……あの時、決められていれば……」


 光星ベンチでは、紅崎が謝罪していた。彼は、パイプ椅子に座ったりもせず頭を下げ続けた。彼の体を流れる汗がフロアにポタポタ垂れる。申し訳なさそうな彼の顔がずっと下を向き続けていた。しかし、そんな彼の事をここにいる誰も責めたりはしなかった。



「……謝んな紅崎。むしろ、ありがとうな」



 天河は、逆に責めたりはしないでむしろ彼に対して感謝を述べた。この言葉に紅崎は少しだけ顔を上げる。天河は続けた。





「……お前が最後まで走っててくれなきゃ、あそこでボールを獲られて負けてたかもしれねぇんだ……。それに、そもそもお前が3P入れてくれなきゃ、とっくに俺達、終わってたんだ。お前のせいじゃねぇ。ここにいる誰のせいでもないんだ」






「天河……」




 紅崎が完全に頭を上げ終えると、天河は笑って言った。




「まっ、とにかく座れ。これからまた試合があるんだ。お前の力は絶対に必要になる。今のうちに休めるだけ休んどけよ」




「……あぁ」



















           *



「……ふぅ」



 一方その頃、扇野原ベンチでは選手の誰一人口を開いたりしていなかった。彼らは、延長戦が始まるまでの間中、ただ自分達を休める事だけに尽くしていた。延長戦は、試合時間が5分。この5分間の間に勝敗をつけなければならない。彼らは、ただ水を飲み続けた。すると、そんな汗だくで疲れの出始めている彼らに監督の冬木が喋り出す。





「……あぁ、返事はしなくて良い。とりあえず、さっきまでの試合はお疲れ様。よく頑張った。うん。……まだ、立てるか?」



 選手達は、それぞれコクリと頷いてみせる。それを見た監督は、うむと納得した後に喋り出す。



「よし。なら交代はなしだ。行ってこい」



 これと共に扇野原メンバーは一斉に立ち上がり、試合をするコートに戻って行った。




















          *


「試合始めます!」


 審判のホイッスルが聞こえてくると共に選手達がコートに戻って行く。ブザーの音が聞こえてくる頃には、観客も再び騒がしくなってくる。






「始まるぞ! 延長戦!」


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ! 行けぇ! 扇野原!」




「……光星も頑張れ!」




 試合は、第4Qの続きから始められる事になる。つまり、光星の攻撃の途中で終わっているので、試合の始まりは光星ボールからとなる。






 ――ピッ!



 ホイッスルの音と共に光星の攻撃が始まる。天河は、ボール持つとすぐにドリブルを始めて一気にコートの半分を突っ切る。フロントコートに立つと彼はまず、言った。




「よぉし! 一本だ! まずは、一本!」




 この状況で、天河達光星側にとって不利である事に変わりはない。それは、もう単純な話で延長戦となってしまった時点で両チームとも体力に限界は来ているもののやはりそこは、王者。扇野原の方が、光星よりも若干の余裕があった。だからこそ、光星の方は、慎重なゲームメイクが求められる。それが、ここから先のエクストラゲームを戦い抜くために必要になって来るのだ。





 光星は、天河を中心に慎重に時間いっぱい使って攻撃を展開した。バスケットのOF時間は、24秒。この間に攻め終えなければならず、彼らは24秒間をフルに使って全員の力でやっと、扇野原からゴールを奪おうとする。しかし、それでもまだ向こうの方が一枚上手だった。彼らの攻撃は、OF時間残り3秒程度の所で止められてしまう。




「行くぞ!」


 すかさず、扇野原の攻撃。金華がパスをガンガン回しだす。光星の選手達は、その速いパス回しについて行こうとするも、走力と体力を一方的に奪われてしまい、結果的にゴール下周りのDFががら空きになってしまう。そして、そこを突かれてしまい、扇野原がこの試合最初の得点をする。再び2点差となってしまう。




 しかし、それでは終わらない。獲られたら獲り返す。誰よりもこの気持ちの強かった光星選手達5人は、すぐに切り替えて攻撃に集中する。彼らも彼らでゆっくりな攻めを慎重に慎重に進めていく事で、全員の協力もあって扇野原のDFを突破する事に成功。もう一度、点差を同点に戻す。






 だが、また扇野原の攻撃……。しかし、今度は簡単にはやられまいと光星側もしっかり守りを固めて、扇野原の攻撃時間いっぱいまで耐え続ける。





 ブザーの音共に扇野原は、攻撃をやめる。なんと、光星側のDFが効いて扇野原を完全に止める事ができたのだ。OF時間24秒を過ぎてしまうと、強制的に攻守が後退してしまうので、すぐに天河はボールを持ってドリブルを始める。まずは、一本。これが大事だと攻撃を展開しにかかる。





 だが、さっきの扇野原同様、光星もまた封殺されてしまう。攻撃時間の24秒を超えてしまったのだ。





「切り替えるぞ! DFだ!」


 天河がそう言うと他の4人は、彼に着いて行くようにコート上を走り回った。











































































































































 …………そこからは、長かった。両者全く譲らない一進一退の攻防が繰り広げられ、お互いに全然決着がつかないままだった。もう、扇野原の選手達も光星の選手達もお互いに体力がほとんど残っていないにも関わらず、試合は完全に泥沼と化し、扇野原が攻撃を止めれば、光星も攻撃を止め、扇野原が2点を獲れば、光星も2点を……3点を獲れば、3点を……と言った感じに両者は一歩も引かずに2点差と同点を繰り返し続けた。


 タイマーは、何千回と時を刻み続けた……。ブザーの音も何度も鳴った。選手達は、コートの端から端を、そしてベンチとコートを何度も往復した。スコア表の中心にある試合時間5分間を1分間隔で表示するフラッグが何十回も5~1を行き来し続ける……。








 そう、彼らの延長戦サドンデスマッチは、たったの1だけでは終わらなかったのだ。何度も何度も点を獲ったり、守ったりを繰り返したが、それでも一向に勝負がつかない。選手達は、ヘトヘトだった。……だったけど、それでもお互いに戦うという執念と闘志を燃やし続け、それだけの思いでなんとか、立ち続けた。……走り続けた。



 観客は、呆然とした。こんな事が普通あり得るだろうか……。誰しもが試合を黙って、口をポカンと開けたまま見続けた。





 ――その昔、プロの試合でこれと似たように何度も延長戦をするが一向に決着がつかなくて、6度のサドンデスマッチの果てにやっと決着がついたという事例がある。だが、忘れてはならないのがこれはあくまでプロの、しかもアメリカのNBAと呼ばれる全世界でも最高峰の選手達が集う世界での話なのだ。



 それと似たような現象が、今観客の目の前で……高校のそれもインターハイの都大会予選一回戦で起ころうとしていた。こんな事は、日本でも……それに、高校バスケ界においても前代未聞だった。会場は、運営側の人間も合わせて全員が、静かに試合を見ていた。
















 ――そして、ついに5度目の延長戦サドンデスマッチがそろそろ終わる頃。1つのハプニングが起こるのだった……。














       扇野原VS光星

     延長戦5 残り時間1分30秒

         得点

        122VS122

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る