第115話 7と7

「ファール7番!」


 ――しまった……!?




 白詰想太の脳内に一気に不安がよぎった。彼は、ここまでただ夢中でプレイする事だけを考えてやってきた。だから、自分が4ファールであった事なんてほとんど覚えちゃいない。次ファールをとったら退場だなんて、そんな事はもう彼の中には存在しない考えだった。だが、しかし……今の笛で彼は再び現実を突きつけられた。自分が、もうこれ以上1つのミスも許されない状況にあった事を。






 ――くっそ……俺は、いつも何かを失った後に気づくんだ。いつもいつも、そうだ……。





 そして、彼がバッシュの色を確認しようと下を向いて、手を挙げようとしたその時。それまで笛を鳴らして喋っていただけの審判が手を




「……え?」



 その手の向きは、明らかに自分。……ではなく、別の場所を指している。審判の下がった手が自分とは少し違う場所を指しているのだ。審判は、続けて言った。




「……DFプッシング! 白7番! バスケットカウントワンスロー!」














「え……?」


 選手も監督も観客も……皆がこの反応だった。皆が、キョトンとしていて……でも、それが徐々に波紋を広げていくように……あちこちから声がちらほら聞こえてきて……気づくと皆が騒いでいた。






「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 先輩ィィィィィィィィィ!」




「やったっ! やりましたよ! 先輩!」




 まずは、ベンチの後輩達がピョンピョン立ち上がってそう言った。





「バスケットカウントって事は、まさか……!」




「あの……東京都最強エースの唐菖部航が……」





「「4つ目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」






「すげぇぜ! あの7番! 両チームエース……お互いに4ファール! どちらも後がないぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉ!」





 その後に会場全体に散らばった観客達が一斉に叫び出した。大歓声の中、ベンチの間に設置されている審判補佐TOのファール計測係が、大きく4と書かれた白いプラカードを上げて、人々に分かりやすく示す。そして、その後にTOのタイマーブザー係の人間が、ファールの処理を終えた後にブザーをいきなり強く鳴らした。その人は言った。




「白! タイムアウトです!」


 審判のピッ! という甲高いの笛の音の後にコート上に散らばった選手達が

それぞれ自分のベンチを目指して歩き出した。それは、まるでエジプトのあちこちに散らばったイスラエルの民がモーセという救世主の元に集って行くように……重たそうに彼らは、ベンチを目指した。



 そして、ベンチに着くとすぐに天河は、水筒を受け取って飲みながらタイマーを見た。



 ――残り3分30秒。で、向こうもこちらもエースの4ファール。お互いに後、1回ファールをしてしまえば、退場の危険がある……。こうなれば、まず向こうもこっちも危ない事はできない。だが、だからといって……向こうの攻撃の手が緩むとは、限らない。それなら……おそらく…………。




 天河は、水筒から口を遠ざけると白詰を呼んで、話を始めようとした。しかし、白詰は天河の深刻そうな顔を見て既に自分でも彼が何を言いたいのかを理解していたらしく、天河が喋り出そうとする前に白詰は平気な顔を作って言った。




「……大丈夫だ。分かってる」




 それだけ伝えると、白詰は水筒をゴクゴクと飲みだすのだった……。天河は、それを見た後に今度は扇野原のベンチを見てみた。すると、意外な事に扇野原の方は、自分が思っているよりも静かで、誰も喋っている様子がなかった。天河は、この光景を見た後にもう一杯だけ水筒の水を飲んだ。彼は思ったのだ。





 ――タイムアウトをとったのは、ただ流れを切りたかっただけか。それなら、おそらく向こうも……覚悟は、できているようだな。








 天河は、そうして水筒から口を離すとそのまま時間が来るギリギリまで座って体を休めることに専念した。だが、元々1分しかないタイムアウトの時間にそこまで長い時間休憩がとれるわけがなく……天河はすぐに立ち上がってコートに戻って行く。






「試合再開します!」




 審判の声がしたのと同時に両校の選手達が、天河を除いて全員一斉に立ち上がり、それぞれの場所へと向かった。最初は、白詰のボーナスフリースローから試合が再開されるのだ。だが、シューターは白詰。しっかりと狙いを定めた後に彼は軽くこのフリースローを決める。





 ──とうとう、同点……。



 扇野原選手達は、ここまで来て覚悟はしていたがそれでも自分達の中の湧き上がるこの苛立ちを抑えられなかった。それは、光星に向けての苛立ちじゃない。王者として今年も例年通り予選を軽く乗り越えてやろうと甘く見ていた自分達に対してだった。




 一流のスポーツ選手は、自分達がピンチに陥った時、必ずやるルーティーンのようなものが存在する。その儀式を経て彼らは更なる集中状態に突入する事ができるのだ。扇野原の5人にとってその儀式というのは、全員共通だった。



 ──ドンッ!





 彼らは、5人ほぼ一斉に体育館のフロアを自分の足で蟻でも踏みつけるかのように強く蹴った。その少し異様な光景を観客はまだ知らない。なぜなら……彼らは代が回ってきたその時からこんな屈辱的敗北を晒しているという感覚に陥った事がなかったからだ。格上にやられるのなら良い。だが、光星はあくまで格下。いや、それ以下だった。勝って当然と思っていた相手にここまでされてしまっては、扇野原選手達にとっても我慢ならなかった。





 ──扇野原の連中の目つきが変わった……!




 これをすぐに理解した天河は、既にDFを始めていた仲間達に大きな声で伝えた。



「……来るぞ! お前ら、気ぃ抜くなよ!」



「「おぉ!」」



 気合いだけなら光星だってまだ負けちゃいない。いくら同点まで追い詰めたとしてもまだ勝ったわけではない。ここから勝利するにはまたもう一本決める必要があるのだ。光星メンバーもボールは絶対に獲ると言わんばかりに気合いの籠ったDFを見せつけた。




「まさに全身全霊だ!」



 観客の1人がそんな事を言う。間違いない。光星は本気だった。本気で止めにかかっていたのだ。しかし、そんな本気のDFを見せつける彼らの前に立ちはだかったのはやはり最強エース──航だ。彼は、パスを受けるとすぐに今までよりさらに速いドライブを披露した。



「しまった……!?」



 そのあまりに速すぎるドリブルに白詰は呆気なく抜かれてしまう。一気にゴールの近くまで侵入してきた航は、そのままヘルプに来た狩生達を軽く交わした後、高く飛んでダンクを見せつけた。



「うらあああぁぁぁぁぁぁぁ! 舐めんじゃねぇぞ!」



 そのあまりにど迫力で凄まじいダンクに会場は湧き上がった。再び扇野原の2点リードだ。白詰は、そんな航の姿を見て改めてゾクッと鳥肌を立たせる。彼は思った。




 ──おいおい……。4ファールだぞ? もっと萎縮してもらわなきゃ困るぜ。ったく、分かってはいたけど……こりゃあマジで骨が折れそうだ!




 そう思い終えた所で彼は、天河からボールを受け取り、同じく航がさっき出したのと同じかそれ以上のスピードで彼を抜き去り、そのままヘルプに来た鳥海達を蹴散らした後に、やはりさっきの航と同じかそれ以上のキレと迫力のあるダンクをかました。




 再び、白詰の得点によってスコアは同点に戻る。



 だが、それじゃ終われないのがこの試合。すかさず扇野原もエースにはエースと言わんばかりに航にボールを回して、白詰VS航を始める。



 航は、やはりさっきの白詰よりも速いスピードで白詰を抜き去り、そしてそのままゴールに近づいていくと見せかけて勢いを一気に殺し、ジャンプシュートを放った。──また2点差がついた。




 しかし、そうなると光星も負けじと白詰にパスを回し、さっきの航以上のキレとスピードを披露して、今度は航と違ってダンクを決める。またも、光星が同点に戻す。



 そうやって、何度も何度も扇野原、光星、扇野原、光星……と両者は一歩も引かずに点を取り合った。




 ──扇野原の攻撃中。ゴールに背を向けた状態で空中でボールを掴んでそのままリングに叩きつけるバックダンクを決めながら航は叫んだ。



「想太ァァァァァァァァァァァァァァァ!」



 これに呼応するように白詰も光星の攻撃でドリブルをして一気に突っ切った後、鳥海がヘルプに来たこの一瞬の間にバスケットゴールのバックボードめがけてボールを投げる。そしてバチィンッ! とボールが音を立ててバックボードから跳ね返ってきたのと同時に白詰はジャンプし、それを空中で片手で獲ると持ったボールをそのまま軽くふわっと投げてみせる。再び光星が同点に戻す。白詰もゴールを決めながら叫んだ。



「航ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」




 両者は一歩も引かず、試合の終わる残りの時間、エース同士のぶつかり合いを中心に点を取り合ったのだった……。





       扇野原VS光星

      第4Q残り1分00秒

         得点

        115VS115

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