第114話 シロツメクサは、約束の時に高く伸び出す……。
──高校一年のインターハイの前日。僕は、想太とメールをやりとりしていたんだ。
「明日の試合、ぜってー勝つから! 決勝で会おうな!」
想太からのメールを受けて僕は嬉しかった。お互いにユニフォームを貰う事のできた者たち同士、チームの新人として、初めての高校の公式戦が楽しみでしょうがなかった。紅崎が怪我をしたなんていう不吉なメールも貰っていたが、それでも俺たちならきっと会えるとそう思っていた……。
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──結果は、光星の一回戦敗退。俺達もインターハイ本戦を初戦で敗退。俺達は、全国に行く事は愚か、出会う事さえできなかった。
それっきり、想太は僕にメールを送らなくなった……。寒くなる頃には、僕の元に紅崎、霞草、狩生そして白詰がバスケをやめたという情報が入ってきた。
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──俺は、約束を果たせなかった。一年生の頃、俺は航とインターハイではお互いに全国へ行く事。そして、予選決勝リーグで出会う事を約束した。今思えば、そんな事は当時一年生だった俺達光星には難しい事だった。まぁ、若かったのだろう。まだ17だけど……。
でも、結局俺はその約束を果たせなかった。
──1年の時に紅崎をはじめ仲間を失い、試合にはボロ負けしまくって、現実を痛感した。
──2年になると、現実から逃げたくて、周りに釣られてバスケする事を諦めた。
白詰は、この2年間の間に何度も何度も周りに言われてきた。「もう、お前の時代は終わった」「毎日遊び惚けてるクズだ」……何度も何度もそう言う言葉を周りからかけられ続けた。
実際に白詰自身、自分が恐ろしくクズなんだと自覚するようにもなった。天河も、それに航だって自分が戻ってくる事なんて願っちゃいない。そんな風に彼は思うようになった。
――俺は、天河達との約束も……航との約束も果たせないクズだったんだ……。でも……
しかし、そんな彼を3年の時に救ってくれたのは、彼が散々迷惑をかけ二度と戻っちゃいけないと思っていたはずの、バスケ部部長天河。副部長の花車。この2人だった。
――それまで部活に参加する時だって適当にやっていたこんな最低最悪の俺に最初に戻って来てくれと言ってくれたのは……結局お前だったんだぜ。天河……。それに……
その後、本格的に彼が戦う事を決意できたその要因を作ってくれたのは、同じく彼が裏切ったはずの航だった。
――3年時、彼は裏切ってしまった仲間達にもう一度呼び止められて、それまでの何もかも適当だった毎日から脱した。もう一度、約束を果たすため……。最初はそんな思いに駆られて必死に敵となってしまった航や天河達仲間ともう一度リスタートした。
――最初の頃は、そう。あの頃、果たせなかった約束のためにと思って練習をしていた。でも、この思いも段々変わって来たんだ。……勝ちたい思いはある。けど、それよりも……こんな、一回戦から航と出会えて公式戦で出会うという約束をとりあえず果たす事ができた……でも、だからって現実はやっぱり大変で……俺達がどんなに頑張っても2年という空き時間はやっぱりどうしようもなくて……試合中に俺は、何度も自分を呪った。もっといっぱい練習できていれば……。バスケがしたいというこの気持ちにもっと早く気づけていれば……。そんな時、紅崎や狩生、霞草達が頑張る姿を見た。アイツらも俺と同じで2年間何もしてこなかった者達だった。でも、勝敗とかそんなの関係なしにとにかく必死に頑張るアイツらの事を見ていくうちに俺の心の中の絶望とか葛藤とかは……段々なくなっていって、それで分かったんだ……。
白詰は、自分自身の様々な過去を思い浮かべて、それからたった1つの思いだけを胸に刻んだ。
「俺達は、もう……クズじゃねぇ!」
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試合は、第4Q。10分あるうちの半分以上が終わった頃。さっきまで11点も離されていた光星は、あそこからメキメキと追い上げていき、とうとうその差を1桁まで縮める事に成功した。これは、覚醒した白詰の活躍による所が多く。彼を起点に
そして、ついに4度目の扇野原の攻撃。もう完全に航の進化するスピードに追い付けるようになった白詰がなんとか航の放ったミドルシュートに指を掠らせた事で、シュートを落とさせる。そして、待ち構えていたリバウンダーの霞草がリバウンドをぶんどって、すかさず光星の速攻が始まった。霞草は、もう一直線に前を走る白詰にパスを出す。彼は、ボールをキャッチするとドリブルを始めて、一気にコートを真っ直ぐに駆け抜ける。既に試合時間、4分35秒。点差は光星の5点差負け。この追い上げムードの波に乗って、白詰は全速力で走る。後ろから白詰を追いかけていた航が彼の後姿を見て思った。
――やはり、アイツは俺と同じ……! どんどん速くなっている。もう、俺達の間に足の速さや瞬発力で差はほとんどないと言って良い。くそっ!
航は、そんな事を考えながらも白詰の元へまで走り込んできて、彼を次こそはと止めにかかった。その必死そうなDFに白詰は一瞬だけ怯んだように見えた。しかし、これが罠。これで、怯んだと見せかけて航を引き付けたその瞬間、白詰は上にボールを投げた。その一見雑なシュートのようなプレイに航は「なんだ!?」と硬直する。しかし、すぐに白詰がなぜそんな事をしたのか理解できた。白詰の投げたボールはゴールには向かっていた。しかし、それは決してシュートをするという意味でゴールに向かっていたわけじゃない。明らかにボールはバスケットゴールよりも高い位置に投げられていたのだ。
だが、この高いボールを空中で獲る奴がいた。それが、白詰と共に走って来ていた
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ! 来たァァァァァァァァァ! アリウープだ!」
「すっすげぇ! 7番と12番のアリウープゥゥゥゥゥゥゥ!」
「これで、これでついに3点差! ワンゴール差だァァァァァァァァ!」
怒涛の勢いだった。扇野原監督は、気づいたら縮まっていたこの点差に驚く事しかできなかった。だが、コート上の選手達がすぐに切り替えてプレイを始めたのを見て監督の冬木は、立ち上がり自分のすべき事は何かを思い立つ。
――
彼も既に慌てだしていたのだ。だが、冬木は立ち上がるのが遅かった。選手達がプレイを始める前にとっておけば、きっとこの後に起こる事を防ぐ事ができただろう。
冬木が立ち上がったのと同時期に金華達扇野原選手達は、早速プレイを始めていた。金華が言う。
「落ち着けぇ! まだうちが勝っているんだ! 慌てちゃいけない! きっちり一本だァァァァァ!」
しかし、そんな彼の支配力もこの次の天河のセリフで掻き消されてしまう。
「ここだァ! お前ら、死ぬ気で当たれェェェェェェ! 絶対にこの一本ものにするぞぉぉぉぉぉぉ!」
「「おぉ!」」
光星の気合は、物凄かった。普段冷静で視野の広い金華も飲まれそうになる位に。だが、なんとか飲まれる直前で光星の強力なDFを華麗に通過するパスを成功させてみせる金華。ボールが百合に渡って、彼が3Pを撃とうとしたその時、横から
金華が叫んだ。
「待て! 撃つな! 撃っちゃいかん!」
その必死な金華の声を聞いた百合は、すぐに上げていた腕を下ろして金華にボールを戻す。金華は、慎重にボールを受け取るとそこからゆっくりと相手の隙を探る様にドリブルを始める。
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ここから、扇野原の攻撃はなかなか進まず、手こずる事が続いた。各選手達がパスを貰っては攻めるのをやめるという展開が続き、観客もこの光星の迫真のDFに驚いたものだが、しかし勝負はとうとうこの一手に決められる事となる。金華が百合にパスを出した。彼は、紅崎と少しだけ距離ができたこの隙に3Pを撃つ事を決意。金華も何も言わずに百合に目だけで撃てと指示を飛ばす。そう、金華はこの土壇場で最も確実な攻撃を模索し続けた。その結果が、紅崎の体力切れをついた百合の3Pだったのだ。
「これで、終わりだァァァァァァァ!」
百合が、左手で安心して3Pを撃とうとしたその刹那……!
「やらすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
このタイミングを待っていたと言わんばかりにゴールの近くに立っていたはずの霞草が百合のいる所にまで近づいて来て、そのシュートをブロックした。霞草は、このDF中にずっと考えていたのだ。金華がどう攻めてくるのかを……。そして、それが、確実に紅崎を狙ってくるという事を彼はとっくに見抜いていたのだ。霞草のブロックの後にフロアに戻って行くボールを獲った霞草はすぐに前を向いた。すると、そこには既に走っている白詰の姿があった。彼は、走りながら言った。
「さっすが霞草! 学年トップの優等生は、やる事違うぜ!」
「想太ァァァァァァァァァァァァァァ!」
霞草のロングパスが炸裂した。それをしっかりとキャッチした白詰は途端にドリブルを始める。そして、全力でゴールに向かった。
――これを決めりゃあ、1点差。一気に追いつける……!
白詰は、走りながらそんな事を思っていたが、するとそこに大きな影が彼の前へと突如現れた。
「撃たせるかァァァァァァァァ!」
「航……!」
白詰は、ドリブルをしながら航の存在に気づき、彼の体が前に現れた途端に一瞬だけ止まろうかと考えたがやめた。
「行けェェェェェェェェェ! 想太ァァァァァァァァァァァァァァ!」
――後ろで、
白詰は、走った。そして、航が横から近づいて来ているのをお構いなしに……自分がファール4つである事も忘れて、彼は大きくジャンプした。手は、完全にリングへ叩きつけるための手。ダンクをしようとしていた。それが、一目で分かったから航も全力で手を伸ばした。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「であぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
両者の叫び声が、体育館の全体に響き渡る。観客も彼らの熱意に負けて食い入るように見ている。もう誰も邪魔なんてしない彼らだけのステージの上で、2人の男達がぶつかりあった。完璧な強さを手に入れた1人の選手と、皆の協力で強くなれる1人の男の信念が……手が……ボールが、今炸裂した。
「……おいコラ!」
「あぁ?」
「テメェ、覚悟しとけよ。元ザコ野郎! ぜってー……ぜってぇにこの俺が、オメェも扇野原も全部まとめてぶっ飛ばしてやっからな! 覚悟しろよ!」
「望むところだぜ。どっからでもかかって来いよ」
――コツン……と拳を重ねて誓い合ったあの日。
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――ドサッ! と音を立てて1人の男が地面に尻餅をついた。もう1人の男は右手でリングを掴んでいた。ボールがネットを潜ってそのまま、男のいる地面へと落ちる……。
そんなシーンとした空間で、一本のホイッスルの音が聞こえてくる。彼らの間に審判がやって来たのだ。審判は、笛を吹き終えるとそれを吐き出した。
――ファールか?
遠くで白詰達を見ていた天河が心配そうな顔でそんな事を思っていると審判は言った。
「ファール! 7番!」
扇野原VS光星
第4Q残り3分30秒
得点
107VS10?
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